第93話 風運休を告げる
時は遡り、夜鶴姥童子と腐獅子が争い合った峠の田舎道は、地形が変わる程にその様相を変えていた。
稲が穂を付けかけていた田は隕石が落ちた後のクレーターの様に陥没し、杉林だった小高い丘は大きく抉れ、真っ直ぐ均等に植っていた杉の木も台風の後の様に折れ重なりあっている。
その当事者達は一晩の争いに疲れた体を癒すために、近くの農家を襲い食事に勤しんでいた。
「なんだ喰わぬのか? ならば我がもらうぞ」
そういうとほとんど無傷の夜鶴姥童子は農家の住民を貪り食べる。
鬼同士の喧嘩で決まった事は絶対だ。夜鶴姥童子は腐獅子に負けた場合は、その後の自分の行動の一切に口を挟まないと約束させたのだ。
だから内心彼を止めたくともそれが出来ない腐獅子。
「……お、おらは食わねぇ、たとえ飢え死にしたって人は食わねえぞ」
(白陵様すまねぇ…… オラじゃあ夜鶴姥童子はとめられねぇ…… )
身体中に傷を作り家畜の鶏で腹を満たしている腐獅子。鶏を何羽食べたところで腹の足しにはならないが、何も食べないよりはマシと庭とを羽ごと丸呑みにする腐獅子。
「それではいつまで経っても傷は癒えぬぞ」
そう言い捨てて残りの住民を食べに行く夜鶴姥童子。鬼は人の肉を食わなくては傷を癒す事は出来ないため、決して浅くない腐獅子の傷も癒える事はないのだ。
「そ、それでもオラは食わねぇ!」
彼の意思は堅い。そんな腐獅子にそっと近づくと彼の傷口に包帯を巻こうとする美穂。
どこか家屋の中で見つけてきた様だ。
「な、何するだ?!」
「き、傷に包帯を巻いて止血しないと…… 」
なんと彼女は腐獅子の治療をするというのだ。
2体の鬼が戦っている時に彼女は逃げる事が出来た。現に吉武は彼女を置いて1人で逃げている。
もちろん彼が逃げる時彼女を誘ったのだが、何故か彼女はその場に残ると言い逃げなかったのだ。
「だ、大丈夫だ。お、オラの体はそんなにやわじゃねぇ」
「で、でも……」
それが強がりと分かるほどの傷を負っている腐獅子に美穂が心配そうな視線を向ける。
「何をしておる? 」
その時、食事を終えた夜鶴姥童子が腐獅子達の所にやって来る。
「人の女子と戯れておるのか? お前も好き者だな」
「そ、そんなんじゃねぇ!」
そして夜鶴姥童子が美穂をジロリと睨み付ける。
「ひっ……」
「安心しろ。お前が獅子ノの庇護下にある間は手出しはせぬ」
鬼1倍寂しがり屋で仲間思いの夜鶴姥童子は、ちょいと幼稚でわがままな所もあるが、仲間の意思は尊重するのだ。
「そろそろ出立するぞ獅子ノ。黒石の者共は我等にあだなす因縁の一族、そ奴等を討たずして我等に平安はありえんのだ」
「分かってる、分てるけんども……」
腐獅子が美穂を見る。彼等が解放してやると言っても腐獅子について行くと言う美穂。
「構わぬ、道は長い急いだところで黒石の者の居場所も知れぬ。ならばゆっくりと歩くも良かろう」
内心はちょっとやり過ぎちゃったかなという思いと、1人に成るのが怖いだけなのだが、それは言わない。彼の秘密だ。
そして2体の鬼と1人の女性は町に向けて歩き出した。
ーーー
その頃、夜鶴姥童子と別れ単独行動をとっていた椿崩はある郊外の一軒家にいた。
食事をしようと立ち寄った先で美しい娘を見つけてしまい、今の今まで彼女の改造を施していたのだ。
それまでは美しいと有名だった彼女の面影は無くなり、精神が崩壊してしまった彼女。そんな彼女になんとも満足気に椿崩が頷き自画自賛する。
「愉快! 愉快! 愉快! 誠に有意義な時間であったぞ」
彼は心が壊れて物言わぬ作品を生かしたままその場を後にする。そして目指すは情報と人が集まる町の中心だ。
そこで黒石についての情報を探るつもりなのだ。
「解せぬ、解せぬ、解せぬ、しかし何という変わり様か…… 600年前はここらなぞただの原っぱだったというのに」
すっかり変わってしまった外の世界に驚愕しながらも、影に潜み通りを行く者達の話を聞いていく。
今世は夜中でも街灯の灯りによって至る所に影が出来る。そのため彼の能力の''影走り''の射程が3m程でも何の問題も無く行き来が出来る。
そして興味深い話をしていた、2人組で紺色の同じ服装をした男達の元まで移動すると、話を盗み聞く。
「精神会館で壁に大穴が開く爆発事故があったらしいぞ」
「爆発ね、あそこは館長が変わってからのゴタゴタがまだ続いているのかね」
「まあ何にしろ黒石様の関連施設だ、何が起きたって不思議じゃあない」
(歓喜! 歓喜! 歓喜! この者達が言っていた精神会館に向かえば黒石の者がいる!)
「な、なあなんか寒気がしないか……」
「あ、ああ…… 真夏だてのにやな感じだ……」
影の中から椿崩が放った殺気に当てられ、その場を去っていく警察官達。そして誰にも聞こえない影の中で歓喜の叫びをあげる椿崩だった。
ーーー
その頃1人町を歩く赤蛇は度重なる人間なら男からのナンパに辟易していた。
全身真っ赤なのはアレだが、どこで奪ったのか短パンにタンクトップというラフな格好が彼女の
最初の何人かは食らったが、そう食えるわけでも無い。それに今彼女は愛しい刻羽童子を探さなくてはならない。人間なんぞと遊んでいる時では無いのだ。
「うせろゴミ虫共!」
そして凄めば大体の人間は逃げていくのだが、今回絡んで来た輩は違った。
「このアマ! 俺が精神会館の者だと知ってそんな口聞いてるのか?! あっ!」
どうやらコイツは精神会館の関係者の様子。
「精神会館? 何だそれ美味いのか?」
「ああっ、知らねえのか?! 天下の黒石様が運営する武術道場だぞ。俺はそこで師範代をしているんだ!」
口からデマカセを吐きながら、彼女にとってタブーとなる黒石の名を出してしまった師範代を名乗る男。
黒石の名を聞いた途端に師範代を名乗る男の首を、身長170cmの赤蛇が掴み吊し上げる。
「その黒石の道場の事を詳しく聞かせろ!」
指先から酸を出しているのか師範代を名乗る男の首が焼け、煙が立ち上がる。
「い、ヒィヒッ!……」
そして師範代を名乗る男の手足を溶かして精神会館の情報を得た赤蛇は、その精神会館を目指す事にした。
「刻羽の奴も居ないし、黒石の奴等を叩きのめして憂さ晴らしでもするか!」
それぞれの鬼が精神会館の名を知り、そこに向かおうとしている。風運休を告げる事態が精神会館に押し迫っていた。
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