第90話 対両面白夜1


すでに勝ったつもりか、その後のヒナの刀の所有について話し合う結合双生児の鬼。


「……ナメられているな、だが好都合だ」


相手が油断してくれるならそこを付けばいいだけの事、両面白夜に斬り飛ばされた指もほぼ再生している。


今の優畄なら末端の再生なら5分有れば充分。


それに奴等が言っていた言葉通り、もし両面白夜が刀を持っていたならば、優畄達は今頃輪切りとなって骸を晒していただろう。


かつて彼等が生きた時代は戦国の世。刀ならそこらの侍を狩れば直ぐに手に入ったのだが、今の世では刀は限られた場所にしかない。


そのため両面白夜は牧場の外に刀を探しに歩き回っていたのだ。まあ趣味の珍しい物に惹かれて帰りが遅くなり、そのせいで優畄達に出会ってしまったのだが……。


運はこちらにある。



そして再び両面白夜に立ち向かっていく優畄達。今度は前後から優畄とヒナで挟み込む形になる様に攻めて行く。


一度相対してみて分かったが、この両面白夜は左右に顔があるためその中間に当たる前後が死角になっていると思われる。


そのため奴等が俺達に対して正面を取れない様に常に奴等の死角に回り込むように動けば良いのだ。


「兄者、彼奴今度は挟み込むつもりだしいぞ「その様だな弟よ、ならば我等も分かれて対応しようぞ弟よ「しばしの別れ「「寂しくはなるが致し方なし!」」


そういうや否や、何と彼等は2体に分裂したのだ。


「なっ!?」


「「烈猪飛燕斬2連!!」」


両面白夜の特性は剣技にあらず。彼等の本来の特性は''同化と分離''で、5秒間ほどなら2体に分かれる事が出来る。


そこに無双の剣技が加われば正に鬼に金棒、鬼達の中でもトップ3に入る実力者なのだ。


そして2体に分かれた双方の鬼が地を走る斬撃と空を舞う2種類の斬撃を同時に放ったのだ。


飛燕が首を、地を走る猪が足を、どちらかに対応出来ても片方は避けきれ無い。同時に2種の斬撃に対応しなければならないのだ。


ヒナは天性の剣技で空を走る飛燕に合わせて自身も斬撃を放ちその勢いを殺すと、地を走る斬撃を走高跳びの背面跳びの要領で体を横に逸らしながら飛び越えて、遅らせた斬撃を交わした。


まるで猫の様な軽やかな身のこなしで烈猪飛燕斬を交わしたヒナだったが、優畄にはそんな器用な芸当は無理だ。彼は両手に魔闘気を纏わせると弾き飛ばす事で対応しのだが、その代償は大きかった。


「グヌッ! 痛えぇ……」


両手の手の平が半ばから裂けてしまい次の斬撃に対応する術が無くなってしまう。


「その手ではもう斬撃を弾く事は出来まい「ならばトドメじゃ「「鷹滑斬!」」


再び一つになった両面白夜がトドメとばかりに1番スピードのある斬撃を飛ばす。


「優畄!」


ヒナの叫びがこだます中、両面白夜が放った斬撃が無常にも優畄に迫る。


二手に分かれた事でヒナは優畄の援護に周れない。しかし絶体絶命だと思われた優畄だったが、彼の前には四つの武器を交差させて斬撃を弾く刹那の姿があったのだ。


「刹那……」


「……ありがとよ、お前らの戦いを見て目が覚めたぜ」


どうやら刹那は恐怖に打ち勝つ事が出来た様だ。




今から遡る事5分前、刹那は優畄達の戦いぶりを見ていて苛立っていた。


「……な、なんで、なんで動かないんだちきしょお!」


震えるだけで動こうとしない自身の足に拳を振り下ろすが、まるで言う事を聞いてくれない足に、更に苛立ちがつのる。


指が飛ばされようが、羽根を切り飛ばされようが、果敢に鬼に向かっていく優畄の姿を見て、負けず嫌いの彼の心が奮起する。


だが後一歩が踏み出せないでいた……


(……チキショオ…… ここで動かなくていつ動くってんだよ……)


そんな時だった、マリーダが彼の手にそっと手を重ねてきたのだ。そして彼女は彼の手を取ると、まるで古の騎士の様にその手にキスをしたのだ。



「刹那様、私はいつでも貴方様と共にあります。どうかお一人で抱え込まないでください」


そうマリーダは1人で悩まず私を頼ってくれと言っているのだ。



「…… マリーダ……」


そのマリーダの言葉と温もりで動かなかった足に力がみなぎる。


何故だろう、いつもそうだ。彼女と居ると心が満たされる自分がいる。決して1人ではないのだと悟らせてくれる。


(…… そうか、俺は1人じゃなかったんだ)


もう恐れるものはない。何故なら俺の側には常に彼女が居てくれるのだから。


「…… 行こうマリーダ、彼奴らを助けに」


「はい、刹那様!」


そう元気よく返事をすると拳を握り小さく握り、ガッツポーズをするマリーダ。



「…… 刹那でいい」


「はい?」


「…… 俺とお前は同等だ、今度からは刹那と呼び捨てでいい」


「は、はい。刹那さ…… 刹那」


まだ慣れないマリーダに微笑む刹那。


「…… 少しずつでいい、少しずつ慣れていけばいいんだ」


「はい!」


そして彼が見据えるは結合双生児の鬼だ。鬼が優畄にトドメを刺そうとその体制に入る、だが変身した刹那はそれをさせない。


優畄の盾に入り武器で受けてみて分かったが、受け流す事は出来るが、全身が砕かれるかの様な衝撃だ。

(…… グッ、にしてもアイツはこれを何度も何度も弾き返したというのか……)


弾き飛ばした衝撃で手が痺れるが、構わず握りしめる刹那。


「……フフン、それでこそ目指し甲斐がある!」


刹那は両面白夜からの追撃が来る前に、優畄を掴むと後方に居るマリーダの所まで飛び退く。


ヒナは斬撃の射程外に逃れて攻め入るチャンスを伺っている。優畄の元に駆け寄りたい自分を制するのもなかなか大変だろう。



「…… マリーダ、お前じゃアイツの攻撃は防げない。後方から【土龍掌】で援護をしてくれ!」


マリーダもヒナが【火焔掌】や【水蓮掌】をつかえる様に【土龍掌】という能力を使える。


まだ今は地形を10m程の範囲で変える事や、軽い鎧の要領で体に纏わせる事しか出来ないが、極めれば地面を針の様に変化させたり、局地的にマグニチュード8〜9レベルの地震を起こす事も可能なのだ。


「分かりま……わ、分かったわ。刹那さ…… 刹那も気を付けてね」


「……フフフフッ、頼んだぞ」


刹那が背後で苦しがる優畄に声をかける。


「…… その手が治るのにどの位かかる?」


「10分、いや5分有れば充分だ」


「……よし、俺に任せろ」


両面白夜も新手の登場に不満そうな顔を見せる。


「あのまま野鼠の様に怯えておればよいものを「弟よ、1人2人増えたとて何ら変わりはせぬ「誠に兄者の言う通りじゃ「数が増えたとて所詮は鼠、踏み殺せば良いだけの話しぞ「誠その通りじゃ!」


また先程の様に距離が開くと攻めて来ようとしない両面白夜。凄まじい威力の斬撃の範囲外なのか自分からは一切動こうとしないのだ。


「…… 距離をとってチクチクする様な奴はただの臆病者か、防御能力が低く近付かれたくない臆病者、そのどちらかだ。さて貴様はどちらかな」


刹那は【アースラ】の変化を解くと、今度は【ヴァンパイア】に変化して、''眷族召喚''の能力をつかう。


今は日中のため能力が著しく下がるが、日に焼かれて死ぬ様な事は能力による変化なのでない。


この''眷族召喚''は1日に一度しか使えない能力で、刹那の体から無数の蝙蝠や狼が現れて、両面白夜を全方位から囲い込む様に迫っていく。


この眷族達は亜空間から呼び出したもので、たとえ死んでも刹那にダメージはない。


「…… さあ、お前の全てを曝け出すんだ!」


怒涛となって迫り来る刹那の眷族に明らかに顔を顰める両面白夜。


「うぬぬぬ、何と面妖な!「落ち着け弟よ、我等兄弟に死角はなし!「そうじゃった兄者「数が多ければ吹き飛ばすがよかろう「おうその通りぞ!「「「烈風燕散斬!」」


両面白夜がその場で高速で回転し5秒程だが竜巻を生み出したのだ。その竜巻からあたかも燕が飛び立つかの様に次々と小さな斬撃が放たれて、瞬く間に刹那の眷族達を斬り刻んで行く。



「なっ…… なんて奴だ…… 」


その両面白夜の荒技に言葉を失う優畄だったが、眷族を皆殺しにされた刹那に動揺の色は伺えない。


「…… マリーダはまだ地形変化しか出来ないが、地中に狼一頭分が通る道を作る事も出来るんだぜ」


刹那のその言葉通り、烈風燕散斬で全ての眷族を倒したと思い込み気を抜いていた両面白夜。突如地中から飛び出した眷族の狼に虚をつかれてしまう。


「なっ!?「なんと!?」


そして地中から飛び出した狼が、両面白夜の一本の腕に噛み付きその肉を食いちぎったのだ。



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