第119話 絶望の世界
草花咲き乱れる桃源郷の奥に綺麗に透き通った泉があり、その池の淵には大きな黄金の亀がいる。
その亀の上には黄金に輝く髪を靡かせた9本の尻尾を持つ狐が鎮座していたのだ。
『久しいな千姫よ。其方がここに来ると言う事は余程の事があった様じゃな』
その狐はその姿のままに人の言葉を話し出したのだ。
「は、母上……【柊ノ白弦狐】様、お久しゅうございます」
『フフフッなんだ母上のままでよいのだぞ』
「それどころではありません、黒石の闇が我等の隠れ里を飲み込み、石楠花姫の忘れ形見の優畄をも飲み込もうとしているのです。 どうか【柊ノ白弦狐】様のお力をお貸し下さい!」
『石楠花姫か…… 居たな、人と子を成しその人形に殺された哀れな娘が。そしてそこに居るのがその娘の忘れ形見か』
【柊ノ白弦狐】は優畄を頭の天辺から足の先まで舐める様に見定める。
優畄は【柊ノ白弦狐】が先程話していた話の内容に 驚愕しながらも、自身を見る【柊ノ白弦狐】の視線に戦慄していた。
亜神レベルの眼力は見つめる、それだけで格下の者を怯えさせ平伏せさせるだけの力がある。
『フム、確かに闇に侵されかけておる。それも底が見えぬ程に深く暗い闇じゃ。だが僅かに残った霊力が済んでのところで踏み止まらせている。其方を産んだ母君に感謝するんだな』
優畄の父勇之助と千姫の姉の石楠花姫の話しは、ここに来る迄の間に聞いていた。
優畄の父の勇太郎は、黒石の闇に疲れ果て逃げた先で石楠花姫と出会い恋に落ち優畄を授かったのだ。だがそんな彼等に討伐と言う名目で送られて来たのは勇之助の授皇人形のサエキだった。
黒石の闇を注がれ強化されたサエキは、勇之助に捨てられた怨みもあり、石楠花姫を殺し勇之助と相打ちという形でその命を落としたのだ。
彼女と勇之助が死闘を繰り広げる中、攫われた優畄が黒石で働く子育て経験のある者に預けられ育てられる。
優畄が5歳の時の話し、それから10年間を彼はかの町で過ごす事になり、そして15歳の授皇伎倆の儀式をきっかけに黒石の当主候補の1人として取り立てられたのだ。
そして【柊ノ白弦狐】は優畄の隣に立つヒナを見る。
『この人形が闇の媒介者とも知らずに哀れなものじゃ、この者のためなら死ねるそう思っておるじゃろ? その想いすら偽りの感情だと知らずに信じ切っておる』
「な、何を言って……」
衝撃的な内容過ぎて考えが追いつかない優畄。ヒナが繋ぐ手の力が強まる。
『その人形には3つの役割がある。一つは其方を手助けする事、一つは主人を黒石に留まらせるための安全弁、そしてもう一つは其方を闇に誘う媒介者としての役割。その人形が近くにいる限り其方の闇は深まり続ける。そして悍ましき黒石の亡霊どもの受皿となる運命なのじゃ』
「そ、そんなバカな事……ある訳……」
優畄の動揺もお構いなしに【柊ノ白弦狐】は話を続ける。【柊ノ白弦狐】とって優畄は取るに足らない道端の蟻の様な物、優畄が娘の息子だと言う事で相手をしているだけなのだ。
『お主ら当主候補の末路は黒石の亡霊共が転生する為の器に過ぎん。転生には色濃い闇が必要、そのためお主らに討伐という名の闇を集める為の仕事をさせておるのだ』
衝撃の内容だが、思い返せば確かにそうだ。黒石は当主候補に闇を集めさせる為に罪のない者達を陥れ闇を生み出すための苗床を至る所に仕込んでいる。
優畄達の最初の討伐戦であった磯外村、数々の悲劇を生んだ黒雨島、鬼達の依代となった黒石光太郎以下6人、あえて非道な行いをし敵を生み出す。
後は穫り時になるまで寝かせ置き、討伐隊を送り出して刈り取る。効率よく怨みという濃密な闇が当主候補に集まる様仕組んでいるのだ。
そして仕組まれた討伐を繰り返し、濃密な闇を取り入れ程よく熟した当主候補は、黒石の邪悪な先祖達の依代となる運命なのだ。
依代となった者に自我は無くなる。有るのはそれまでに高めた能力と身体能力のみ、当主候補の魂すら黒石の亡霊共の贄に過ぎないのだ。
「……じ、じゃあ俺たちが今までやって来た事は……」
『何の意味もありはせぬ。ただ黒石の亡霊共を喜ばせておっただけ、働き蜂の様に女王蜂に餌を運んでおったそれだけの事なのじゃ』
辛辣な様だが優畄達が今の自分を見つめ返す為には必要な事なのだ。そのため千姫も止めはしない。
「そんな事ないよ! 優畄は頑張っていたもの、命懸けで戦ってきたんだもん!」
そんな中、あまりにも酷い【柊ノ白弦狐】の言いように黙って居られなかったヒナが叫ぶ。
『そのお主達の命懸けの戦いすら黒石の者には暇潰しの余興に過ぎぬ。それ以前に無意味な戦いだったという現実を見つめるのじゃ』
「……そんな事ないもん、優畄は、優畄は頑張っていたんだもん……」
まるで子供の様に泣き出してしまうヒナ、自分の存在の意味を知り絶望感に苛まれているのだ。そんな彼女が唯一信じる優畄を庇うのは当たり前の事なのだ。
そんなヒナを慰める様に抱きしめる優畄。
「……あんたの言う通り、俺の、俺達の今までの命懸けの戦いには何の意味も無いんだろう…… だけど、俺のヒナを思う心だけには偽りはない!」
優畄が魂の叫びを放つ。其れだけは決して偽りではない。
『ならばそれを証明して見せよ。これからお前達をある世界へ送る。その世界では全てが無と化す無限世界、お主が真にその者の事を思うならば唯一の出口にも辿り着けるだろう』
そう言うと【柊ノ白弦狐】は優畄とヒナの2人を包み込む様に光の球体を放つ。一瞬の出来事に交わず暇もなく光に飲み込まれる2人。
『お主達がこれから行く【払光界】は闇を払う浄化の世界、穢れを持つ者は出れはしない。そして永遠に無の世界を彷徨い続けるのだ』
この世界に入った闇は2度と出る事は出来ない。闇を封じる為の世界でもある。そのため闇を宿す者は決して出る事が出来ないのだ。
光の濁流に飲み込まれ意識も体の感覚すら無い世界に飛ばされた優畄達は、右も左も分からずただ彷徨う事しか出来ない。
永遠にも思えるその世界では、自分という存在を探し出せなければ無へと消えてしまう……
(…… ここはどこだ? そして俺は一体何なんだ?)
どれ程彷徨い歩いただろう、自分を探し彼が彷徨っていると、目の前に足を抱えて蹲りなき続ける女の子がいた。
どこかで会ったことがあるのか、泣き続ける女の子を見ていると胸の辺りがキュッと痛くなる。
「……君も何かを探しているんだね。よかったら一緒に行くかい?」
女の子はうんと頷くと彼が差し出した手を取った。そして一緒に歩き出した2人、そんな彼等を幾多の困難が襲う。
大きなフジツボの付いた化け物にゾンビの様な魔物の群れ。手を取り合い息を切らしながら逃げていく2人。
何とか逃げ切った2人だったが今度は着物を着た一団が船に乗って現れて、2人目掛けて銛を一斉に放ってくる。
その銛を掻い潜いながら逃げる2人。どんなに危なく危険な状況に追い込まれても、何故だろうこの手だけは離したく無い。
黒いクルマと共に銃を撃ってくるヤサグレども、目付きの悪い腕が4本の化け物に変身する漢、顔が2つあり鉄パイプを振り回す角の生えた鬼、幾多の困難を乗り越え名も知らぬ彼女の手を取り彼は走り抜けていく。
どれ程走っただろう、今度は不気味な闇が彼等を包み込んでいく。
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