第79話 宴

山間のなだらかな谷間に花巻牧場という名の牧場がある。


ここでは家族8人総出で、10頭の牛から取れる牛乳を加工してチーズを作っている。


たまに見学者も訪れる人里離れた観光名所でもあったその場所。何があったのか分からないが、牧場を経営する人々は忽然と姿を消したのだ。


今から5時間程前、解き放たれた六鬼衆がこの地を訪れていた。


その目的は食事である。


復活したとはいえ今までの肉体とは違う。そのため本来の力を取り戻すのには食事が手っ取り早く、牧場に辿り着いた彼等は、目につく者を片っ端から食い漁ったのだ。



「やはり血袋は美味い!」


「ふ〜、600年振りの人肉は腹に溜まるぜ」


「愉快、愉快、愉快!」


肉の付いた骨を手に歓喜に震える鬼達。



才色兼備なリーダー格の鬼の名は夜鶴姥童子。女子と見まごうばかりに整ったその顔とは裏腹に凶悪な鬼だ。


頭には3本の角を生やしており、普通の鬼は1、2本のところを3本の角を持つ、それが彼の自慢なのだ。


彼の趣味はタチが悪く、強さを問わず闘いを強要し、負けた者を頭から飲み込み踊り食うのが楽しみな戦闘狂でもある。


もっぱら肉弾戦を得意とし、かつて夜鵺と戦い喰らて、その雷の力を扱えるともいわれている。



「まこと人とは脆い生き物よ、600年前からまるで変わらぬな」


牧場で働く若者に強引に勝負を持ちかけ、犠牲者を喰らいながらつまらなそうにそうこぼす。



「……」


「……あれはなんでごさるか? おおこれは! これはいったい?……」


白髪の腰まである長髪の鬼の名は両面白夜。彼にはその名の通り頭の左右に2つの顔があり、とにかく無口な兄の消鬼と何にでも興味を示し、いつもキョロキョロ辺りを探っている弟の臭鬼の結合双生児だ。


肌の色は人と同じ肌色で、それぞれ額に一本ずつの角を生やしており、かつて彼等は4本ある腕にそれぞれ刀を携え、幾多の討伐者を屠った剣術の達人でもある。


今は刀が無いため牧場で見つけた鉄パイプを携えている。


彼等、特に弟の臭鬼は他の鬼には興味はない。そのかわり初めて目にする物なら何にでも興味を示してしまう迷惑野郎であり。


そのため、他の鬼達も彼等には関心を示さない。



「おい刻羽、それはアタイの肉だぞ!」


赤い髪に赤い肌、彼女の名は赤蛇。額には2本の角を生やし、彼女の血液は猛毒の酸だ。フルオロ酸にも匹敵するpH値29の濃度の超強酸性の血液で触れるもの全てを溶かすのだ。


その血液を霧の様に放出することも出来、かつて黒石の討伐隊と争った際の初戦での勝率は9割を超える。


気に入った男となら、たとえ人間だろうと何だろうと誰とでも寝る、粗暴で煩い女鬼だ。


見た目が美麗なためまんざらでもなさそうだが、蟷螂の如く、犯されながら貪り食われるのが良ければ止めはしない。



「うるさい売女め! お前はそのババアでも食っていろ」


「なにを!」


宙に浮き赤蛇の突進を交わす刻羽童子。



鬼と天女のハーフの刻羽童子は、母親譲りの羽衣によって常に空に浮いている。


風を友とし自由自在に空を舞う彼は空を漂う雲の様に自由思想の強い鬼だ。


肌は水色で、額には30cmと長めの一本角が生えている。


かつて一度だけ母に連れられて天界に行った事があり、もう一度天界に行くことが彼の密かな望みだ。



「然もあり、然もあり、然もありなん!」



この同じ言葉を繰り返す拒食症と言わんばかりに細身の鬼の名は椿崩。


おでこではなく頭の左右に2本の角があるが、そのうちの一本は欠けている。


美しいものに嫌悪感を抱き、その美しいものを醜く作り直す時が、なにより至福なサイコパスだ。


そのため本来眉目秀麗だった彼自身すらも醜く改造しているのだ。本来肌色だった彼の肌は今では毒々しい紫色のマダラ斑点が体のそこら中に見られる。


彼は影と影の間を自由に行き来出来る''影走り’'の使い手でもあり、かつては暗殺を生業としていた。


「椿、貴様焼き殺すぞ……」


刻羽童子とは戯れ合うが、椿崩は嫌いな赤蛇。本気の威嚇で牽制する。



「怖い、怖い、怖い、ほんに怖い女子じゃ……」


昔半殺しにされた事で、唯一彼女だけは苦手なため彼女に対してはその衝動は起きない。



「ああ…… オラまたやっちまっただ…… もう2度と人は食わねえと白陵様に誓ったのに…… 」


そんな中、騒がしく肉を貪る彼等とは対象的に、ひどく落ち込み塞ぎ込む鬼がいる。3mオーバーの大きな体に見合わず、小心者な彼の名は腐獅子。


肌の色は浅黒く彼の右手は、かつて祟り神を殺した事で呪いをうけ、触れたもの全てを腐らせる''腐手''となっている。


彼は封印される600年前に、ある女僧に人を食わずの誓いをたてていたが、長き眠りからの飢えには勝てず食べてしまったのだ。


鬼に見合わず根が優しい彼は、人を食べてしまった事をひどく後悔しているのだ。


彼にもかつては額に、立派な角があったのだが、人を殺さず、食わずの誓いのさえに自ら切り落としている。


それ即ち人食いの鬼を止めるとの意思表示だったのだが、極度の飢えには勝てなかったのだ……



「また始まったぜ、アイツの悪い病気だ」


「解せぬ、解せぬ、解せぬ」


「人との約束なぞをいつまでも、まったく……」



「……」


「このまあるい物はなんでござろうか? これもまた珍しい!」


他の鬼達は彼を呆れ顔で見る者や、我関せずと興味のある物全てに興味を示す者と、彼等に纏まりという言葉は無いのだ。



「なあ、コイツはどうして生かしているんだ?」


そんな中、1人宙に浮き漂っていた刻羽童子がある疑問を口にする。


刻羽童子が見る先には、ただ1人生き残った牧場主の娘が怯えきった様子で蹲り、ガタガタと震えている。


目に光は無く、あるのは絶望の一文字だ。


「この施設を見ろ、見知らぬ機械に見知らぬ服を着た人間共。我等が封印されていた600年で、外の世界がどれだけ変わったのか知っておく必要がある」


「ふ〜ん、それを知るためにコイツを生かしておいたって訳か」


そう言うと怯えきった娘の仕草を楽しむかの様に刻羽童子がちょっかいを出す。



「ああ。ひょっとしたら俺達鬼を滅する事の出来る何が、この現世にあるかもしれぬ。用心に越した事はないからな」


「ふん、お前も慎重になったものだな」


「あの時の二の舞いはごめんだからな」


かつて彼等は黒石の者に騙されて封印された。その鉄は2度と踏まぬという心持ちなのだ。


「おい女、死にたくなくば情報を話せ。さすれば貴様の命は助けてやろう」


誰にでも嘘と分かるその言葉、理不尽にも家族を食い殺された彼女は夜鶴姥童子を睨み付ける事でその答えとした。



「へぇ、結構肝が据わってるじゃんこいつ」


「小娘め…… まあよい時間はいくらでもある」


そして夜鶴姥童子は近くに置かれていたトラクターの元に行く。


「この機械が何のための物なのか気になる所ではあるが」



ドガ〜〜ン!!


突然トラクターを殴り付ける夜鶴姥童子。その強度を調べるために殴って見たのだ。


勢いよく転がっていくトラクターを見て両面白夜が声を上げる。



「あっ! ワシのお気に入りだったのに」



「俺の4割ほどの力で壊れたぞ。あれが何の機械かは知らんが脆いな」


なんでも殴って調べるのが彼なりのやり方なのだが……


「あの行為になにか意味があったのか?」


「さあ?」


「解せぬ、解せぬ、解せぬ」


いつものが始まったと他の鬼達は呆れ顔だ。


そんな中、突然牧場内に入って来たある物に驚き、鬼達が建物の影に姿を隠す。


「ぬっ、なんだアレは……」


大型の集乳車が毎朝の集乳のために牧場内に入って来たのだが、トラックなぞ見た事のない鬼達は、動く巨大な箱の様な何かに警戒を露わにする。


彼等が影からこそりと見ていると、その巨大な動く機械から人間が降りて来る。


その人間は辺りを見て周り、誰もいない事を訝しがっている。


ここにいた人間や牛達は全て鬼達の胃袋の中に収まっており、辺りには骨の一欠片も、血の一滴すら残されていない。


「花巻さ〜ん! 花巻さ〜ん! あれ、おかしいな……」


大きな機械から出て来た人間は、今度は四角い小さな板みたいな物を耳元に当て話始めたのだ。


「……彼奴は一体なにをしておるのだ?」


「アタイに分かるわけないだろ」


誰も居ないのに1人で喋っている人間を訝しむ様に見る鬼達。


「仕方ない、俺が行って話を聞いてくるよ」


刻羽童子が人間に話を聞きに行くと言い出した。彼はフワフワと空を舞いながら車から降りた人間の元に進んでいくと、まるで道を聞くかの様に気楽に話しかけた。

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