第118話 白仙郷


倒れた花子に慌てて駆け寄るヒナと優畄。どうやら炎天下の中ここまで走って来た事によって脱水症を起こしている様だ。


花子を日陰に運ぶとヒナが買ってあったポカリ○エットを飲ませる。ヒナが自身の手の平に零し少しずつ飲ませていく。


優畄はアイスを花子の傍の辺りに添えてあげる。


それらの処置が効果を表したのか花子の症状は落ち着いた様だ。


花子が無理に千姫の姿に戻らなかったのも良かったようで、しばらくはヒナの膝の上で休憩だ。


そして優畄達の介護もあり状態が回復した花子、彼女はハッとばかりに頭を上げると優畄をガン見する。


そして突然千姫の姿に戻ると優畄に抱きついたのだ。


「おお優畄! 妾は其方に会いたかったのじゃ……」


「え、ええ!?」


「ちょっ! いくら白いお姉さんでもそれはダメ!」


慌ててヒナが2人を引き剥がしにかかる。


「そうじゃ、妾には時間がない。さあ優畄や妾と一緒着いて来るのじゃ!」


「ちょ、ちょっと待ってください! いきなりそんな事をいわれても……」


「これは其方とヒナに関わる大切な事なのじゃ! 手遅れになる前に急ぐのじゃ!」


千姫は時間が押し迫っている事もあり焦り気味で、要点を得ない2人。


「そんなに慌てて急かしてもお姉さんの気持ちは伝わらないよ。もっと落ち着いてしっかりと話して」


まさかのヒナの説得に確かにとばかりに落ち着きを取り戻して行く千姫。


「先程其方に抱き付いて分かった、其方は黒石の闇に飲まれ掛けておる。このままでは手遅れになる……

だが、だがまだ間に合う! どうか妾を信じて付いて来て欲しいのじゃ」


黒石の闇に飲まれる、これは【闇寤ノ御子】にも言われた事だ、彼自身はピンと来ないがかなり深刻な状態の様なのだ。


「俺が黒石の闇に……」


「優畄行こ! お姉さんの事を信じて付いて行こ」


ヒナは側で2人のやり取りを見ていた。そして白いお姉さんこと千姫の真剣な言葉に思うところがあった。彼女は千姫に付いて行く事に賛成の様だ。


「ヒナ(ヒナも思うところがあったのかな……)


どうやら自分にとって分岐に成りそうな千姫の話し、優畄は彼女を信じて付いて行く事にした。


「分かりました貴方に付いて行きましょう。……だけど俺達はマリアに監視されているから遠く離れるわけにはいかないんだ……」


優畄が自分達が監視されていて自由が無い事を千姫に話す。


「……黒極姫の呪縛は厄介じゃな…… ならば一時的に優畄、其方達を見えなくさせる結界を張るのじゃ。妾の力なら10時間は持たせてみせようぞ!」


そんな彼等の前にバイクを片手に持ち自転車に乗ったボブが現れたのだ。


千姫からの使い魔によってバイクを運こぶよう頼まれていたのだ。


バイクが運転出来ない彼はゾンビキングの怪力にものを言わせて、片腕で300kg近い重さのバイクを軽々と運んできたのだ。


「オ〜ウ、どうやらァ話はァ終わった様で〜スね」


「ボブ…… 相変わらず出鱈目な奴だな……」


「時間が無い! さあ行くのじゃ」


そして千姫は花子に化けるとボブの背負うリュックの中にスルンと入り込む。どうやらボブの事を都合の良いタクシー扱いの花子。


「花子とのドライブはァ久しぶりで〜ス!」


まあボブも楽しそうなのでよしとしておこう。


そして優畄達もバイクに乗りボブのこぐ自転車の後を走る。というかヒナのハンドル捌きでもボブには追い付けず、付いて行くのでやっとといった有様だ。


千姫の目指している場所は【古狐亭】と呼ばれる元禄山の山頂に有る御堂だ。


今は午前9、距離にしておよそ200km、バイクで飛ばして行けば片道3〜4時間の距離だ。無理をすれば夜の8時前には千姫も戻って来れるだろう。


その道則を自転車で、それも100km1以上のスピードを出しているボブはもはや人では無い……


元禄山の麓に着いた優畄達はバイクを止めると山頂目指して登り出した。


「も〜、ボブさん早すぎ!」


負けず嫌いなヒナはボブに追い付けなかった事が余程悔しかった様だ。


「ソ〜リ〜で〜ス、ヒナ殿もなかなかでしたがァまだまだで〜ス」


千姫は狸の花子のままボブのリュックの中だ。


(古狐亭まで行けばあのお方が居るはずじゃ。あのお方の力は絶大じゃ、その力をお借り出来れば必ず優畄を黒石から解き放てるはずじゃ)


元禄山は高さ500m程の小山だ。大して時間をかける事なく頂上に辿り着いた。


「頂上に着いたね」


「ここに一体なにが有るというんだ……」


頂上にはしめ縄が巻かれた直行3mの丸い石が有るだけで他には何もない。いやその石の脇に20cm程の小さな松の木があった。


そしてその木の周りだけ光の粒が舞っている。優畄は何故かその光に懐かしい暖かみを感じていた。


千姫も既に本来の姿に戻っており、石の側に歩いていく。


「さあ優畄達も妾に続くのじゃ、これから先は妾が居なくては通れぬゆえな」


狐の魔の者が認めた者でなければ通れない結界。

そして千姫は石の方ではなく小さい松の方に歩み寄って行く。


すると千姫の気配を感じ取った小さな松が突如として巨大化すると共にその根の部分が盛り上がり異世界への扉が現れたのだ。


「オ〜ウ! これはとてもォとてもォ興味深いで〜ス!」


「これから向かう世界【白仙郷】は時というしがらみから解き放たれた場所。そしてそこに住われる【柊ノ白弦狐】様は邪を打ち払う力を持つ。妾の母君でありそして優畄、其方の祖母でもあるお方じゃ」


「えっ!? お、俺の祖母……」


優畄には幼い頃の記憶が無い。父親と母親の記憶もない彼には千姫の言葉が衝撃だった。


「詳しい話は中で話す、さあ【白仙郷】に参ろう」


千姫に続いてボブもキョロキョロ興味深そうにゲートを潜っていく。


千姫の衝撃の告白にしばし呆然とした感じの優畄だったが、ヒナが彼の手にそっと自身の手を絡めると我を取り戻す。


「さあ行こう優畄」


「ヒナ…… ああ行こう」


ヒナが居れば立ち上がれる。何度だって立ち上がってみせる。


そして2人は共に手を取り合いながら【白仙郷】へのゲートを潜って行った。この先が彼等の運命の分岐点となる出来事が待つとも知らずに……


全員がゲートを潜り抜けると同時に松の根が畝り松が縮んで行く。そしてゲートが閉じると後には丸い石だけが残された。


ゲートの向こうは美しい草花が咲き乱れた桃源郷、千姫はかつて住み暮らし滅ぼされた自身の隠れ里の事を思い出して涙を流す。


(…… 妾は必ずあの里を取り戻してみせる!)


ーー


千姫が決意を新たにするその一方、黒石の屋敷で優畄達の気配が消えた事を察したマリア。その事実に彼女の可愛らしい口元が歪む。


「あら優畄お兄様、姿を隠して何処へ行ったのかしら?」


『ギギ……ギギ』


「そうねドゥドゥーマヌニカちゃん、謀反のおそれありかしら?」


『……ギ……ギギ……ギ……』


「そうだとしたら面白くなりそう。もうしばらく様子を伺いましょう。討伐するにしてもその方が面白いわ」


『……ギギ……ギ』


「ええ、そろそろ時期ね。当主候補選定戦を始める舞台は整ったわ」


そう言うマリアの顔はなんとも言えない喜びに歪み、悍ましいの一言だ。


優畄達も知らぬ間に怪物共の思惑が動き出す。そして優畄達は激動の渦に呑み込まれて行くのだ。






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