第130話 森羅万象統御術
翌日は優畄がバイクの運転をする事にした。構内での練習だけでなく実際の公道での運転も経験して行うと言う事だ。
ヒナの様にプロ顔負けな運転は出来ないが、充分走れているので大丈夫とのお言葉を頂いた。
慣れないながらも100km程を走りそこそこ人が居る街にたどり着いた2人。時刻は丁度正午、一先ずラーメンでも食べようと近くのお店に入った。
店内にはチラホラとお客が居るだけで結構空席が目立つ。これは失敗かと思ったが値段も安いし、お腹も空いていたので構わず注文する。
優畄は昔ながらの醤油ラーメンで、ヒナは味噌ラーメンを注文する。そして餃子を一皿だけ頼んだ。
ラーメンもそんなに待つ事無く15分程で出てきた。
ラーメンからいい匂いが立ち上がる。蓮華に一掬いスープを飲んで見るとなかなか美味しい。
「これは……」
「うん、当たりだね」
優畄がヒナに確認をするように顔を見ると彼女も気に入った様子。
「餃子も美味しいね」
「こんな状態じゃなかったら常連になりたいくらいだ」
そしてラーメンを堪能した2人は満足気に見せを後にした。
「美味しかったね」
「うん、隠れた名店てヤツだね」
逃避行が続けばこれから先まともなご飯が食べられるかも分からない。だから食べれる時に食べておこうという事だ。
まあ彼等の体なら食べなくとも1ヶ月は動けるだろう。だがそれでは余りにも味気ない……
いくら人智を超えた力を得ようとも2人は人として有りたいのだ。
8月も後5日程で終わる。残暑厳しい公道を西へ南下して行く。なるべく大きい道を避ける様に旧道をはしる。
峠道に入れば風も涼しくバイクでの移動も快適になる。2人が峠道の中程、コンクリート製の巨大な仏像が見えて来た。
見晴らしの良い所にバイクを止めて大仏を見る2人。
「……デカいね」
「なんかあの顔面白い」
逃亡中なのだがどこか気の抜けた感じの2人、こうゆう時だからこそ明るく行きたいと無理をしているのだ。
優畄達がそろそろ行こうとバイクの元に戻って見ると、そのバイクの前に1人の青年が立っていた。肩辺りまであるソバージュのかかった髪に似合わない典型的な日本人の顔。その彼がゆっくりと顔を上げる。
そしてーー
「–––黒石優畄とヒナだな」
その彼の一言で臨戦態勢に入る2人。周りからは他に10人前後の気配を感じる。
「ヒナ」
「うん囲まれている……」
囲まれているというより10数人の意思が一度に動いている様な奇妙な感じ……
その青年以外の者の姿は見えないが、明らかに複数人の気配がするのだ。
「これより任務を遂行する」
次の瞬間いつの間にか優畄の背後に移動していた青年は、ゴツいアーミーナイフを優畄の首筋目掛けて振るってくる。
「優畄!」
優畄はアーミーナイフによる一撃を背後でのスウェーで交わすと、彼のナイフを持つ方の腕を取り関節技に持ち込むが、関節を外され逃げられてしまう。
優畄から離れると青年は外れた肩の関節を再びはめて、更に追撃を放ってくる。それもその全てが瞬間移動の様に一瞬で死角へ移動してくるのだ。
だが瞬間移動したとしても今の優畄には普通の人と大して変わらない。何故ならば青年がナイフで直接攻撃して来た時だけに対応すればいいからだ。
しまいには優畄にタイミングよくカウンターを合わされて後方に吹き飛ばされてしまう。
「……まさかこちらの攻撃がこうも簡単にいなされるとは」
青年も優畄の強さに舌を巻いた様子、そしてこの状態でも優畄が本気ではない事にも気付いている。
青年は背後で他の者の奇襲に備えて状況を伺っているヒナに注意を向けながらも、果敢に優畄にかかっていく。
ヒナは相手が優畄1人でも充分どうにでもなる相手だと見切って後方支援に徹する様だ。
もしこの状況で彼女まで参戦して来たら捌き切れずに押し切られてしまう。そうなる前に仕留めると、更に彼の能力と思われる瞬間移動を使い優畄に迫る。
そんな彼と戦いながら優畄はある違和感を感じていた。技や技術は有るのにそれを使い熟せていない。
知識だけあってそれを実践しているだけの印象。
いくら瞬間移動の能力があってもその力を活かせなくては宝の持ち腐れだ。
仕方ないので戦意を奪おうと少し強めに殴り付ける。
「ガハッ!」
ボディブローが思いっきりレバーにめり込んだのだ、青年はそのまま腹を抱えて蹲ってしまう。
だが次の瞬間には何事もなかった様に立ち上がって来たのだ。
「交代だ。お前は少し休んでいろ」
「なに!?」
青年が立ち上がると同時にその髪型がトゲトゲのパンクヘアーに変わっていたのだ。それと共にその喋り方まで別人の様に変わる。
「さっきはよくも好き放題殴ってくれたな、万倍にして返してやるぜ!」
そして青年は手のひらから火炎球を作り出すと優畄目掛けて放ってくる。
「あれは【火焔掌】の''燃炎球''!」
ヒナがかつて自身も使えた【火焔掌】の技に驚愕する。
''燃炎球''の数は3つ、上方、左右から迫る''燃炎球''を
力を与えて果てて行った者達から授かった能力''突風''で押し返していく。
この''突風''の能力は【翼翔族】の許嫁を黒石の者に殺された青年から授かったものだ。そしてその青年の意思も優畄の中にしっかりと受け継がれている。
突風に煽られて軌道が逸れた火球が近くの木々を燃やす。その温度は800度程か。
「! 奴は能力が使えなくなったんじゃないのか?!」
事前の情報と違う優畄の強さに戸惑いを見せる青年。
「も〜! 交代して、私がヤルわ」
青年がそう言うと同時に今度は髪の毛が腰辺りまで伸びて、心なしか顔も女性のそれに変わったのだ。
変化?した青年の手にはいつの間にか薔薇のムチが握られており、今度はムチによる攻撃が優畄に迫る。
青年の操る薔薇のムチは不規則の様に見えて、まるで生き物の様に自動で優畄の目を狙って迫ってくるのだ。
「ハッ! 先ずは目を潰してからいたぶってやるよ」
それでも優畄には高速で動くムチの先端を掴み取るだけの余裕はある様で、難なく薔薇のムチを止めて見せた。
「なっ! でもこれで終わりじゃ無いんだよ!」
なんと掴みとったムチの傍から幾本かの薔薇が生え出ると共に優畄目掛けて一斉に迫って来たのだ。
だが一瞬の閃光が走ると共にその薔薇は全て斬り伏せられてしまったのだ。
「な、なにぃ!?」
闇の代わりに光を取り入れた事で光の斬撃【光閃】を扱える様になったヒナ。その場からは動かず、斬撃だけで優畄の手助けをする。
「…… も、もう、お姉ちゃんはいつも口だけだ。ぼ、僕がやるよ」
今度は子供の様に高い声とオカッパの様なボブカットに青年の見た目が変わる。その顔も子供の様に幼くなっている。
「な、なんだコイツは!?」
優畄も得体の知れない青年に引き気味だ。そして10数人分の気配の正体も理解した。その10数人の気配は全て青年自身からのものだったのだ。
青年の中に10数体の意思がある。
「多重人格!?」
「こ、この人、一体何人の人格が住んでいるの?!」
「じ、じゃあ行くよ!」
子供の様になった青年がオドオドしながらも迫ってくる。それにどうゆう原理か、彼が宙に浮いているのだ。
そして子供の様になった青年が優畄達に近くと共に重力が強く優畄達に押しかかる。
「グッ!」
「キャッ!
今の優畄達の強さは生身の状態で海斗アレハンドロの数倍。光の力に目覚める前の彼なら苦戦していたであろう相手でも手加減して勝てるほどに強い。
それでも動けなくなる程の超重力。それも彼が近くに連れて重力が強まっているのだ。
彼の動いた跡が球状に陥没して行く。
「……お、お兄ちゃん達凄いね、ぼ、僕の重力を浴びれば大体の敵は潰れて死んじゃうのに、ただ動きを封じるだけだなんて……」
彼の超重力を浴びて生きていた生物は居ない。だが優畄達は、およそ地球の20倍の重力下にあっても動きを封じられているだけで重力に耐えているのだ。
「……す、凄いけど近づいてコレでトドメを刺させてもらうね」
子供の様な青年は懐からナイフを取り出すと、耐えるだけで動けずにいる優畄達に近づいていく。
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