第127話 円卓会議
優畄達は精神会館にら戻ると康之助が居る館長室へと向かう。館長室の中では康之助が書類仕事に追われており、忙しそうに手を動かしている。
「失礼します康之助さん、ちょっとお話が有るのですが……」
「ん、ああ、直ぐに終わらせるから中に入って待っていてくれ」
そして康之助は仕事のペースを上げた。先程の3倍のスピードであっという間に仕事を終えた彼は、手にコーヒーを持ったまま優畄達の元に向かう。
「で、話しだったな。まあお前達の変り様を見れば自ずと分かるがな」
そう言う康之助はどこか寂し気な様子。優畄とヒナの変化に気付いているからこそ別れを予想しているのだろう。
「はい。俺達はここを、精神会館を出て行こうと思っています。俺達の力は黒石とは正反対の力、ここに残れば皆に迷惑がかかる…… それだけは避けたいんです」
「…… あの日お前達がここに戻って来た時から俺はこうなると思っていた。お前達が居なくなると寂しくなるな……」
もちろん康之助は分かっている。近い将来、彼等と戦う事になるかも知れないと言う事を。
「覚悟は出来ている様だな?」
「はい。後に引くつもりは有りません」
もはや優畄達だけでは無い。彼等に力を託して散っていった者達の思いも背負っているのだ。引く訳にはいかない。
優畄の思いが分かるヒナも彼の手を握り意思のこもった眼差しを康之助に向ける。
「そうか、2人共いい目をしているな。……この次にお前達に会う時は敵同士だ、そうならない様に祈っているぜ」
ソファから立ち上がると康之助は館長専用椅子にどかりと座り、優畄達に背を向けてしまう。
「……はい、短い間でしたがありがとうございました」
「ありがとうございました」
康之助からの返事は無かった。それが優畄には康之助の決別の意だと受け取れた。
優畄達は館長室を出ると世話になった各格闘技の師範代に挨拶をして回る事にした。
巡る順番はこの精神会館に来た時と同じ回り順だ。各師範代は引き留める者もいたが、皆心から優畄達を送り出してくれた。
「優畄君、ヒナちゃん、また会えるか分からないけど元気で負けないでね!」
加奈さんも優畄達が黒石と敵対するという事を分かっているが、それでもこの共に過ごした何日間は彼女にとっても良き時間だったのだ。
「それとこれは康之助さんからの餞別だって」
加奈が200万円の札束が入った封筒を優畄に渡す。
「こ、これは……」
「何も言わずに受け取って、康之助さんの思いを」
「はい。康之助さんにありがとうございますとお伝え下さい」
どこへ行くにもお金は必要だ。康之助の有難い心遣いを貰っておく事にした優畄達。
「加奈さん今までありがとうございました。本当に楽しい毎日でした……」
「加奈ちゃん、黒石とは決別しても私達は友達だよ!」
「ヒナちゃん…… そうだね私達は友達だね」
泣きながら抱き合う2人。いつの間にかかけがえのない親友になっていた彼女達だったが、別れは必然だったのだ。
優畄もお別れに表玄関まで出て来てくれた兵吾や長谷川等と別れの挨拶をする。
「……惜しい、惜しいのう。お主の様な才能ある若者がこんな目に会うなんぞ間違っておる。ワシも黒石の者じゃがお主達の味方じゃ、この老兵の力が必要な時は遠慮なく呼ぶがええ」
「兵吾さん……本当にありがとうございます」
「本当に出て行くのだな? ヌグググ、お前なら間違いなく世界チャンピオンに成れたものを…… 」
優畄は自身に1番合っていたボクシングジムによく通っていた。そのため長谷川にはボクシング以外にも色々な事を教わったのだ。
「長谷川さん貴方から教わった事を忘れずに、俺達はここから旅立ちます。今までありがとうございました」
他の師範代と挨拶を済ませた優畄達は康之助からの餞別のバイクの前に行く。見送りには康之助は姿を表さなかった。
優畄は最後に彼のいる館長室の方に礼をすると、ヒナの背後に乗る。
「ばいば〜い! 2人共元気でね〜!」
加奈は優畄達が見えなくなるまで手を振っていた。
「どうやら行った様だな」
「康之助さん」
声に釣られて振り返ってみるとそこには康之助の姿があったのだ。
「あの二人を行かせてよかったのか康之助よ?」
「ああ、あの2人が決めた事だからな。それに俺にどうこう出来る問題でも無いしな」
「ふん、強がりを言いおって。あの2人と戦う意思はお前にあるのか?」
「…… その時が来れば自ずと分かるさ」
そうとだけ言い残し去って行く康之助。
「この精神会館で優畄とヒナの事を1番心配していたのはあいつだ。その2人と戦わなくちゃならねえんだ、あいつも葛藤しているのさ……」
「康之助さん……( 優畄君、ヒナちゃんどんな困難にも負けず生き残って…… )
未だ残暑厳しい精神会館から空を見上げて、加奈は2人の行く末を祈るのだ。
ーー
場所は変わりある屋敷の一室、12人の者が一同に会している。一箇所だけ、上座だけ座る者が居ない円卓にそれぞれが座り無駄話をする中、誰も座らぬ上座の隣に座る初老の男性が皆に向けて口を開いた。
「……若が未だに閉じ籠った部屋から出て来ないというのに本家から討伐の命令が来た。討伐対象は黒石優畄、ヒナの両名。若と同じ当主候補だった男だ」
「若と同じ当主候補か……」
「あんなガキほっておいて俺達だけでとっとと片付けちまおうぜ」
「貴様! 若への無礼許さぬぞ!」
「でも本当に出て来ないんだし、その方が早いと思うけどな」
「うぬら!」
「……ぼ、僕は若と一緒がいいです……」
「……」
意見もそれぞれでまるでまとまる気配は無い。
「若が出て来ない今は我々だけでどうにかする他あるまい。ここは松本に行ってもらおう」
「……よかろう」
この無口な男松本はコモンドサンボの達人で、元暗殺者の殺しのプロだ。それともう一つ彼には能力がある。それは逃げる者を追うのに12人の中で1番適した能力。その一言だけ残して去って行く松本。
「まったく陰湿な野郎だぜ」
「では後は若を誘い出す役に説得する役を決めようと思う」
「うむ、良き議案だ」
「ケッ、あんなガキの事なんぞ知った事か! 俺は好きな様にやらせてもらうぜ」
佐清という目付きのキツイとげとげのパンクヘアーの男が付き合いきれないと席を立つ。
「貴様、佐清! 若を愚弄する事は許さぬぞ!」
大門と呼ばれる大男が去り行く佐清の背中に向けて怒鳴り声を上げる。佐清と大門は犬猿の仲で顔を合わせる度にこの様に歪み合っているのだ。
「うるさ〜い! もう、私の近くで怒鳴らないでよ!」
化粧のケバい水商売風の女は紗里奈。今時の若者らしく事なかれ主義のビッチだ。
「……あ、ああ、早く若に会いたいな……」
この会議に参加しているウジウジした唯一の子供。彼の名はワタル、10歳の小学生だ。この子はとにかく若が大好きで四六時中彼の事ばかり考えている。
そして進行が覚束なくなった円卓会議場で、1人座席に残り頭を横に振る初老の男性、彼は名を後藤といい彼等のまとめ役の様な立場なのだが、個性の強い彼等に悪戦苦闘な様子……。
「若、やはり貴方でなければ皆をまとめる事は出来ない…… どうかそのお姿をお見せください。さすれば我等一同、貴方の手足として獅子奮迅の働きをして見せましょうぞ!」
彼の部屋に閉じ籠ったまま姿を見せない若と呼ばれる者へ募る思いは切実なのだ。
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