第128話 追う者


ある森の奥深く【狗族】が住む集落があった。人に化ける事が出来る彼等は人に迷惑をかける事なく、森の奥で狩りや農耕などで慎ましく暮らしていた彼等。


黒石とも100年程前に不可侵条約を結んで平和を謳歌していたのだ。


そんな彼等の集落は今襲撃を受けている。襲っているのは【艶蛾猿】という1m前後の猿の怪異と、【土竜部武】というモグラの様に地中に住み殴り合いの格闘を好む種族だ。


高い木などを利用した【艶蛾猿】の空襲と、不意打ちの様に地中から襲い掛かかってくる【土竜部武】のコンビネーションに苦戦していた。


黒石が【狗族】との不可侵を破り一方的に攻めてきたのだ。


『2人でコンビを組んで対応するんだ!』


それでも【狗族】の優秀な長の指示によってその窮地にも対応し出す【狗族】達。元々戦士の一族だった事もこの急襲に対応出来た要因の一つだ。


その襲撃を高台から見て居るのは黒川晶真と黒石七彩の2人。


「フム、あの長が邪魔だね、サアラあれを片付けて来てくれないか」


「はっ!」


本家からは討伐の命が下りているが、邪魔な長を殺し他の【狗族】を配下に引き込もうとしているのだ。


【狗族】は頭の良い種族だ、そして長は一族の意思。これまでの様に叩き伏せたとて簡単には晶真の眼術に落ちないだろう。


「お待ちになって。その仕事は私達に任せていただけないかしら?」


晶真の命令に彼の授皇人形のサアラが動こうとした時、それを七彩が止めたのだ。


「フム、ここで君達の力を見せて貰うのも悪くないね。じゃあ任せるよ」


3日前に同盟の打診をして来た彼女達、その返事を返すのに3日待たせ事に深い意味は無い。


3日間返事を焦らされた事で軽い苛立ちを覚えたお嬢様だったが、せっかく打診した同盟和議だこの程度の事で不意にしては勿体ないと妥協したのだ。


そんな事もあり少しぎこちない彼等。


「フィレス行くわよ」


「はいお嬢様」


まるでそこらへ散歩に行くかの様に【狗族】の集落に近いて行く七彩とフィレスの2人。


【狗族】の長も猿や土竜を相手にしながら無造作に近づく2人を警戒する。


『己れ黒石め!』


『長、ここは我等にお任せ下さい!』


『うむ。それでもあの者からはただならぬ気配を感じる…… 決して油断するでないぞ』


七彩の歩を阻む様に前に出たのはこの集落で一二の実力者の2体の【狗族】の戦士。これ以上集落には手出しはさせんとばかりの気迫で向かってくる。


『黒石の!』


『娘、覚悟!』


大木をも凪倒す鋭利な爪と、岩もを噛み砕く鋭い牙による噛み付きで同時に襲い掛かって来た。


「長以外も始末する事になるけどいいかしら?」


七彩の両腕が銀色の刃物に変わって行く。そして彼女の体が高速で回転する。と同時にフィレスがジャンプをする。


【銀月刀、夢幻月華!】怪しく瞬く銀月刀から放たれた3連の斬撃は、半径10m以内に有った全ての物を三等分に切り裂いた。


「…… あれでは戦力半減ではないか、だから脳筋は扱い辛いんだ」


長と共に【狗族】の主力をも倒してしまったお嬢様に晶真が愚痴を溢す。まあ魅力して仲間に引き入れた際の戦力が減るのだ、その愚痴も分からなくはない。


(だが個の力は私やサアラを遥かに凌ぐ。今は同盟という形で様子を伺うか……)


そして【狗族】の里も配下に治める事に成功した晶真は、その先の展望を頭の中で思い描く。


(私と同じ晶を冠する晶さんとの同盟も間近、後は対当主候補の為の兵を集めるだけ集める。まだ足りぬ、黒石の化け物共を相手にするにはまだまだ戦力増強が必要だ)


先程いとも容易く【狗族】の戦士を葬った七彩を高台から見下ろしながら、更なる戦力の増強を目論む晶真。


そんな彼の元に黒石の使い魔の黒猫が現れる。そして案の定その口には封が施された封筒が咥えられている。晶真は何気にその封筒を取ると中を確認する。


「…… ほう、当主候補筆頭だった黒石優畄に討伐命令が下された様だ」


「な、なんと!?」


実は優畄は晶真が同盟候補の筆頭に上げていた人物でもあったのだ。それ程彼は優畄の事を認めていたのだ。


「これは予想外の展開だな、サアラ早速彼の行方を探ってくれ」


命令書には優畄とヒナ両名と書かれていたが、授皇人形を道具としか見ていない彼はヒナを勘定から外していた。


「はっ! かしこまりました」


それに気付きながらも意に返さず彼の命令だけに動くサアラ。彼女は自分が晶真の道具だと認識しており、使い捨てされたとしてもそれが彼の意思ならば何の躊躇もなく従うだろう。


そんな足早に走り去って行くサアラを良い子だとばかりに笑顔で見送る晶真。


「貴方の所にも使い魔は来たようね」


「ああ、黒石優畄の討伐命令だった」


突然に背後から聞こえた七彩の声に焦った様子も見せずそう答える晶真。


「まさか私達と同じ当主候補に討伐命令が下りるとはね、彼は一体なにをしたのかしら?」


「さあね。ただ言える事は本家からの命は絶対、私達も黒石優畄の討伐に移ろうか」


「ええ、そうしましょう」


黒石の命を受けて戦力増強から優畄の討伐へとシフトチェンジをした晶真と七彩の同盟コンビ。


色々と思惑が交差する中、脆くも崩れ落ちそうなか細い同盟は動き出したのだ。


ーー


一方、桃源山に住む黒石高尚とひとみの夫婦は慎ましくも幸せな毎日を送っていた。


妊娠5ヶ月目の彼女を労りながら畑仕事や狩に勤しむ日々。最近では村の老人達が肉を貰う代わりに米や野菜を持ってきてくれる様にもなった。


「佐竹さん今回も色々と頂いてありがとうございます」


「な〜に、ワシらも肉を貰っちょるからな、おあいこ様だべ。それに身重の奥さんにたんと食わせてやらないかんよ」


「はい、ありがとうございます」


夫婦揃って頭を下げると、なんとも嬉しそうに老人達は村へ帰って行った。


「こんな俺達にいつもいつもありがたいな」


「ええ、皆さんの思いに応える為にも、たんと食べて元気な子を産まなくちゃ」


そして幸せそうに笑い合う2人だったが、予期せぬ訪問者にその顔が曇る。


突然何処からともなくワープして来たその者は両手で自分ソックリな人形を抱いている。そうなんと彼等の元を訪れたのはマリア自身だったのだ。


「! 黒石マリア……」


マリアが黒石の屋敷から出てこんな山奥まで来る。本来ならあり得ない事なのだ。


ひとみがマリアの存在にガタガタと震え出す。


「……な、何の用だ? (……な、なんで彼女がこんな所に?!)


「イヤですわ、高尚お兄様が再三に渡る呼び出しを違背にするからですわよ。でなければこの様な殺風景な場所来ようとは思いません」


彼等が住むみすぼらしい山小屋を見て心底嫌そうにそう溢すマリア。


「それに、人の子を孕んだ人形を観察して起きたかったという理由もありますの」


そう言うとマリアはまるで実験用のマウスを見る研究員の様な目でじっとりとひとみを見る。


そんなひとみを庇う様に前に立つ高尚。そして彼女に対して失礼な態度をとるマリアを睨み付けた。


「ひとみを馬鹿にする事は許さんぞ!」


彼も黒石の人間だ、マリアの恐ろしさは知っている。だがそれでも彼女を馬鹿にされておいそれと退がる訳にはいかない。


「俺は貴様らの命令は聞かんと言ってあるはず。それでも俺達に構うと言うのならこちらにも考えがある」


そして高尚は体長10mで鋼鉄製の体を持つ【タロス】という巨人に変化したのだ。


「あら高尚お兄様、まさか私達と戦うおつもりかしら?」


「家族に危害を加え様とする者は何人たりとも許しはしない!」


「いいですわよ高尚お兄様、少し躾して差し上げますわ」


マリアがそう言うや否や、彼女が抱えていたドゥドゥーマヌニカちゃんが一瞬で巨大化すると、【タロス】に変化している高尚を殴り付けたのだ。


ドゥドゥーマヌニカのただ殴り付けただけの凄まじい一撃に吹き飛ばされて、見えない壁に激突し手足がもげて血反吐を撒き散らす高尚。


「ガハッ!」


「高尚!!」


間違いなく致命傷のダメージにひとみの悲痛な叫びが響く。


だが次の瞬間には彼の体は元通りに修復されていたのだ。


何が起きているのか分からない高尚だったが、次の瞬間再びドゥドゥーマヌニカに殴られている自分がいる。


一撃で手足が捥げる攻撃だが、その激痛の後にはマリアによって一瞬で傷が治る。


ドゥドゥーマヌニカが殴り壊し、マリアが一瞬で治す。その行為が何度繰り返されただろう、意識も絶え絶えで目から正気が消えた高尚……


「や、やめて……お願いです……やめて下さい……」


止めたくとも泣き崩れる事しか出来ないひとみ。重身の彼女には懇願する、それが精一杯の行為なのだ。


「そうね、そろそろいいでしょう。これ以上虐めて壊れてしまったら元も子もないですし」


『ギギ……ギ……ギギ』


ドゥドゥーマヌニカちゃんもお前あまり調子に乗るなよとばかりに目を赤く瞬かせる。


ドゥドゥーマヌニカちゃんは優畄の事で少し苛ついていたのだ。


「では高尚お兄様貴方に命令です。今から10日以内に黒石優畄とヒナの両名を討伐なさい。もし失敗したり逃げたりしたら、今度は貴方の可愛いお人形が地獄を見る事になるわよ。心してかかりなさい」


そうとだけ言い残し姿を消すマリア。抱き合ってお互いの無事を喜ぶ2人だが、今までの様な生活はもう出来ないだろう……


こうして黒石高尚は愛する者を守るため、望まぬ戦いに赴く事になったのだ。







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