第103話 愚か者の苦悩


翌日優畄は精神会館にて鬼に破壊された建物の残骸を片付ける側でボブを相手に鍛錬をしていた。


もちろん人間のままでは勝てないので先の戦いで変化出来る様になった上位魔獣の【獣王ゴレアス】に変化している。


【獣王ゴレアス】はパワーこそは狼男に劣るが、スピード、技特化の魔獣で、技の方にも補正が掛かり''獣王無心拳''という闘気を用いた武術が扱える様になるのだ。


狼男の時には体に纏わせる事しか出来なかった闘気も自由自在に扱え、漫画の様に手先から闘気を放出する事も出来る''獣王爆撃掌''や闘気を用いて質量を持った分身を作り出す''獣王残影陣''など総合力では狼男を遥かに上回る魔獣だ。


この【ゴレアス】に変化しての戦いは優畄も初めてだ。慣らしの意味も込めての変化なのだが、やはりボブ相手には通用しない。


「動きは早いで〜ス。だけどォそれだけで〜ス」


ボブの話しだとボブが戦ったどの鬼よりも優畄の方が早いということだが、闘気を上手く使いきれていないせいかまだ攻撃力に乏しく、鬼の防御力は貫けないと言う事だ。


「分かってるんだけどなかなかこの能力が使い熟せないんだ…… 」


たとえ補正が入ったとしても優畄は格闘技においては素人に毛が生えた程度、まだまだボブには及ばない。


ヒナはその傍らでマリーダと次戦形式の修練をしている。同じ授皇人形同士気が合う様で、加奈さんも加わり3人で盛り上がっている。


刹那は能力の性質上、肉弾戦より武器を使った攻撃手段が多い為、礒五郎の元で剣術の稽古だ。


礒五郎曰く、剣術に関してはヒナに次ぐ実力者との事。褒められて満更でもなさそうだった刹那も今頃は10kgの鉄の棒を降らされているだろう。



そんな中あの豚兄弟が牧場から帰って来たのだ。


なんでも花巻牧場からの30kmの道程を一晩かけて歩いて帰って来たらしく、心なしかゲッソリとしていたのは気のせいだろうか。


彼等の携帯はリムジンごと両面白夜に破壊されたため、精神会館に戻ってくるまで実家に連絡出来なかったのだ。


帰って来て早々に食堂で威張り散らして精神会館の武闘派の方々に絞められたのも彼等には良き教訓となっただろう。


あの両面白夜を見た後だ、怖くて逃げ帰るとばかり思っていたが、何故か彼等はこの精神会館に残るようなのだ。


なんとか実家に戻れないかと電話確認してみたところ、やはり実家からは鬼を退治するまでは帰って来るなと見放された様だ。


食堂で怖いお兄さんに殴られたのか、長男の将毅が目に青たんを腫らした状態で総合格闘技の道場にやってきた。


そして優畄を見つけるとラットの如く走り寄ってきたのだ。


「な、なあ、鬼退治はまだ行かないのか?? い、行く時は俺達も連れて行ってくれ!」


「オ〜ウ、なんで〜スか貴方達はァ?」


「お、お前には関係ない、黙っていてくれ!」


正直優畄はコイツと関わりたくは無いのだが、追い払わなければ練習にならない。


「悪いな何度も言うが、俺達はお前に関わっている暇はないんだ。それに鬼退治には行けない諦めろ」


「そ、そんな…… な、なあ頼むよ! 俺達の将来がかかっているんだ!」


「お前達は牧場での鬼戦の時に逃げ隠れるだけで何もしなかっただろ、そんな役立たずを連れて行ける訳ないだろ」


少し客観視して考えれば分かりそうな事だが、彼等にはその概念は無いのだ


「……そ、そんな…… な、ならお前の人形を貸してくれ! そ、そうすれば……」


将毅が最後まで言い終わらないウチに優畄がその首根っこを掴み持ち上げる。


「ひっ……」


「その汚い口を閉じろ、お前等には一切協力はしない。自分達の力だけでなんとかしろ」


「ぎゃん!」


そして彼を無造作に放り投げるとボブとの鍛錬に戻っていった。


「いいので〜スか?」


「ああ構わないよ。続きを始めよう」


どうもある意味で優畄の天敵になりつつ有る将毅、彼はブヒブヒいいながら逃げる様に去っていった。


(まったくアイツは人を不愉快にさせる事にかけては天才だな……)


そんな中、なぜかデブ兄弟の弟輝毅の授皇人形だけがその場に残って下を向いたままポツンと佇んでいるのだ。


「ねえどうしたの、何かあったの?」


見かねたヒナが彼女に声を掛けると、彼女は下を向いたままガタガタと震えだしたのだ。


「……わ、私は輝毅様に捨てられてしまったのです、ヒッ……ウウウ……」


そして今度は泣き出してしまう彼女。何事かと優畄達もやって来るが、終いには大声を出して泣き出してしまったのだ。


「ワアァァ〜〜! 輝毅様ごめんなさい〜〜!!」


彼女が落ち着くのを待ってから話を聞いてみると、ブタ兄弟の弟の輝毅が彼女を捨てて新しい授皇人形にすると言い出し、彼女に戻って来るなと言い付けたとの事。


彼女達授皇人形は主人の側にいなければ10日で死に至る。それを利用しようとしているのだ。


その話を聞いた優畄の拳に力が入る。


「……彼女達は離れたら死ぬんだぞ! その意味が分かっているのか!」


彼は黒石の屋敷でヒナの前の授皇人形を殺されている。その時の光景が脳裏に蘇る。


「……行ってくる」


「行くってどこへ? 行って何をするの、まさか殴るつもり? 冷静にならなくちゃダメだよ優畄!」


ブチ切れている夕優畄を見てヒナが冷静になる様に促すが、彼のヒートは治らない。


「冷静になれ?! 奴は彼女を捨てると言っているんだぞ、あの野郎を一発でも殴らずになんていられない!」


そんな彼の前に慌てて進み出て輝毅の所には行かせないとばかりに由紀が手を広げて立つ。


「わ、私が悪いんです! だから輝毅様を殴るなんてやめて下さい!!」


たとえ捨てられると分かっていても自らの身を挺して優畄を止める由紀。


「グッ、なんであんな奴の事を……」


主人のためにそうあれと作られた彼女達。その思いが分かるだけに優畄はやるせない思いになる。


彼は近くにあったサンドバッグを力一杯殴り付けた。サンドバッグがありえない勢いでぶっ飛んで行き壁にぶち当たった。


道場の関係者がなんだなんだと騒ぎ出すが、これで人1人の命が助かったかも知れないのだ。サンドバッグには悪いが八つ当たりの的になってもらおう。


「ああ、暴力はいけない。だがこんな事容認出来る

訳がない! なんとかあの馬鹿に思い止ませるんだ」


その頃、由紀の主人の輝毅は自分に割り当てられた自室で頭まで布団を被り何も考えない様にしていた。


(…… だ、大丈夫だ、これは僕自身が決めた事なんだ、だから大丈夫……大丈夫…… )


自分に言い聞かせる様に大丈夫、大丈夫と呟く輝毅。


今まで兄の将毅の陰で自分を殺して生きてきた彼、そうしなければ兄からの暴力が酷かったのだ。


母親に長男、長男と甘やかされて育ってきた将毅は性根が腐り切っており彼に更生はあり得ない。


そんな男の元、弟として生まれてしまった事が彼の不運の始まりだろう。彼等になんの関心も示さない父親。長男ばかり可愛がり次男の彼を蔑ろにする母親。


裕福な実家でお金の問題には困らなかったが、決して幸せだったとは言えないこれまでの彼の人生。


そんな彼も15歳の時の''授皇伎倆の儀式''で授かった力により兄との関係が変わっていく。


彼が授かった力は【風怨術】、兄の【地經術】との相性がすこぶるよい能力だ。風は土を吹き飛ばす。


討伐なぞした事のない将毅の能力は成長せず低いままだ、地の能力では土の力では風には勝てず、力で敵わなくなった兄からの暴力は無くなった。


そして孤独だった彼にやっと唯一の理解者が出来る。


それが彼の授皇人形の由紀だ。周りが自分を居ないものとして扱う中、彼女だけはいつでも彼の側に居てくれて、いつでも励ましてくれた。


だが何故か彼女に辛辣に当たってしまう輝毅。本心は優しくしたいし、もっと労ってあげたいと思うのだが、幼少期からの環境が彼を素直にさせない。


「……だ、大丈夫、僕は大丈夫だ……」


他には誰もいない部屋の中、彼の独り言だけがいつまでも聞こえていた。





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