第120話 目覚め


2人を飲み込んだ闇はその視界を奪い彼等を混乱させた。パニックを起こした少女が手を振り解こうと無茶苦茶に暴れ出す。


それでも彼はその手を離す事なく彼女に優しく語りかける。


「大丈夫! 怖がらないで。いつでも俺は君の側に居るよ」


何故だろう彼の「大丈夫」その言葉を聞くと勇気が湧き出る。つい先程出会ったばかりの彼の声には自分を奮い立たせる力がある。


(何故だろう力が沸き立つ、勇気が振るい起こされる。この人となら何でも出来る、そう思える自分がいる)


彼女は彼の手を強く、強く握り返す。決して離さないと意思を込めて。


彼にも彼女の想いが伝わったのか、手を握る力が強くなった。彼女はそれがとても嬉しかった。


そんな彼等の前に最後の障害が立ち塞がる。


黒い巨大な球体から幾本の不気味な触手を生やした生物とも鉱物ともとれない悍ましい存在。


心の隙に触手を捻り込まれるかの様な嫌悪感、本能で邪悪だと分かるその存在の向こうにこの世界の出口があるのだ。


彼1人でなら走り抜けられるであろう距離、だが彼は彼女の手を離さない。たとえあの存在に身と心を引き裂かれても魂までは穢させない!


幾本もの触手が体に絡まり付き身を心を侵食しようと隙を伺っている様だ。だが彼は彼女の手を離す事なく、闇と触手を振り払いながら進んでいく。


彼女も守られてばかりはいられないとばかりに片手で闇を払いながら進む。


だが出口まで後2mと近付いた途端、突然に闇の勢いが強まったのだ。そして一気に彼の体内へと流れ込んで来る。


そしてその闇が生き物の如く彼の体内でのたうち回り、彼の身が心が闇に侵蝕されていく……


「グッガァ!……」


彼の体から魔獣の様な漆黒の毛が物凄い勢いで生えてくる。それと共に彼の心が暴力的に凶暴に変わっていく。


「優畄、ダメ!」


咄嗟に彼女が発した優畄という名前、無意識のうちに彼女もその名を発していた様で驚愕する。だが今はそれどころでは無い彼を引き戻さなければならない。


「ダメ! 戻ってきて、飲み込まれないで!」


彼女の手に獣化した彼の爪が食い込む。凄まじいまでの激痛が走るが、それでも彼女はその手を離さない。それどころか彼の腕にガシリとしがみ付く。


「優畄頑張って、お願い戻って来て!」


だがそんな彼からの返事は鋭い牙での噛み付きだったのだ。彼女の肩に牙がめり込んでいく。


凄まじい勢いで血が吹き上がる中、彼女は震える手を獣化している彼の頬に手を添える。


「……お願い優畄、戻ってきて……」


何故だろう、出会ってまもない彼のためなら何でも出来ると思える自分がいる。たとえこの身が引き裂かれ様とも彼の為なら死さえ厭わないと思える。


そんな彼女の命をかけた叫びが届いたのか、この者を殺せという圧倒的な欲求を跳ね除けて、あと一力込めればその命を奪えたであろう口を彼は離していく。


彼が心の中で戦っているのか、獣化した全身の体毛が波打ち所々に人の肌が見受けられる様に成ってくる。


「グルアアアアァあああああぁぁ〜!!」


それと共に彼の体内から闇とは正反対の光が生まれ徐々に徐々にその輝を増していく。


この光は黒石の闇に封じられていた優畄の霊力、黒石の力と正反対の力。その力が闇を振り払いその姿も元に戻っていく。


そして完全に闇を振り払うと、力尽き崩れ落ちそうに成っていたヒナをお姫様抱っこの型で抱き上げる。


「ヒナ、ありがとう。君のおかげで闇を振り払う事が出来たよ」


「優畄、元に戻ったのね…… よかった……」


互いの存在を完全に思い出した2人。


出血で今にも気絶しそうなヒナだったが、優畄が放つ霊気には傷を癒す力もある様で、徐々にではあるが傷が塞がっていくと共に出血も止まった。


そして出口と思わしき光の輪を目指し彼女を抱えたまま歩いていく。


もはや彼等を遮る障害は無い。


「…… やっぱり優畄はカッコイイ。私の王子様」


「ヒナだって俺のお姫様だよ。君が居なかったら俺はこの困難を乗り越えられなかった…… 本当にありがとうなヒナ」


2人は口付けと共に光の輪を潜り抜けた。


光の輪から2人が揃って出てきた事を驚きの表情で迎える【柊ノ白弦狐】。その背後で千姫とボブも優畄達が無事に出てきた事を抱き合って喜んでいる。


『驚いた……【払光界】からはお主1人が出れれば御の字と思っておったが、2人揃って出てくるとはな……』


「いいえ母上、この2人だからこそ乗り越えられたのです!」


「ブラボ〜! ブラボ〜! 素晴らしいィ、素晴らしい2人で〜ス!!」


千姫とボブは2人が揃って出て来ると確信していた様だ。


『闇を払っただけでなく眠っていた本来の力にも覚醒するとは…… 千よお主がこの者を買っている訳が分かったぞ。そしてヒナよ、妾は其方を見誤っておった様じゃ、すまぬな』


亜神でもある【柊ノ白弦狐】が人に謝る事なぞ本来は有り得ない。それ程までにこの2人の頑張りが彼女の心を動かしたのだ。


そしてこれまで人形扱いだったヒナを認めて名前で呼ぶ。


『優畄よ、お主は黒石の闇から解き放たれた。そして其方の光はヒナを縛る黒石の楔さえ断ち切った。それは優畄、其方とヒナの絆の強さ故の結果じゃ』


「そ、それじゃあ……」


『うむ、ヒナと其方は自由じゃ。今後2度と黒石の闇に囚われる事はないだろう』


それを聞いて抱き合って喜ぶ優畄とヒナ。


「優畄…… 私達自由になれる!」


「……ああヒナ、俺たちは自由だ」


彼等はついていた。本来一度でも黒石の闇に取り憑かれた者はその闇から逃れる事は不可能だ。


だが優畄には母親譲りの霊力が有った。実は黒石の闇に囚われている時でもこの霊力のおかげで踏み止まれていたのだ。でなければ彼は【獣器変化】の能力に引っ張られ気に食わなければ暴力に訴える暴君と成っていただろう。


ヒナの存在も大きかった事は言う稀もないが、彼の知らない母親はしっかりと彼を守っていたのだ。


それと霊気の力に目覚めた事で優畄の中にあった【獣器変化】は消滅した様だ。


もう2度と【獣器変化】の能力は使えないだろう。その事を何となく感覚で知った優畄。


「そうか…… 俺を今まで支えてくれていた力が使えなく成るのか…….」


その事実に少し残念そうな優畄。黒石の力とはいえ今まで彼を支えて来たものが無くなるのは辛い事だ。


『力に溺れることなかれ、あの力は偽りの力。人が人のままその身に宿して使って良い力ではない。使えば使う程精神を侵蝕していく負の力じゃ。』


それは分かっていた。自身がこう成りたいと思う時に狙ったかの様に能力が使える様になる。まるで何かにコントロールされているかの様な都合の良さ。


優畄は【柊ノ白弦狐】が言っていた言葉を思い出す。


「今までの相手は俺達が苦労して倒して来たと思っていたが、違っていたんだな…… 俺達が倒していたのではなく、あの力に倒させられていたんだ……」


そう彼等が力を使っていたのではなく、力に使われていたのだ。


「優畄…… たとえそうだったとしても優畄が頑張っていたのは私が見ていたよ。だからそんな顔しないで。優畄はいつでも笑っていて」


「ヒナ……」


ヒナと繋ぐ手の力が強くなる。そして改めて彼女を守り抜くと違うのだ。


【柊ノ白弦狐】の話ではヒナも黒石の呪縛から脱した様で、もう離れ離れにされる事も、離れたら10日で死ぬ事も無いとの事だ。


ヒナは優畄の授皇人形でついていた。彼女達授皇人形は黒石の闇の力から作られた。彼の光無くしては黒石の呪縛からは逃れられないのだ。


それまで使えた【火焔掌】などの力は使えなく成ってしまったが、自由に成れたのだ何の問題もない。


『優畄よ、其方には本来生まれ付いてより闇を払う力が有った。黒石の闇はその光をも飲み込もうとしていたのだ。だがそれを乗り越えた事によって其方の光は更に輝きを増して行くだろう』


「俺の本来の力……」


優畄には分かる。自身の奥に押さえ込まれていた力が目覚めた事を。そしてその力の使い方までもわかる。


「【武装闘衣】!」


優畄の掛け声と共に全身が光に覆われ、その光が格闘に特化した鎧を纏った姿に変わる。


【惟神進化】は神より力を得りて闘帝となり闇を払う、優畄の本来の力なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る