第110話 新たな辞令


桜子との最後の分かれを終えてヒナが待つ屋台群の所まで戻って見ると、なんて事かヒナさんがナンパされているではないか!


優畄を待っている30分の間にヒナに声をかけたのは5人、2人組と3人組の女の子を引っ掛けに来た輩たちだ。


基本ヒナさんはナンパ野郎は無視だが、あまりにしつこい輩には怒りの鉄拳を喰らわせている。


今回の3人組もしつこい部類の輩だ。最初無視していたヒナさんも余りのしつこさに堪忍袋の緒が切れた。


あっという間に3人を叩きのめすと周りが騒ぎ立つ中、何事もなかったかの様に平然とその場を立ち去る。


そして顔が引き攣っている優畄を見つけると、先程までの仏頂面とは打って変わって満遍の笑顔で駆け寄ってくるヒナさん。


「優畄! 桜子ちゃんとのお話は終わったの?」


「あ、ああ…… 不本意な形だったけど、ちゃんとお別れして来たよ」


ヒナも彼と桜子の話し合いが上手く行く事を望んでいただけに優畄の反応に顔が曇る。


「そおなんだ…… 優畄は、優畄はそれで良かったの?」


「……仕方がないんだ。桜子を巻き込む訳にはいかないからね」


「……」


話を聞いていたヒナが優畄の胸に抱き付いてくる。


「ヒナ?」


「私が居るからね。優畄の側にはいつでも私が居るからね……」


優畄から伝わる強い思い、好きだった相手と分かれなくてはならない現状。それを慰めるように彼女が言う。


彼女から温もりが伝わってくる。


ヒナが居る限り自分は何度でも立ち上がれる。そう思える程に優畄の中で彼女の存在は大きくなっているのだ。


「ヒナ……」


「帰ろ、精神会館に」


「ああ」



今では俺たちの家と言っても過言じゃない精神会館。その場所に帰るべく思い出のこの地を後にする優畄とヒナの2人。


桜子とは望まぬ分かれに成ってしまったのだが、真実を言えない限り分かち合う事はないのだ。


それに桜子には友がいて、学校に通って、共に遊んで、そんなどこにでもある普通の青春を謳歌してほしい。


「……桜子、君と過ごしたここでの10年は決して忘れない。ありがとう……」


その言葉は決して彼女に伝わる事はないけれど、ここでの10年はこれからを生きるには必要なのだから。


ーーー


精神的に帰えった翌日の早朝、康之助に戻った報告をする。


「ーーそうか、それで彼女とは納得のいく別れは出来たのか?」


「……納得はいきませんが、別れの言葉は伝えて来ました」


「そうか……」


優畄達が精神会館を離れている間にここでも変化があった。


まず刹那とマリーダが巨大ミミズ【土落蛇擬】の討伐辞令でこの地を去ったのだ。


「……今度会った時はお前に負けた時の借りを返えさせてもらうぜ」との刹那からの伝言を聞いた。マリーダも初めて出来た友達と離れるのを寂しそうにしていたそうだ。


主人のためだけに存在する彼女達には、同じ授皇人形でしかその心情は理解出来ないだろう。だから仲良くなるのは必然。


彼等とはこの先も良きライバル、良き友として共にこの黒石の生き地獄を生き残りたい。


そしてもう一つの変化は、あのデブ兄弟の事だ。なんでもデブ兄弟が黒石の権限で町の他どこかにアパートを借りたらしく、この精神会館には戻らないと言い出したのだ。


鬼を討伐するまでは家に帰る事も出来ない奴等が考えたのは、優畄達が鬼を退治するまでこの町に留まりその手柄だけ掻っ攫おうという悪辣なものだった。


それと共に由紀との距離が開く事で彼女が死に、彼女から新しい授皇人形に代える為の残酷な処置でもある。


「わ、私は大丈夫です…… 輝毅様が幸せならばそれでいいんです……」


精一杯の強がりでそう言う由紀。その健気な姿がいっそう悲壮感を強める。


「あの豚マン兄弟はどこまで腐ってやがるんだ!」


それでも俺に任せておけと康之助が言う為、この件は彼に一任する事にした。彼なら上手く収めてくれるだろう。



肝心の鬼達に関しては、あれから鬼の襲撃も無く千姫からの情報通りだ。鬼達を探すにも匂いの無い鬼を追うのは難しく、ボブの協力も得られないため八方塞がりの状態だ。


それでも黒石の本部に、優畄達を遊ばせておく気はない様で、鬼が来ないのなら他の魔の者の討伐に赴く様にとの辞令が降りる。


今回のターゲットは【闇寤ノ御子】。優畄にとっては因縁の相手で、かつて優畄が初めてこの地を訪れた際に出会った魔の者。それが【闇寤ノ御子】なのだ。


「優畄、今回お前たちに討伐辞令が降りた相手はお前と因縁のある相手だしいぞ」


「えっ?」


そう言って【闇寤ノ御子】についての資料を優畄に投げてよこす。


その資料には能力者が遠距離からの【念写】で写した写真が載っている。黒い靄に包まれた闇を凝縮した様な魔の者の姿。その悍ましい姿に誰しもが恐怖を覚えるだろう。


この能力者はこの後【闇寤ノ御子】に貪り食われたという……


「こ、こいつは……」


あの駅での初対面を思い出す優畄。心配したヒナが優畄の手を握りしめる。


だがあの時感じた圧倒的なまでの恐怖は感じない。ヒナの存在や自身の力の存在が大きい。


その他にも資料には【闇寤ノ御子】の能力の''闇操術''や相手を恐怖に陥れる''闇手''などかなり詳しく載っている。この情報を得る為にどれだけの犠牲を払ったのか興味があるところだ。


そして資料の最後の文章に優畄の顔が引き攣る。


資料には【闇寤ノ御子】前黒石仙之助と書かれていたのだ。


「……【闇寤ノ御子】が元黒石の人間?!」


「最後まで見たか。黒石仙之助、彼は今の黒石家当主権左郎の弟でお前の叔祖父だ」


「……そ、そんな……」


「詳しい経緯は知らんが、黒石の人間はその性質上闇に堕ちやすい。彼もその類いだろう」


「闇に……」


優畄が怒りに溺れやすくなるのと同じで、授かった能力の性質に弱い者は引っ張られやすい。


そして【闇寤ノ御子】が前世、黒石仙之助だった時の能力が【黒纏変化】その身を闇に変える事が出来る数ある黒石の能力の中でも破格の能力だったのだ。


彼が闇に堕ちた理由にはいくつか説がある。愛する者を奪われた恨み、卑怯にも騙し討ちにあったことえの怒り、権左郎との当主争いに敗れ更なる力を望んだ結果の嫉妬による闇堕ち、などその真実は定かではない。


「で、でもそんな強力な相手に俺達だけで太刀打ち出来るんですか?」


これだけ強力な相手が討伐対象では当主候補レベルでなければ太刀打ち出来ない。


だが今この精神会館には刹那達は居ない……


そして案の定、康之助も手伝ってはくれないと言う。


「悪いな俺の仕事はここを守る事だからな」


「わ、分かっています。でも……」


与えられた仕事をこなす、それが黒石の者として生きて行く上での最低条件。弱き者は生きるべからず。それが黒石で生きるという事の絶対条件なのだ。


優畄も然り、本家からの無言のプレッシャーが重圧と成って彼を苛めるのだ。


「ああ、なんでも本家から助っ人が来るだしいぞ」


「助っ人! た、助かります」


「やった〜! 優畄、今度はどんな人達かな」


少しでも戦力が欲しい優畄達にはありがたい話だ。


「それでその助っ人の人はいつ来るんですか?」


「マリアの話では朝一で来るという話しだったが。優畄、今回の助っ人もお前と関わりのある人物だしいぞ」


「俺に?」


その時正面玄関の方からバイクのエンジン音が聞こえた。


「おっ、噂をすれば何とやらだなどうやら助っ人が来た様だぞ」


「よし助っ人さんを見に行こう!」


そう言うとバイクのエンジン音がした表玄関に走り出すヒナ。


「お、おいヒナ、ちゃんと挨拶しなくちゃダメだよ」


優畄もヒナの後に続いて正面玄関に赴く。だが何故だろう正面玄関に近づくにつれて胸の鼓動が激しく成っていく。


先に行っていたヒナも同じ様な状態で、胸に手を当てながらバイクから降りてフルフェイスを被るその者に釘付けだ。


そしてその者がフルフェイスを外すと2人に衝撃が走った。

















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