第91話 対両面白夜2


「ヌウッ……「兄者!」


すかさず弟の臭鬼が狼を斬り伏せるが、兄の消鬼が負ったその傷はかなり深く、この戦いの最中に再び動く様になる事はないだろう。


鬼にも再生能力はあるが、優畄の能力の様に完全回復するには食事と睡眠と時間が必要で、瞬時の回復は彼等鬼にも無理なのだ。


食事はもちろん人間だ。鬼は人間を食べなければ腹も満たされず、怪我も治る事はない。


ここで両面白夜の戦力を削る事が出来たのはデカい。


「……口惜しいがここは退くべきぞ兄者…… 「うぬぬぬ…… 分かっておる、分かっておる、だが……」


そう、逃してなるものかと優畄とヒナ、刹那の3人が3方向を囲み、逃げられない様な陣形をとているのだ。


見たところ両面白夜自体の動きはそんなに速くない。動きは優畄達の方が早いため逃げられる事はないだろう。


後は斬撃に気を付けながら攻めるだけ。


相手の退路を断ち、3方向からの波状の攻めで奴を休ませないこの作戦。


優畄の手はまた完治していないが、彼はその手を蜘蛛の糸でグルグル巻きにして固定している。痛みはあるが根性で我慢だ。


「接近戦はダメだ。何故なら奴がまだ烈風燕散斬を使えるかもしれないからな、先ずは奴の動きを封じてやるぜ!」


優斗は蜘蛛の糸を吐く事で奴を牽制する。奴に簡単に蜘蛛の糸を斬り払われないように粘着性が高い糸を放っていく。


この糸は斬撃の対応にもなる。それと共に優畄が腕に傷を負い片腕しか使えなくなった兄側に回る事で対応していく。


そして彼にはここまでまだ見せていない秘策があるのだ。

(今はまだその時じゃない。そのチャンスを待つんだ)



ヒナは【火焔掌】と【水蓮掌】の合体技の''熱湯放水''で牽制しつつ、空きあらば斬撃を飛ばしていく。


見様見真似で覚えた割には斬撃を放つ度に、その精度と威力が上がっている様に見える。


(私に出来ることをする。そうすれば後は優畄達が何とかしてくれる!)


やはりヒナ先生は凄い子だ……



そしてこの作戦の肝は刹那だ。


彼が精神会館で優畄達と争った際に、彼に放とうとした技''パーラカラナ''が両面白夜を倒す切り札だ。


優畄の''怒りの鉄拳''でも行けそうな気はするが、その為には両面白夜やに近づかなくてはならない。その点、刹那の''パーラカラナ''は射程5mと優畄より射程が長い。


そのために技の射程内に入るまで根気強く斬撃を弾きながら近ずいていく。


(…… グッ近づく度に斬撃の威力が上がっていきやがる…… だが、マリーダの''大地の盾''が地味に助かるぜ。あと5mそれまで持ってくれよ俺の体よ!)



その後方でマリーダは健気に、刹那に飛んでくる斬撃に合わせて土の強度を増して作った''大地の盾''を張り、少しでも斬撃の威力を落とす様にしている。


(私では戦力にならない…… ならば私に出来る事で刹那さ、刹那を守る!)



4人が自分に出来る事を考え行動する中、牧場の建物内に逃げ込んでいたデブ兄弟は、どうやってここから逃げ出すかの算段をしていた。


「うううう…… む、無理だ、あんな化け物一匹だって倒せるものか……」


「…… 親父はそれを分かっていて、僕達を送ったんだよ……」


「ち、チキショオ…… 俺はまだ死なないぞ、こんな所で死んでたまるか!」


兄将毅がものに八つ当たりをする中、彼の授皇人形は死んだ心で死んだ魚の様な目で、ポケ〜と空を眺めている。


そんな中、弟の輝毅の授皇人形の由紀が口を開く。


「て、輝毅様も一緒に戦われてはど、どうでしょうか? わ、私も少なからずお手伝いいたしますから、輝毅様ならお出来になれます!」


そう言うと小さくガッツポーズを作る由紀。


「う、煩い!」


由紀が輝毅を奮起させようと勇気を出して言った言葉だったのだが、彼からの返事は平手打ちだった。


「あ、お前は僕に死ねっていうのか?! あ!」


由紀としては彼に奮起してもらい、戦っている優畄達に力を貸して自力でこの窮地を突破してほしいとの、彼を思っての言葉なのだが無論彼には通じない。


「い、いえ、私はそんなつもりでは……」


「煩い! 黙れぇ!」


さらに輝毅から平手打ちが飛ぶ。これ以上何かを言うと更に殴られるので、その場に塞ぎ込んでしまう由紀。


「だから言っただろ。そんな出来損ない捨てて、新しい人形をお前も貰えよ。いいぞ〜新しい人形は反応も新鮮で、最高だぞ!」


そして自身のもの言わぬ授皇人形を見る将毅。


「…… ま、まあコイツは壊れちまってるけど、今度また新しいのに替えて貰うんだ」


小さい頃から兄に逆らえなかった輝毅、今まではなんらかんら言い訳をして由紀を守って来たが、この極限の状態が彼に非常の選択を選ばせる。



「…… そ、それもそうだな。そろそろ考えてみるかな…… 」


「て、輝毅様……」


由紀の顔に絶望感が宿る。そんな彼女を見れない輝毅は兄のいる窓際の方へ行ってしまう。


愚か者達が愚かにも、愚かな決断を下すその一方で、結合双生児の鬼の両面白夜との戦いも佳境に入っていた。


ここまで優畄達に囲まれながらも、何とか凌いでいた両面白夜だったが、優畄の粘着性の高い蜘蛛の糸が鉄パイプに絡み付き斬撃を放つ隙を与えない。そしてヒナの''熱湯放水''が地味に効果抜群で、彼等の虚弱体質な肌を焼き徐々にではあるがその動きが鈍って来たのだ。


相手が遠距離からチクチク来るならば、此方もそれに習うだけの事。愚直に近づくだけが戦いではないのだ。


「ぬうう! 虫けら共め!「図に乗りおって!「チリと消えよ!「「鷹滑斬8連!!」」


チクチクとした優畄達の攻撃にブチ切れた両面白夜が全方位に向けて8つの斬撃を放ったのだ。


だがやはり傷付いた腕では本来の威力を出しきれておらず、狙い通り優畄へ放たれた斬撃が明らかに弱い。


「このスピードなら!」


ここが勝負所と、ジャンプして斬撃を交わすと同時に、羽根を生やして空高く舞い上がる優畄。


ここで勝負に出たのには訳がある。奴が躍起になりなりふり構わない攻撃に出た事と、刹那の限界が近いていた事だ。


これまで奴に近づく為に何度も斬撃を弾いた事で体に限界が来たのだ。もってあと1、2発斬撃を弾ければといったところか。


あと3m程で刹那の射程だ。その為にも自分に奴のタゲを向けさせる必要がある。


そして自分に両面白夜の気が向く様にタゲ取り効果のある''怒りの咆哮''を放つと、落下の勢いに乗せて''怒りのキャノンボール''を放ったのだ。


「バカめ!「空は安全圏にあらず「真っ二つに斬り落としてくれる!「「飛燕斬!!」」


高速で落ちて来る''怒りのキャノンボールに合わせて斬撃を放つ両面白夜だったが、ある違和感を感じる。


(いつもこの者の身を案じて声を出す娘に動揺がない…… (弟よ何かあるぞ(ああ兄者、気を引き締めておこうぞ)


鬼一打たれ弱い両面白夜は危機管理能力に優れており、警戒心をマックスにする。


そしてその違和感の正体に優畄の体が、まるで空気の様に斬撃を通り抜けた事で気付いた。


「なんと!「斬撃をすり抜けおった!」


それは優畄が新たに変化出来る様になった聖獣の【狛犬】の能力で''霊体行動''という能力だ。まだほんの一瞬、一日に一度しか使えないが、この能力を切り札として取って置いたのだ。


狛犬にはしょうじき狼男程の戦闘能力は無い。だがその特殊能力はそれを補ってあまりあるものなのだ。


だが違和感から警戒心を高めていた両面白夜は優畄の''怒りのキャノンボール''を後方に飛び退く事で交わしたのだ。


「フハハハハハ! その様な能力を隠していたとは「危なかったが「それでも我等には通用しなかったぞ!「ああ、我等には通用せぬ!」


'怒りのキャノンボール''を交わした事で自分達が有利になったと勘違いし、優畄にトドメを刺そうとした両面白夜だったが、その背後に迫る刹那の存在に気付くのが遅れた。


「……よくやったぜ、後は俺に任せろ!」


「うぬぅ!「な、なんと!」


刹那はすでに"パーラカラナ''を放つ体制に入っている。このタイミングでではもはや交わす事は不可能。


刹那から放たれた''パーラカラナ''が迫るその瞬間、両面白夜の兄の消鬼が弟の臭鬼と分列すると、弟の方を助けるために弾き飛ばしたのだ。


「あ、兄者!」


「…… 弟よ、さらばぞ……」


そして刹那の''パーラカラナ''をまともに喰らった兄の消鬼は、4散すると同時にチリとなって消えてしまったのだ。






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