第109話 サヨナラ


桜子を自宅まで送り先に神社に行っていると分かれて来た優畄達。桜子も一緒に行きたそうにしていたが、家の用事があるだしくここで一旦分かれることになったのだ。


「桜子ちゃん良い子だね。私達、友達になれるかな?」


「ヒナは誰とでもすぐ打ち解けられるからね。大丈夫だよきっと成れるさ」


状況が状況だったら本当に友達に成っていたかもしれないヒナと桜子。でもそれが無理だという事はヒナにも分かっているようで、それ以来口を開かないままに炎天下の道を2人は歩いていく。


こんな真夏の炎天下の下でも耐性の高い2人にその影響は全く無く、そんな自分達が恨めしく思えるのは何故だろう……


午後3時、神社ではもうお祭りが始まっており所々に屋台が建ち並んでいる。小さな扇風機を付けながら屋台で焼きそばを焼くおじさんに敬意を表したい。


「ヒナ、屋台を回って時間を潰そうか」


「うん! 行こう」


ヒナの顔がパッと明るくなる。やはりヒナは笑っている時が一番彼女らしい。


屋台でカキ氷を買い日陰の石垣に座って食べる。ひんやりとしたカキ氷がキ〜ンとくる。だがそれがいいのだ。


「優畄の故郷はいい場所だね、友達も皆んな優しいし」


「う、うん……(桜子以外友達じゃあないんだがな……まあいいか)


楽しい時間はあっという間だ。時刻は午後5時、桜子との約束の一時間前だ。


まだ暑さは残るが日陰が増えて過ごし易くなって来た。桜子が来るまでは神社の近くを見て回る事にする。


この近くには小さい頃よく行ったバッティングセンターがあり、そこで時間を潰す事にした。


「これはどうすればいいの?」


「飛んで来る球に合わせてこのバットを振るんだ」


最初こそ戸惑っていたヒナも、いつものようにあっという間にコツを掴みホームランを連発しだす。


ヒナの隣でバットを振っていた高校球児もヒナのホームラン連発に開いた口が塞がらない。


(ヒナさんや、そろそろ許しておやりなさい……)


バッティングセンターで遊んだ後はその隣に建つ駄菓子屋で時間潰しだ。この駄菓子屋は優畄が小さい頃から変わらない姿の婆様が営んでおり、招き猫ならぬ招き婆さんといわれ子供達に大盛況なのだ。


優畄達が駄菓子を見ていると招き婆さんが話し掛けてくる。


「おや、珍しい組み合わせのカップルだね。その子は離しちゃあいけないよ、大切に大切にするんだよ」


幼少の頃から数年通ったが初めて招き婆さんに声をかけられた優畄。突然の出来事に面を食らったが、素直に「はい」と応えておいた。


その返事に満足したのか招き婆さんは、いつもの様に上の座敷に上がると座ったまま動かなくなってしまったのだ。


これが招き婆さんが招き婆さんたるもう一つの理由なのだ。


時計を見れば時刻は5時50分、そろそろ桜子もお祭りに来て居るかもしれない。優畄はヒナに桜子と話している間に屋台で買い物が出来るようにとお金を渡す。


1人にするのは心配だが致し方ない。


「じゃあ行って来る」


「うん。買い物しながら待ってるね」


そしてヒナと分かれた優畄は桜子と約束している神社の裏に向かう事にした。そこにはブランコや滑り台など子供の遊具があり、かつて幼い頃に彼女と遊んだ思い出の場所でもあるのだ。


優畄が神社の裏に行くと桜子がブランコに揺れながら待っていた。この日の為に買ったのか、ブルーの水玉の浴衣が眩しい。


(……やっぱり可愛いな……)


どれくらい前にきたのだろう、ブランコに揺れる桜子が酷く寂しげに見えたのは気のせいだろうか。


「……あっ、優ちゃん!」


寂しげに俯いていた彼女が優畄の姿を目にした途端その顔が笑顔に変わる。その彼女の笑顔に優畄の胸がドクンと高なる。


これからサヨナラを言わなきゃいけないのに、優畄は未だに彼女の事が好きだという事を再認識してしまったのだ。


(……そうか俺はまだ桜子の事が……)


だがこの気持ちは封印しなければならない。彼女に対しては最後まで誠実でいたい……


「ごめん待ったかな?」


「ううん大丈夫、私も今来たところだから」


優畄は桜子の隣のブランコに座るとゆっくりと口を開いた。


「……実はね、今日こっちに帰ってきたのは桜子に伝えたい事があったからなんだ」


「伝えたい事……」


彼女も薄々気付いている様だ、それが良い事ではない事を。


優畄の頭の中に桜子と過ごした小さい頃の思い出が蘇る。グーパンするまではいつも何処へ行くにも一緒だった彼女。


中学生になってからは話したり遊んだりは出来なかったけど、どこか深いところで繋がっていた。今思うとそんな気がする。そして終業式の時の仲直りで昔の関係に戻れたのだ。


「今朝久しぶりに桜子に会えた時凄く嬉しかったんだ。20日前と変わらずいてくれた、それだけの事が嬉しくてたまらなかったんだ……」


「…… 優ちゃん……」


しばしの沈黙のあと優畄が、桜子とのこの時期が終わる事を惜しむ様に口を開いた。


「……俺はもうこっちには戻って来れない…… だ、だから最後に君に会って伝えたかったんだ。さよならを……」


桜子の反応は、この展開を予想していたのか驚いた様子はない。


そして優畄の話を黙って聞いていた桜子がポツリポツリと話しだす。


「……なんで、なんでなの? やっと優ちゃんと仲直りが出来て昔みたいな関係に、特別な関係に成れると思っていたのに……」


子供の誤った正義感からくるすれ違いで仲違いしてしまった2人。中学の3年間は彼女も優畄に気を使い彼と話せないまま終わってしまった……


このままでは嫌だと勇気を出した結果、あの時仲直り出来たのだ。高校は優畄と同じ学校に行きたいと自分の行ける高校のランクを落としてまで彼と同じ学校を選んだ。


「中学の3年間を取り戻す、そしてそれ以上の関係に成れたら嬉しいな。」と思っていた矢先に突然優畄の家が売りに出され、彼とも連絡が取れなくなってしまう。


彼に会いたい気持ちが募る中、彼から届いた唯一の返事は[戻れない]の一言。なんでどうしてと繰り返してみても答えは出ない。彼女に出来るのは、優畄の売りに出されている家を見ながらため息を吐くそれだけだっだ。


そして約束の当日、いつもの様に優畄の家を見るとそこには優畄の姿が会ったのだ。そしてその隣にはヒナの姿があった。


天真爛漫でよく気がつき人の痛みが分かる人。今日一日共に過ごして桜子が彼女に感じた印象だ。


きっと出会い方が違ったら友達に成れたと思える程に女性からも魅力的な女の子。この子が優畄の隣に立つ唯一の存在、そう感じるのは気のせいではない。



「……ごめん」


短いが全てがこもった優畄からの返事。だがそれで納得出来るわけが無かった。


「優ちゃん、全部話して。じゃなくちゃ私、全然なっとく出来ない!」


桜子からの最もな反応、そして彼女になら全てを話してもいいと思える。だがそれは彼女を黒石の闇に巻き込む事になってしまう。それだけは何があっても避けたい……


「……ごめん、桜子にも話す訳にはいかないんだ」


「どうして? ねえ、何であの子なの? 私の方が先に優ちゃんと出会っているのに、こんなの不公平だよ……」


どうやら桜子は優畄が戻れないのはヒナに原因が有ると思っている様だ。当たらずとも遠からずと言ったところだが、正直ヒナの事は悪く思ってほしくない。


「彼女は関係ない俺個人の問題なんだ、だ、だからヒナの事は悪く思わないでくれ……」


「……やっぱり何も分かってない、もう優ちゃんなんて知らない!」


何も話さず自分の事よりヒナの方を気遣う優畄に抑えていた感情が爆破する桜子。もういいとばかりに彼女はその場から走り去ってしまう……


彼女の友達たちの匂いもあったので大丈夫だろう。


しばし彼女が去って行った方を見つめていた優畄。そして項垂れるように下を向く……


「……これで良かったんだ、これで……」


隣を見れば先程まで桜子が座っていたブランコの揺れが収まり、最初から誰も居なかったかの様に優畄に錯覚させた。


「サヨナラ桜子……」

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