第92話 対両面白夜戦3
「兄者ぁ〜!!」
たとえ2人が分かれたとて生きていられるのはほんの数分ほど、それでも消鬼は弟を助けたかったのだ。
牧場に臭鬼の悲痛な叫びがこだます。
しばらくチリと消えた兄の消鬼がいた場所を見ていた臭鬼。
そしてこちらに向けられた彼の顔を見て驚愕する一同、正に鬼の形相の臭鬼が血の涙を流しているのだ。
彼等は2体で一つ、一体だけでは長く持っても5分程しか生きられない。
それでも貴様等だけは殺すとの意思が圧倒的殺意と共に伝わってくる。
「…… 許さぬ。決して貴様等を許す訳にはいかぬ。たとえ我が死すとも貴様等を道連れに……」
次の瞬間、瞬く間に刹那の前に移動すると臭鬼は鉄パイプを一閃する。咄嗟の事で反応が遅れた刹那が身を守るため利き腕の右側の2本の腕を上げるが、その腕が斬り飛ばされてしまう。
「グガァ!」
警戒していたにも関わらず、対応が遅れる程の速さ。俗にいう縮地で一気に距離を詰めたのだ。
「刹那様!」
続く臭鬼の追撃を、マリーダが咄嗟に使った【土龍掌】の能力"土龍''で防ぐ。そしてその身を呈して彼の前に立ち塞がる
この''土龍''は大地からあたかも龍の様な石柱を生み出す能力で、今は直系1m程だが極めれば5〜10m程の脊柱を自在に動かす事も可能だ。刹那のピンチにマリーダの能力が開花したようだ。
「刹那さ、刹那はヤラセない!」
マリーダの能力のおかげで胸を斬られはしたが傷は浅く、致命傷には至らなかった刹那。
兄の消毅が死に、分離した事で斬撃を飛ばす力は失われた臭鬼。だがその縮地による踏み込みの速さは、斬撃並みの驚愕である。
そんな刹那達に更なる追い討ちをかけようとする臭鬼の前に、腰を引く構えた優畄が立ち塞がる。そしてその横には刀を二刀流に構えたヒナの姿も。
「グガァアアアアァ〜!!」
それでも構わず向かって来る臭鬼、時間の経過と共にスピードとパワーが徐々に落ちている様で、先程刹那に対して見せた鋭い踏み込みは見られない。
「この速さなら合わせられる!」
優畄は臭鬼の攻撃を交わすと懐に飛び込みレバーブロウをお見舞いする。鬼にレバーが有るのか分からないが、体をくの字に曲げて明らかに効いている様子。
すかさずヒナが二刀流で腕を斬り落とし優畄の援護をする。
「グッ…… ガアァ…… お、おのれぇ!!」
最後の力を振り絞り臭鬼が片方の腕で殴りかかって来るが、その動きはあまりにも遅すぎた。優畄は冷静に迫る臭鬼にカウンターの''怒りの鉄拳''を放つ。
そして彼の拳が臭鬼の胸を貫いた。
「……お、ガッ……」
臭鬼は兄が死んだ場所までフラフラと後ずさると、その場に力なく跪く。
「……あ、兄者……我も、そこに……」
そして臭鬼は兄と同じ様にチリとなって消えていったのだ。彼等の消えた場所にはまるで寄り添い合う様に、2本の鉄パイプが転がっている。
それが優畄には何故か、「刀さえ有れば」という両面白夜の無念さの現れの様に思えた。
実際彼等に刀が有れば初見の斬撃で優畄達は死んでいただろう……。
「……ふう、なんとか倒せたな」
優畄が安堵のため息を吐く中、ヒナは刹那の元に駆け付けて"治癒の手''のスキルを使おうとするが、マリーダがそれを止めた。
何故なら刹那がマリーダの首筋に齧り付きその血を吸っていたからだ。
「ありがとうヒナさん。でも刹那は私が癒したいの」
刹那が使う【ヴァンパイア】の能力の''吸血治癒''は、血を吸う事で自身の体を癒す事が出来る。今回は切断された腕も残っているため腕を繋げるだけでいい。胸の傷も浅いため少量の吸血で済んだ様だ。
「…… 悪いなマリーダ……」
刹那はマリーダの血を吸う時いつも罪悪感で一杯になる。
前に一度、ナイフで刺された傷を治すために、マリーダの血を吸い過ぎて彼女が危ない時があった。
それ以来刹那も"吸血治癒"の能力を使わない様にしていたのだ。
「大丈夫よ。刹那さ…… 刹那の為なら血ぐらい幾らでも吸ってもらって平気よ」
「…… マリーダ……ありがとう」
そんな光景を見ていたヒナだったが、何故か納得がいかないと言い出しマリーダに詰め寄って来たのだ。
「だめ! そんなの納得行かない。マリーダさんの気持ちは分かるけど、そんな自己犠牲的な考えじゃ刹那さんとは対等な関係にはなれないよ!」
「えっ?…… あ、あの….…」
ヒナにそう言われて戸惑うマリーダ。
「私が【水蓮掌】の使い方をマリーダさんに教えてあげる。だからマリーダさんは私に【土龍掌】の使い方を教えて」
そう言ってマリーダの手を掴んでくるヒナ。マリーダが戸惑っていると刹那が助け船を出す。
「…… いいじゃないかマリーダ、彼女に能力を教わるといい」
「は、はい!」
そして離れた位置に移動すると、お互いに能力を教え合う2人。わいわいと楽しそうに教え合っている。
「…… 彼女いい女じゃないか、大切にしろよ」
「ああ、お互い様にな。お前もマリーダさんとの関係良さそうじゃないか」
「……フフン」
優畄にそう返されて少し頬を赤らめる刹那。
「お互いいい相棒に恵まれたな」
「…… ああ、まったくだ」
お互いに顔を見合い笑い合う2人。初対面の時に争った事でお互いの気心が知れた様な気がする優畄と刹那だった。
そんな笑い合う2人を見ながら訝しむヒナとマリーダ。
「まったく男同士で何やってるんだろうね」
「フフフッ本当に、でもあんな楽しそうに笑う刹那は久しぶりに見たわ」
優畄と楽しそうにしている刹那を見て、マリーダ自身も満面の笑みになっている事にヒナは気付いた。
自分もマリーダと同じ気持ちだから嬉しさもひと塩だ。
この厳しい戦いは対鬼戦への試金石となった。
この戦いでランクの上がった優畄は上位妖獣の【鵺】、上位魔獣の【ゴレアス】に変化出来る様になったのだ。
鵺は言わずと知れた雷を操るといわれる伝説の妖獣だ。
獣王ゴレアスは頭がライオンで二足歩行の、スピードが早く獣王拳といわれる闘気を使った特殊な格闘術を使う、肉弾戦好きの優畄向きな魔獣だ。なぜ獣王と言われるのかは分からないが、狼男の上位交換な魔獣だ。
自分の中の新たな力に驚愕する優畄、それだけ両面白夜が強敵だったという事だ。
これからあと5体の鬼を討伐しなくてはならない優畄にとっては有難い能力だろう。
もちろん刹那も新しい能力に目覚めた様だ。彼が変化出来る様になったのは魔人【ボーグ】。
今はまだ1分ほどだが、風にその身を変える''風神化''という能力が強力な魔人だ。他には''風刀''という真空波を飛ばす能力もあり、戦術の幅が広がるだろう。
そしてヒナ先生もある技の習得を心に決めた。それは先程の戦いで臭鬼が見せた縮地法だ。
(私に使える様になるかは分からないけど、あの技を使えれば戦力が上がる!)
まあ彼女の事だ、そのうチョチョイと使える様になっているだろう。
マリーダはヒナから教わった【水蓮掌】の練習に余念がなく、手のひらから水が溢れ出る程には習得出来た様だ。
これから練習を重ねていけば''治療の手''も直ぐに使える様になるだろう。
時計を見ると時刻は午前11時、真夏の太陽がジリジリと肌を焼く。
「ここに居たのは結合双生児の鬼だけだった、他の鬼の動向が気になる、精神会館に戻ろう」
「……ああ、そうしよう」
帰りは来た道と反対側の道から行く事にする。
さあ出立しようとしていたその時、どこに隠れていたのかデブ兄弟達が優畄達の前に姿を現したのだ。
「も、戻るのか? 俺たちはどうするんだ? 車が壊されてしまったから足が無いんだ。そのバイクに乗して行ってくれよ!」
どうすればそんな考え方が出来るのか、2人乗りのバイクに乗せて行けと言い出す兄の将毅。
「……ふう、悪いな、このバイクは2人乗りだ。お前達を乗せる余裕はない」
「そ、そんな…… な、ならその人形を置いて俺を乗して行ってくれよ!」
この豚は一度絞めなければダメそうだが、今は時間がない。
「俺たちはお前らに付き合っている暇は無いんだ。じゃあな」
デブ兄に刹那がキレそうになっていたので、話を切り上げて帰る事にする。
というか優畄もキレそうになっていたため彼等の為でもあるのだ。
馬鹿には付き合っていられない。
「お、おい! 待ってくれ〜!!」
バイクに跨る優畄達の背後でデブ兄弟の叫びがこだます中、精神会館に向けて優畄達が乗ったバイクは走り出した。
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