第116話 対【闇寤ノ御子】戦5


本来闇の化身の【闇寤ノ御子】を傷つける事は出来ない。だが優畄の【グリフォン】が放った風には破邪の効果がある。


もはやその腕の再生はかれの闇をもってしても無理だろう。


『ウヌヌ…… 己れぇ!』


【闇寤ノ御子】が空に逃れた優畄達に闇を放ってくるが、【グリフォン】の破邪の風がその悉くを払ってしまう。


しまいには由優畄達を仕留めようと辺り構わず槍を放ち出す【闇寤ノ御子】。だが闇雲に放たれた黒槍の命中精度は低く当たる事はない。


それ以前に【グリフォン】自体に常に風の渦が巻き付いており、闇を寄せ付けないのだ。


優畄は確信した。もはや【闇寤ノ御子】には【グリフォン】の風を超えて自分達に攻撃する術は無いと。


『フハハハハ破邪の風か。おかしいとは思わぬか? このタイミングで貴様がワシに対して有効な能力に目覚めるこの事実を? 』


「なに?」


『ワシの存在自体すらも奴等の思惑の一部だと言ったらどうする?』


「! 」


『黒石の闇は我の闇なぞ及びもつかぬ真の闇。貴様とて見てきた筈だ、奴等の悪辣な所業を。今の貴様は黒石の闇に呑まれ溺れかけた哀れな小童だ』


優畄には分かっていた【闇寤ノ御子】の言葉がただの時間稼ぎに過ぎないという事を。それでも彼の言葉には真実の響きがあった。


「そんな事は分かっているさ、それでも俺は前に進まなくては行けないんだ!」


そして優畄達は【闇寤ノ御子】との最後の勝負へと飛び立った。ヒナと瑠璃も彼の背中から攻撃のチャンスを伺う。


『面白い! ならばワシも全身全霊で応えよう』


優畄達の気迫からこれが最後の勝負だと、それを受けて立つと巨大な黒槍を作り出す。


正直彼自身も優畄に配下を倒され、闇の力を使い過ぎて限界間近だったのだ。


『貴様らを倒し貴様らの魂でこの傷を治すとしよう』


虚勢で自らを偽り優畄達を待ち構える【闇寤ノ御子】。そして破邪の風を纏った【グリフォン】が彼目掛けて突進してくる。


それに合わせて自身の最後の力を振り絞って作り出した巨大な黒槍を放つ。優畄も同時に''烈風斬''を放ち闇と破邪の風が激突する。


ド〜ン!!と大気を揺るがす音が響き渡る。


両者の中央で凌ぎ合う闇と風。均衡していた力は闇が押される形で徐々に傾き始める。


『お、己れ!』


なりふり構わず【闇寤ノ御子】は、自身を形作る闇をも注ぎ込み劣勢を跳ね除けたのだ。それは即ち彼の命を削った攻撃。


【闇寤ノ御子】の命をかけた闇の激流が優畄達を押し返す。


「キャア!」


「グッ、なんて奴だ、まだこんな力が有ったなんて!」


『…… こ、この勝負、ワシの、ワシの勝ちだぁ!!』


彼は勝利を確信していた、だがーー


「ーーそうはさせません!」


彼の背後から声が聞こえると共に、彼の体を瑠璃の刀が貫いたのだ。死人である彼に同じ死人である瑠璃の気配は掴めない。


『おっ……己れ!』


その隙は決定的だった、瑠璃に背後から貫かれた事で意識が彼女の方に向いてしまった【闇寤ノ御子】。


その隙をついて、今度は頭上から降って来たヒナの斬撃が彼の残った左腕を斬り飛ばし、その胸を切り裂い他のだ。


『グハッ……』


ヒナの持つ''虎牙丸''と''菊籬丸''にも破邪の力がある。


そして【ゴレアス】に変化し直していた優畄がトドメの''獣王爆撃掌''を放つと、全ての闇が吹き飛ばされてミイラの様に痩せ細った男が現れたのだ。


その姿はかつて囚われていた当時の彼の姿。


『…… ま、まだ終わってはおらん……』


彼の最後の虚勢、【闇寤ノ御子】はなんとなくこうなる事を分かっていた。初めて優畄に会った時から自分は彼に止められると確信めいたものを感じていた。


その場に崩れ落ち後は朽ちて行くだけの彼の体。


【闇寤ノ御子】は無意識に無くなったはずの右腕を伸ばしていた。愛おしい主人の手を握るためにいつもそうしていたのだから。


腕なぞ無くとも関係ない。ワシの手を取りいつも励ましてくれたあのお方の手を掴む為に伸ばすのだ。


そんな彼の手を握り返す者がいた、忘れはしない愛しき我が主人の手。その温もりを忘れた事なぞあろう筈もない。



『……せ、仙之助……様……』



そして【闇寤ノ御子】の体はそのままチリとなり崩れ落ちていった。



「……終わったな」


「うん……」


「はい。討伐完了です」


死ぬ間際、最後に【闇寤ノ御子】が見せた笑顔が忘れられない……


闇が晴れると辺りが夜の闇に包まれていた。彼ならばこの闇に溶け込んで逃げる事も更なる奇襲を仕掛ける事も出来たはず。


だが彼はそうはせずあえて優畄との真っ向勝負に望んだのだ。


きっと彼は疲れ果てていたのだろう、この不毛な復讐の日々に。そしてそれを終わらせてくれる者を待っていたのだ……


優畄は彼のそれまでの生き様は知らない。だが彼が最後に見せた笑顔がいつまでもシコリとして残っていた。


「……さあ帰ろう精神会館へ」


「うん」


「はい」


行きは緊張感しかなかった道筋も今は夜の星空が綺麗に瞬いている。まるで先程までの戦いが嘘だったかの様な錯覚すら覚える。


「帰ったら瑠璃も入れた皆んなでラーメンを食べに行こうな!」


「ブ〜だけど、ラーメンなら問題なし!」


共に戦ったとはいえまだヒナには瑠璃へのわだかまりはある様だ。


「ラーメン……食べた事は有りませんが楽しみにしています」


そう言った瑠璃の笑顔はとても素敵だった。そしてバイクに跨ると一路精神会館目指して走り出したのだ。


ーー


場所は変わりあるお嬢様の住む屋敷。


その屋敷で夫婦で働きに入っている中村夫妻。夫はキッチンで料理を作り奥さんは家政婦として屋敷の掃除などをしている。


当初は仲の良かった中村夫妻だが、ここ最近は喧嘩が絶えない。その原因は妻の浮気。そしてその相手はこの屋敷のお嬢様の授皇人形のフィレスだ。


今もその奥方との情事を済ませて報告をしにお嬢様の部屋に来ている。


「で、どうだったの?」


「申し付け通り、き、危険日だと言う彼女の中に……」


「そお、じゃあ貴方の赤ちゃんが出来ちゃうかもね。フフフフッ」


そして口元を歪ませて何とも醜く笑うお嬢様。


「…… お嬢様、もうこの様なお遊びはお辞めください。このフィレス他の事なら何でも致します。ですから、どうか、どうか……」


懇願する様に頭を下げるフィレスだったが、予想通りお嬢様からの返事はNOだった。


「何言ってるの? これからが面白いところじゃない。他人の、しかもお嬢様の付き人の子を孕んだ奥方がどうなるか見ものですわ」


「グッ…… 」


「そんな事より例の討伐依頼の件はどうなっているのかしら?」


「…… は、はい。石黒優畄、ヒナの主と授皇人形のコンビに一体の【黒真戯 】を加えた3名での討伐成功との情報です」


彼等は父の配下の【千里眼】使いを使い、他の当主候補の情報を集めているのだ。


「へ〜、ヘタレと聞いていましたが

流石は当主候補筆頭なだけはありますわね」


【闇寤ノ御子】の討伐依頼は最初彼女の方に来ていたのだが、リスクが高いと言う事で父の豪毅に頼んで断ってもらった。


本来、本家からの依頼は絶対なのだが、有力政治家でもある豪毅に借りを作るという形で話しがついたのだ。そして流れた討伐依頼が優畄の元に来たという経緯だ。


「他の候補者の情報は?」


「はい。黒石刹那様と授皇人形マリーダのコンビが【土落蛇擬】の討伐に成功しました」


「フ〜ン、まあ見た目こそアレ(巨大なミミズ)ですが【土落蛇擬】はただの雑魚、大した成果では有りませんことね」


興味無さそうにそう言い捨てるお嬢様。


「そして黒川晶真様、授皇人形サアラのコンビが【土竜部武】なる格闘が得意な一族を配下に置いたとの情報です」


「フム、【黒魅眼】と【黒操眼】のダブル魔眼使いなだけあって着々と戦力を集めている様ですわね。やはり同盟を組むなら生徒会長が最有力かしら」


そうお嬢様は同盟を組む相手を吟味していたのだ。


「黒石将ノ佐様と黒石高尚様には動きはありません。黒石ひなた様は未だ海外遠征から戻られてはおらずその同行は伺いしれません」


「そう分かりましたわ。貴方は黒川晶真に接触を試みて。もしYESなら同盟を、NOなら、そうね貴方が始末しておいてね」


「了解いたしました」


そしてお嬢様は午後の紅茶を飲みながら様々な構想に耽るのだ。

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