第94話 襲撃

優畄達が花巻牧場へ向かってから1時間、精神会館ではボブが玄関の掃除をしていた。


なんでもボブが100万円はするという壺を割ってしまったらしいのだが……


精神会館奥の客間で寝ていたボブ。彼は寝相が悪く、ゴロゴロしながら寝ていたため、寝ぼけて床の間に置かれていた壺に抱きついてしまい割ってしまったのだ


ボブにそんな金額を弁償する甲斐はない。かと言って代表の康之助も居ない。そのため康之助が戻って来るまで罰として玄関の掃除をしているのだ。


「オ〜ウ! 暑くていい天気で〜ス」


なるべく日陰から出ない様に器用に掃除をしていたボブ。まあ早く言えばサボりである。


そんなボブを見ながらここに来て2日で、すっかり 看板狸気取りの花子は眠たそうに欠伸をかく。


((呑気な奴じゃ。100万円の壺を割ったというのにまるで動じておらん。彼奴はどうするつもりなのかのう……))


ボブとしてはただ何も考えていないだけなのだが、花子にはボブが達観している様に見えるのだ。


「ボブさ〜ん、狸ちゃ〜んお昼ご飯が出来たから一緒に食べましょう〜」


そんな彼等の元に加奈さんがお昼を誘いにやって来る。


「オ〜ウ、加奈殿その言葉を待っていたで〜ス!」


ボブは眠たそうに瞼をパチクリしている花子を抱き抱えると、加奈の後に続いて行こうとしたが何故かその場に立ち止まてしまうボブ。


「ボブさん、どうかされたのですか?」


「ハ〜イ、ちょっと忘れ物で〜ス。加奈殿は花子を連れて先に行ってくださ〜イ」


((ボブお主……))


「大丈夫で〜ス、加奈殿を頼んだで〜ス」


何かに花子も気付いている様子だが……


ボブは加奈に花子を渡すと彼女達を見送る。そして加奈達が居なくなったと同時に、影から加奈を狙っていた鋭い爪の付いたマダラ模様の手から足を離したのだ。


「カモ〜ン、出てくるで〜ス」


影に潜んでいた椿崩がニュルリとばかりに姿を現す。


「…… 解せぬ、解せぬ、解せぬ! なぜ我の存在が分かったミミズ頭?」


「うつし世かァら外れた存在がァ、私〜シには見えるので〜ス」


ボブは【ゾンビキング】だ、地獄に最も近い彼にはうつし世に有らざる存在が分かるのだ。



「このォ精神会館にはァ結界が張られていたはずで〜ス。貴方ァがここに居るということはァ、それを突破して来たと言う事で〜スね」


この精神会館には鬼に見つからない様に結界が張られている。だがこの精神会館内に椿崩が居るということは、何らかの方法で結界が破られているか、他の方法で結界内に入ってきたという事だ。


椿崩は影の中を移動していたため結界に撹乱されず中に入る事が出来た。


そして精神会館と思われる建物の入り口で掃除をしているミミズ頭の下男と、見目麗しい女主人を見つけたのだ。狸の様な生き物もいた様な気がするが、気にはしない。


先に女の方を人質にしてから下男を殺し、この女の改造を楽しもうと思っていた椿崩。まさかこのミミズ頭の下男が、ここまでの手練れだったとは夢にも思わなかったのだ。



そんなボブを見計る椿崩。


(……解せぬ、解せぬ、解せぬ! 我の襲撃をあの様な形で防ぐとは…… 人では無い様だが此奴は一体何者ぞ……)


自分の影からの奇襲をあっさりと防がれた事でボブに対して警戒心を上げているのだが、相手の力量が全く読めない。


椿崩の強さは6体の鬼の中では最下位だ。だが影の中を自在に移動でき、自由に出入りする事が出来る彼の特性は暗殺。


相手に悟られる事なく背後に近づき鋭い断爪で切り裂く彼のスタイルに強さは必要無いのだ。



「我がマーカス家にはァこんな家訓がありま〜ス。[女性に手をあげる奴は馬に蹴られて死んじまえ!]貴方はァ私ァしではなく加奈殿を狙いましたァ、だから私ァしのカポエイラで成敗で〜ス!、」


ボブが1番許せない事、それは女性に手を上げる事と好物の海老フライを取られる事その2つだ。


「不快、不快、不快! 我を成敗すると抜かすその舌を切り取ってやろうぞ!」


爪を50cmほど伸ばしてボブに迫る椿崩、それに対してボブは片足を頭の上まで上げると、椿崩に合わせて振り下ろしたのだ。


空手で言うところの踵落としという技だ。この精神会館でカポエイラを教える傍らで空手の蹴り技などを教わっていたボブ。


ドゴ〜ン!!



足を振り下ろした衝撃でエントランス前の階段が砕けちる。


だがそこに椿崩の姿は無く突如としてボブの背後の影の中から姿を現したのだ。


(取った!)


確実に仕留められるそう確信した椿崩だったが、彼が影の中から回り込んだ先にボブの背中は無く、代わりにボブの蹴りが鳩尾に炸裂したのだ。


「グゴッ!……」


そのまま吹き飛びエントランスの柱にぶち当たる椿崩。


「胴回し蹴りで〜ス。私ァしにその技はァ通用しませ〜ン」


そういかに椿崩が影の中を自由に出入り出来るとも、うつし世から外れた者を見る事が出来るボブは天敵。


椿崩に他に隠し球でも無い限り、彼ではどう転んでもボブに勝つ事は出来ないのだ。


それでも流石は鬼、大木でも一撃でへし折るボブの蹴りをまともに受けても立ち上がってくる。


「おのれ! おのれ! おのれ! よくも!よくも! よくもぉ!!」


人間?なんぞにと激昂しながら再びボブに斬りかかって行くが、カポエイラの技ケイシャーダがカウンターで椿崩の側頭部を捕らえた。


「グハッ……」


ボブの蹴りをまともに喰らい、ギュルギュルと回転しながら吹き飛んでいく椿崩。今回の蹴りは流石に効いたのか、膝をガクガクさせながらも立ち上がる。


「……グッ……ググ、こうなれば我が奥の手で貴様を……」


もはや言葉を繰り返す癖さえ忘れる程に追い詰められた椿崩は、自身のもつ秘技を使おうとする。


だがその時だった、精神会館を覆う結界が掻き消えた事にボブが気付いたのだ。それと共に濃厚な瘴気が2体別々の方向から近づいて来ているのも分かった。



「オ〜ウこの気配は…… 不味いで〜スね、もう2体追加しそうで〜す……」


そして空から疾風の如き速さで刻羽童子が降って来たのだ。ずど〜んというけたたましい爆音と共に辺りに砂埃と瓦礫が舞い上がる。


その瓦礫を風の力で吹き飛ばすと5cm程浮いた状態でボブ達に近づいて来る刻羽童子。


「チッ、オイラが一番乗りだと思ったのに、椿崩が一番乗りか……」


だが彼が話しかけたのは同類の椿崩の方だけで、ボブにはまるで関心が無い様子。


「結界があったから何かがあるとは思っていたが、ここが精神会館か?」


「……刻羽、ここに来たのはお主だけか?」


「そうだけど? それがどうかしたのか?」


その刻羽童子だけという事実に少し渋い顔をする椿崩。


「ならば共同戦線と行こうか」


「お前とオイラが? 冗談キツいぜ」


そして椿崩と戦っていたであろうボブをみる刻羽童子。


「否! 否! 否! 其奴を見た目で判断するでない! 其奴の力、我等2人掛で同格とみる」


「はっ!? このミミズ頭がか?!」


2体の鬼が話している間、ボブはレゲエのリズムに揺れ動いていた。


「…… 我の見たてではな、ここは共同戦線で仕留めるが必定!」


実はボブ、この精神会館にきて2度死んでいる。死因は庭に生えていたキノコを食べての食中毒と感電死、鼠が齧った配線に偶然触れてしまい感電してしまったのだ……


そのため以前よりパワーアップしているボブ、その強さは刻羽童子と椿崩が共闘して互角と椿崩が見量程だ。


「オイラがこのミミズ頭より弱いってのか椿崩?」


鬼1倍プライドが高い刻羽童子が殺気を放ちながらボブを睨み付ける。だがボブに気にした様子はなく、呑気にレゲエのリズムに揺れている。


「上等だ!」


ブチ切れた刻羽童子が疾風の如き速さで殴りかかるが、ボブは兵吾老から教わった合気道の応用でそのパンチをヒョロリと交わす。


そしてお返しとばかりに空手の中段蹴りを放つが、刻羽は風圧の壁を作るとその蹴りを防ごうとする。


(そんな見え見えの蹴りがオイラに通用するか!)


だがボブの蹴りの軌道が途中で変わり、上段蹴りに変わったのだ。俗に言うブラジリアンキックである。刻羽童子はボブのその蹴りにまるで対応出来ない。


「なにぃ!」


鬼とはいえ身体能力だけの彼等に現代格闘技の高等技術は対応仕切れないのだ。ましてやボブは彼等より若干強い、そのため如実にその差があらわれる。


ボブの蹴りをまともに食らって吹き飛んでいく刻羽童子。風の風圧壁も関係なくボブの蹴りが貫いていったのだ。







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