第117話 千姫の思い
場面は変わり'【鬼泉賀原'】。鬼達と千姫がこの地に引っ越して1週間、何とこの地に六重塔が建っていた。
それは彼等の蘇った鬼の数を表したもので、千年前に京に上った【夜鶴姥童子】が1179年に焼失する前の五重塔を見て憧れていたものを、六重塔として再現したものだ。
彼は必ず自らの国に五重塔を建てようと建てようと計画していた、それが叶った形だ。
彼等鬼族には建築の才があり、建築様式などもしっかりと覚えていた彼には再現する事など朝飯前。
一段増やして六重塔にする余裕すらあったのだ。
「フフフッ我ながら見事な出来よ!」
「脅威! 脅威! 脅威! 僅か1週間でこの様な物をつくるとは、真脅威である……」
「まあ【夜鶴姥童子】は根が単細胞だからね」
そう言いつつ石に腰掛け本を読む千姫に付き纏う【刻羽童子】を見る赤蛇。
こちらもこちらで1週間前から同じ光景が続いている……
「愛しの君よ、今日は其方のために綺麗な石を掘って来たぞ」
そう言って【刻羽童子】がどこかからか取って来た水晶を彼女の前に置く。千姫は未だに結界を張っており、彼等に心を許す気はない。
「そろそろ結果を解いてはどうかね我が君よ」
「……」
無視されてもめげる事なくプレゼントを運び続ける【刻羽童子】。そんな彼を見てはため息を吐く【赤蛇】
「まったくまるで相手にされてないのに……」
そして【腐獅子】は鬼の国から離れた場所に小屋を建てて人間の娘の美穂とまるで夫婦の様な暮らしをしている。人を食べねば癒えない体も千姫の霊術によって一時的にだが傷の劣化の進行を止めている。
「じゃあ美穂ワシは狩に行ってくるでな」
「はい。気を付けて行ってらっしゃい」
そんな一見穏やかそうに見える鬼達だったが、あれから一度だけ精神会館の近くまで赴いた事がある。
だが鬼達の接近に気付いていた康之助の殺気によって、撤退を余儀なくさせられていたのだ。
その時のメンバーは【夜鶴姥童子】、【赤蛇】、【椿崩】の3体。
彼等は偵察とあわよくば施設の攻略を目論んでいたのだが、まるで仁王像の様に精神会館本館の正面に立つ男の殺気を浴びた途端、彼等は動けなくなってしまったのだ。
そして赤く揺らぐ彼の周りの大気に恐怖を覚えた。
唯一【夜鶴姥童子】だけは自力で呪縛を解きはしたのだが、その場から動かない康之助にこのまま戦えば仲間が死ぬと悟り退く事を選んだのだ。
「しかしあんな化け物があそこに居たなんてな、あたいらが束になっても敵わねえよ……」
「真、真、真、だから黒石は侮れぬのだ……」
「フン! あの様な奴、俺の調子が戻れば相手ではない」
康之助から逃げた事を認めたくない【夜鶴姥童子】は悔しそうに拳を握る。
「無駄、無駄、無駄、彼奴は人の域を超えておる、我等もこの身を捨てなければ勝目はない諦めるのだ」
「ウヌヌヌヌ、ならば我も鬼の域を超えてみせようぞ!! その為には人を食って食って食い尽くさねばならぬ」
その話を聞いていた千姫がパタンと本を閉じると、彼等に向き直る。そして口をひらいた。
「人を無差別に食らわば足が付く。さすればあの康之助なるハンターがやってくるやも知れぬぞ。黒石の戦力はまだ未知数、今は地道に基盤作りが無難」
「ウヌヌヌヌ、わ、分かっておるわ!」
ひょとしたら黒石にはあの男レベルのハンターがまだ居るかも知れない。それなのに今大々的に村や町などを襲えば足が付きハンターを送られるのは明白の理。
【夜鶴姥童子】も自身1人ならばその身も顧みず戦う事を選らんでいただろう。だが彼には大切な仲間が居る。
仲間を強く思う彼にはその仲間を危険に晒す事は出来ないのだ。
(この千姫の言う通り今は耐える時、我1人の我儘で大切な仲間を巻き込む訳にはいかぬのだ)
実はこの康之助の存在を鬼に知らせたのは千姫の作戦の内なのだ。康之助の存在を使い魔を通じてボブから知った彼女は、彼を鬼達の足止めに利用したのだ。
案の定鬼達は彼の強さに恐れ慄き引いてくれた。これでまた時間が稼げる。
(そろそろ優畄の事が心配じゃ。黒石の闇は深く根強い。一度深くハマってしまえば抜け出すのは不可能…… 手遅れになる前に優畄を解き放たねばならぬ)
その為には彼と黒石を繋ぐ存在を排除しなくてはならない。それは優畄にとって究極の選択になるだろう。
(その為にここを離れる必要があるのじゃが…… 根が単細胞な鬼達を騙すのは簡単じゃ、その為の下準備も済んでおる)
千姫が自身の周りに結界を張って居たのには刻羽童子対策ともう一つの意味があった。それは彼女に触れられないという認識を鬼達に与えるため。
千姫の特技幻術には触れない限り解ける事なく普段の様に動き回れる''夢幻香''という能力がある。まあ簡単な動きという制限は有るが、その為の日々の読書が意味を持つのだ。
鬼達はこう思っただろう、この者は本を読むのが趣味であると。さすれば千姫が四六時中読書をしていても誰も不審に思わない。
時間制限は鬼達が食事をする午後8時、それまでに戻らねば鬼達に妾の幻術が見破られてしまう。
(待っておれよ優畄! 今行くからのう)
下準備が済んだ千姫はタイマーの様に同じ動きを繰り返す幻術を残して、千姫は狸の花子に変身すると優畄の居る精神会館へと急ぎ向かった。
ーー
精神会館へ帰った優畄達は会館に着くとほぼ同時に次の仕事の辞令が下りた瑠璃と分かれる事になった。
康之助達には討伐成功の連絡はしてあったため、彼も見送りに出てきてくれた。
「なんだもう帰るのか」
「はい。本部からの命令ですので」
たった1日だったが彼女の存在感はここにいる者に強い印象を残すのに充分だった。
「瑠璃助かったよ、本当にありがとう」
「ブ〜だったけど、今日はありがとうね……」
今回の【闇寤ノ御子】の討伐は瑠璃無くして成せるものではなかった。それが分かるヒナは一応礼だけはしておく。
「私もラーメンが食べられず残念です。また機会があったらよろしくお願いします」
そして瑠璃はフルフェイスを被ると走り去って行ってしまった。
(ああ、また必ず会えるさ瑠璃……)
優畄はどうしても彼女が気になってしまう。あの時守ってやれなかった彼女、その彼女に今回は助けられたのだ。
あの時の白い手を伸ばす彼女の姿が優畄の脳裏に再生される。
「優畄〜、何を考えているのかな〜」
そんな優畄の顔を訝しむように覗き込むヒナさん。優畄が瑠璃の事を考えているのが伝わった様だ……
「な、何も考えてないよヒナ…… そ、そうだアイスを買いに行こう、ガリガリ君は美味いぞ!」
苦し紛れに言い訳するもヒナさんには通じない。
「も〜! すぐ誤魔化すんだから」
それでもコンビニに着いた頃にはいつものヒナさんに戻っていた。そしていつもの様に日陰で涼しい神社の階段に座り買ったアイスをたべる。
時刻は午前9時、さあ暑くなるぞと太陽が活発になる時間帯。そんな彼等の前にフラフラと狸の花子が現れたのだ。そして優畄達を見つけると安堵感からかパタリと倒れてしまったのだ。
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