第83話 道場破り
優畄達が総合格闘技の道場で汗を流すその時、ボブは水泳に興じていた。
水泳といっても彼が泳ぐのは神社の裏にあるドス黒濁った溜池だ。
「フ〜! 暑い時はァ水泳に限りま〜ス!」
千姫達も来いとボブが呼ぶが、2人は完全無視である。
((信じられん…… よくもあの様な濁った池で泳げるわい…… あの者の頭は賢い様でそうでそうでなく、鈍い様でそうでない。矛盾だらけじゃ……))
「変わった人間だね……」
御堂の天上の上に瑠璃鞠ちゃんと座り、呆れた様にボブを見る千姫達。
千姫は今は仙狐の本来の姿に戻っている。この神社の御堂にも結界を張ったため見つかる事はないため安心だ。
「フ〜、スッキリしたで〜ス。そろそろ昨日見つけた道場にィ道場破りに行くで〜ス!」
濁った溜池のヘドロでデチョデチョになったボブが、道場破りに行くと支度をしだす。
((ぬっ、道場破りとな! ここは静かで落ち着くが暇で困っていたところじゃ。妾も着いていくかのう))
「じゃあね〜 行ってらっしゃ〜い」
瑠璃鞠ちゃんも屋根の上から見送ってくれる。
千姫は狸の花子に化けるとボブの背負うリュックの中にスルリと入り込む。
ここまでの旅路で慣れたものだ。そしてボブのリュックに揺られていると妙に安らぐ自分がいる。
((ボブに邪念が少しも無いせいかのう、此奴の背中は妙に落ち着くわい))
このリュックの中は花子の神通力で特殊な空間となっており、1m四方の快適な空間に拡張されている。
温度も適当な温度に保たれており、花子専用のVIPルームなのだ。
ボブが向かっているのは精神会館、この町で1番の道場だと聞いて道場破りに行こうと決めたのだ。
そして辿り着いた精神会館正面玄関。
「頼もう! 頼もう! 我はボブ.マーカス。我がマーカス家の家訓「道場があったら破るのは当たりまえ!」に則り、お相手願いもうす」
練習して来たのか少しの訛りもなく淡々とそう叫ぶボブ。そのどこまでも通る大きな声に何事かと精神会館の関係者が駆け付ける。
「何ですか貴方は? 今道場破りと聞こえたのですが」
「その通りで〜ス。私ァしは道場破りに来ました、いざ勝負で〜ス!」
頭をポリポリ掻きながらボブを睨みつける関係者の人。関係者といっても彼も武闘家だ、その鍛え上げられたガタイの持ち主に睨まれたら普通の人ならば怯え慄く。
((此奴なかなかの胆力じゃ、ボブは大丈夫かのう?))
ボブが戦う姿を見た事のない千姫はいたって心配そうだ。
だがとうのボブはケロッとした表情のまま曇りの無い眼を彼に向ける。
まあ何も考えていないだけなんだけどね。
「…… ここ精神会館は道場破りは拒まない、それが我が会館の方針だ。その代わり君の身がどうなってもこちらは責任を一切取らない。その一筆だけは書いてくれ」
精神会館では道場破りは拒まない。その結果半殺しにされたとしても自己責任だよという事だ。
「構わないで〜ス。さあいざ勝負で〜ス!」
ボブが通されたのは中央道場、そして相手をするのは空手4段の宮迫弘行(32)独身だ。
「お前ここに道場破りとはいい根性をしている。骨の2、3本は覚悟しておけよ」
宮迫が腰を落として空手の構えをとる。
相対するボブはレゲエのリズムに揺れながら腕を左右に垂らした自然体の構えだ。
(ナメやがって、このミミズ野郎が!)
自然体のボブが彼には舐めた態度に見えたらしい。
「ハア〜! チェストォ〜!!」
勢いよくボブに向かってくる宮迫。だがボブは冷静に、カポエイラのチゾーラというカニバサミで宮迫を挟むと、場外へ投げ捨てたのだ。
「げぷぅ!」
場外に投げ出さられてしまった宮迫はそのまま意識を失ってしまう。
その間僅か1秒、宮迫は精神会館の空手の道場ではベスト5に入る実力者だ。その彼を秒殺したボブが、かなりの実力者だと知り緊張が高まる関係者一同。
その後も3人程の実力者がボブに挑んだのだが、悉く瞬殺されてしまう。
「良い動きで〜スがまだまだ甘いで〜ス。次はどなたで〜スか?」
ボブの挑発とも取れる発言に館内騒めき立つが、彼の強さを目にし誰も出る者が居ない。
「誰もおらんか? ならワシが行こうかの」
そう言って中央道場に入ってきたのは、合気道の道場の師範代黒石兵吾だった。
「先生!」
「まさか兵吾先生が!」
まさかの兵吾の登場に沸き立つ関係者、ボブも兵吾が実力者だとそうそうに見破る。
「オ〜ウ……」
((ぬぬぬ、此奴かなりの実力者じゃぞ……この様な奴に勝てるのかボブよ……))
リュックの隙間からコッソリ見ていた花子。神通力で人の大体の強さがわかる狸の花子も兵吾の強さに唸る。
「よおミミズのあんちゃん、俺と遊んでいってくれや」
齢60を過ぎていても侮れない兵吾の気迫にボブも心なしか嬉しそうだ。
「……貴方強いで〜スね。私ァしが望んでいた本当の戦ィが出来そうで〜ス!」
そのボブの言葉を受けて兵吾の表情が変わる。そしてまるで戦場に行く武士の様な気迫を纏い自ら前にでる兵吾。
本来待ち構える彼が自ら前に出るのはそれだけ相手が実力者だという事。
(あの若獅子の2人に優る強者。ワシが此奴を止めて見せる!)
そんな兵吾の特性を見切ったのか、その場で地面に手を付け、まるで駒の様に回り出すボブ。その回転圧力で場内に突風が吹き荒れる。
そしてヒュヒュン!とばかりに足蹴を放っていくボブ。
(なんちゅう速さじゃ、だがそれなら知っとるぞ!)
先の優畄とヒナとの一戦で速さには慣れている兵吾だったが、そのボブの足に合わせ様と兵吾が動いたその時、ボブの足がピタリと止まったのだ。
「何ぃ!?」
兵吾が驚く事も然り、普通あのスピードで攻撃を途中で止める事は絶対に不可能。
もし出来たとしても、筋肉が断裂し筋が捩じ切れてもおかしくないスピードとパワーの蹴りを、ボブは途中で止めたのだ。
これも彼の特性【ゾンビキング】の''瞬間再生''の能力が可能とする、ボブただ1人だけが実現可能な技なのだ。
そして止まったその蹴り脚が、軌道を変えて再び兵吾に迫ってくる。
兵吾はタイミングをずらされた事で完全に死に体となっており、その蹴りを交わす事は不可能と見切った。そこで彼は咄嗟に自身の右腕を犠牲にする事で蹴りの直撃を防いだのだ。
ボキボキッと骨の折れる音が響く、兵吾自身はゴロゴロと転がり、ダメージを殺して立ち上がる。
「オウ! すいません…… 楽しすぎてェ思わずゥ力が入ってしまいま〜シた…… 」
どうやらボブの奴、兵吾との一戦が楽しすぎて力の加減を誤ってしまった様だ。
「なぁに気にするない。この程度でワシの戦意は削がれはせんよ」
どうやらまだボブとやる気満々な兵吾。だがそんな兵吾にボブは、人差し指を立ててチッチッチッと辞めておけとジェスチャーをする。
「そんな体ァで戦う、そんな貴方を尊敬しま〜ス。
しかァ〜シそれはァ私ァしを屈辱する事と同で〜ス。その状態の貴方ァに勝っても嬉しくありませ〜ン……」
「ぬぬぬ、確かにそうじゃな。再戦はワシの腕が治ってからじゃ」
「イエス! 望むところで〜ス!」
そして2人は握手をする事で一時の停戦とした。
((ボブの奴本当に勝ちよったぞ、此奴がこんなに強いとは驚きじゃ……))
脇で見ていた花子もボブの強さに驚きを隠せない。
勝利に喜び、ボブが喜びのレゲエダンスを舞っていると兵吾がそれを止めた。
「それとミミズのあんちゃん、酷く臭うからシャワーでも浴びて行け」
「オ〜ウ……」
という事でボブはシャワーを借りて行く事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます