第121話 新たな力


【惟神進化】、優畄が黒石の闇を振り払い新たに目覚めた力は闇に対して特攻効果を持つ。そして黒石の能力は彼に対して3割減だ。それ即ち黒石の者には天敵となり得る存在という事。


その事実に優畄は黒石との因縁めいた宿命を感じていた。


(…… この力は黒石にとって脅威になる。もしこの力がマリアにバレた時、今度は俺が追われる立場になるだろう……)


『さて…… 妾の仕事も終わった様じゃな。そろそろ妾は旅立つとしようかのう……』


「え? 旅立つて、どうゆう……」


【柊ノ白弦狐】が突然放った言葉に混乱する優畄達。


「……【払光界】を作り出す【払光仙の儀】を行うには、高位の霊体の魂が触媒として必要。【柊ノ白弦狐】様は…… 母上は自らの命をかけて優畄とヒナ、お主達を救ってくれたのじゃ……」


千姫の頬を涙が伝う……


そう彼女は、千姫は優畄のためにあえて自身の母にその命を差し出してくれと、犠牲になってくれと頼んでいたのだ。


「な! そ、そんな……」


「私達の為に……」


『千よ、よいのじゃ。妾は長く生きすぎた、そろそろ旅立つ時…… その臨終の時に、この枯れゆく命が若人の助けとなるなら本望』


【柊ノ白弦狐】の体が光の粒子となり少しずつ消えていく……


最後に彼女は優畄達に向き直る。


『……優畄よ、我が娘石楠花姫の息子よ…… 其方達の行く末が……輝かしいものであるよう祈っておるぞ……サ……ラバ……』


そして【柊ノ白弦狐】は優畄達の行く末を願いつつ、天へと還っていったのだ。


彼女はこの【白仙郷】の世界から優畄達の事を見守っていた。見ている事しか出来なかった彼女は、もし優畄達がここを訪れたならば自分の光を優畄達に渡そうと思っていたのだ。


彼女の光無くして優畄達は【払光仙の儀】を乗り越える事はできなかっただろう。黒石の闇はそれ程までに強大で厄介なものなのだ。


「う、うう……私達のために……」


「…… 俺達は生きよう。生きて彼女の思いに応えるんだ……」


抱き合う優畄とヒナ、彼等の体から眩い光が放たれ辺りを覆って行く。優さんとヒナは魂で繋がった2人だ、優畄からの光が彼女の中にも宿り満たされている。


もはや闇が彼等を引き離す事は無いのだ。


そんな中【柊ノ白弦狐】が座していた黄金の亀が一声悲しげな泣き声を上げた。何百何千年の間共にいた【柊ノ白弦狐】が死んだのだ悲しくない訳がない。


そして亀は徐々に石化していき、石のように硬くなるとそのまま動かなくなってしまう。


自ら石化する事で【柊ノ白弦狐】を守るというその仕事を終えたのだ……。


「…… 【柊ノ支千亀】は生まれて出てより母上と共に生きて来たのじゃ、母上の居らぬ世界にはなんの未練もないのじゃろう……」


そして住む者が居なくなった【白仙郷】が緩やかに崩壊を始める。


「母上が死んだ事で霊力の供給が止まったのじゃ。さあ戻ろう妾達の世界へ……」


元の世界へのゲートを潜り抜けるとそこには、あの大きな丸い石と、枯れてしまった小さな松の木が残されているだけだった。


(…… 母上、今度は妾が優畄達を見守り導きますぞ。どうか天からお見守りください)


千姫の思いと共に山を降りる優畄達。時計を見れば夕方の5時頃、千姫が鬼の里に帰るのにギリギリな時間だ。


(参ったのう…… 今からではギリギリじゃ)


「千姫さんどうしましたか?」


焦り顔の千姫に気付いた優畄が声を掛ける。


「だ、大丈夫なのじゃ」


千姫はサムズアップと共に応えるが焦り顔はそのままだ。


「? 何かあるなら遠慮なく言って下さい。」


「私達で力になれるなら遠慮しないで!」


「……だ、大丈夫なのじゃ」


今の優畄を鬼に合わす訳にはいかない。会えば優畄の強さに気付き鬼達が戦いを挑むのは必至、まだ力に目覚めたばかりの優畄にそんな負担はかけたくないのだ。


そんな彼女の前に自転車に乗ったボブが現れる。そしていつものように背中に背負ったリュックの口を開ける。


「さあ花子早く乗るで〜ス! 私〜シが送っていくで〜ス」


ボブが鬼の里まで花子こと千姫を送って行くと言い出したのだ。正直ヒナ達にバイクで送ってもらうよりボブの自転車の方が速い。


「ボブ! よ、よいのか?」


ボブは鬼が精神会館を襲撃した際に会館を守るために鬼達と戦い殺されかけている。


「大丈夫で〜ス。私〜シは花子の足で、盾でもありま〜ス、遠慮は無用で〜ス!」


ボブはいつでも彼女の足として彼女を守って来た。これからもそれは変わらないと言っているのだ。


「ボブ…… それならば其方に頼むのじゃ!」


ボブはサムズアップで千姫に応える。


千姫は最後に優畄に向き直ると心配そうに彼を見る。


「優畄よ、妾は一旦鬼の元に帰る。其方にはこれから幾多の試練が訪れる事になるじゃろう。どうかそれらの試練に負けずに立ち向かって欲しい」


「はい。」


そして千姫は優畄の隣に立つヒナに視線を合わせる。


「ヒナよ優畄の事を頼んだぞ」


「うん。白いお姉さん任せて!」


「うむ」


そして千姫は狸の花子に化けると慣れた動作でボブのリュックの中に入り込む。


千姫が入り込んだ瞬間、ブーストラッシュがてらのスピードで走り去っていくボブと千姫。


「…… あっという間に見えなくなったな……」


「自転車で私のバイクより速いなんてね…… (白いお姉さん優畄の事は任せて!)


帰りは2人とも無口で一言も会話を交わす事は無かった。だがヒナの操るバイクに揺られながら見る夜の景色が、それまでとは違い美しく見えたのは気のせいだろうか。


優畄達が精神会館に帰ると彼等を待っていたのか康之助が会館の前にいた。まさか彼が待って居るとは梅雨ほどにも思わなかった優畄達は混乱必至だ。


康之助が優畄を鋭い眼光で睨む。そしてどうやら康之助は優畄の変化に気付いている様子。


腕を組んだまま目を閉じて仁王立ちする姿は畏怖さえ感じる程だ。自然と足が震える優畄、未だ遥か上に位置する康之助の存在に怯えているのだ。


殺気を放ち優畄達の同行を伺う康之助。いつもの彼を知っているだけに今の康之助にショックも大きい。


対応を誤れば彼と戦闘になる。それ程の緊張感が漂っている。


「……康之助さん、許可を得ずに勝手に精神会館から離れてすいませんでした……」


「ごめんなさい……」


2人は敵意は無いとばかりに素直に頭を下げた。そんな2人からの謝罪を受けて何を思うか、ゆっくりと目を開ける康之助。


「…… まあいい理由は聞かん。お前達が帰って来た、その事実だけを評価してやろう」


そして康之助は2人に背を向けると会館の中へ消えて行った。


先程の緊張感から解放され深く深呼吸をする優畄達。黒石と敵対する、それが意味する事の険しさを改めて実感した2人。


(このまま行けば康之助さんとも争う事になるかも知れない…… でも、それでも俺達の為に犠牲になってくれた【柊ノ白弦狐】様の思いに応える為にも進まなくてはならないんだ!)


優畄の決意を感じたヒナがその手を強く握る。そしてその手から「大丈夫だよ、私が付いてるよ」とのヒナの思いが伝わってくる。


「行こうヒナ!」


「うん!」


今はまだその時ではない。だからその時の為に今は力を蓄えるんだ。黒石の闇に打ち勝つだけの力を。



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