第78話 隠し部屋


8月17日、精神会館に来て8日目の朝。


精神会館での生活も残すところあと2日で終わる。


康之助さんの手伝いで、いつもの様に朝にしていた館長室の片付け。それも今日で終わりだと言われたのだが、なんと館長室に隠し部屋があったのだ。


それは偶然にヒナが見つけたもので……



「熊ちゃん、今日で君ともお別れだね…… 最後に握手してお別れしようね」


かさばるため最後の最後に片付ける予定だった熊の剥製。その剥製がお気に入りだったヒナが、最後の別れをしようとその手に偶然触れた瞬間だった。


ヒナが触れた熊の手が下に下り、熊の剥製の背後の壁が動き、隠し部屋へと続く扉が現れたのだ。


音もなくスッと壁が開いたため、ヒナ以外は気付いて居ない様子。



「……優畄、なんか開いたよ……」


「えっ? 開いたってなにが…… 」


ヒナの呼び掛けに優畄がヒナの方を向くと、怪しげに開いた壁の向こうに不自然な扉が目に入る。



「お前達、サボってないで手を動か…… なんだそりゃあ!?」


「あ、あんな所に扉が……」


流石にみんな気付いた様で扉の前に集まると、代表で康之助がその扉を開く事に。


康之助さんの話しでは、なんでもこの扉には中から外に出れない様な封印が施されているのだという。


「…… じゃあこの中には一体何が?」


「そんな大した封印じゃあない。あくまで中に入った者を出られなくするもの、まあ泥棒避けだな」


そして康之助が扉を開けると、そこには四畳半一間ほどのスペースがあったのだ。



「……奴さん、こんな部屋作ってやがったのか」


そしてそこには前館長の省吾が集めたと思われる謎のアイテムが、所狭しと置かれていたのだ。


「家で父さんがソワソワしている訳が分かったわ……」


今では家に引き篭もり、人に会うのを避ける様になった省吾。


どうやら省吾の奴、横領した精神会館の資金でこの部屋を作り、家でこの隠し部屋がバレないかとヒヤヒヤしていた様だ……


「用途不明金の行方が分からなかったが、コレがその答えか……」


本当に色々な物があったのだが、その筆頭が封の貼られた木製の箱の中に入っていた''猿の手''だろう。


「何これ?」


「それに触るな!」


ヒナが猿の手に興味を示し、木の箱を開けようとしたが、康之助がそれを止めたのだ。


そして自らが箱を開けると中を確かめる。



「こんな物まで…… 」


康之助は箱の中を確かめたあと、誰かが間違って触れない様に''猿の手''が入っている木箱を、さらに彼特製の封印箱の中に入れると新たに封印をし、金庫の中に隔離した。



「コイツは持ち主の願いを叶える代わりに、それ以上の対価を要求する最悪の魔道具だ…… 」


「……そ、そんな物がなんで……」


「お、お父さん、どこでこんな物を……」


省吾の実の娘の加奈も、省吾の愚かさに落胆を隠せない。


「お前達この''猿の手''は、触れた者を新たな持ち主と定める。もし他で見つけても破滅したく無ければ、決して触るんじゃないぞ」


省吾がこの猿の手を使った事があるのかは分からないが、彼の息子の良樹にも不幸が訪れた。


それを考えれば自ずと答えは分かるというもの。


康之助は気付かれない様チラッと加奈を見る。


(……まさかな、大丈夫だとは思うが、念には念を入れておくか)


持ち主に破滅をもたらす禁断の魔道具''猿の手''はこの後、康之助の伝で焼却処分にされた。


黒石康之助には退魔師の他にもう一つ役割がある。それはこの世の理りから外れた人物や魔道具を、排除する掃除屋としての顔だ。


自分探しの旅でも度々この様な禍々しい魔道具を処分してきた彼は、魔道具について詳しいのだ。



この隠し部屋にはその他にも、太古の不死を授ける呪われた人魚を呼ぶと云われる''人魚石''。


付けた者の血肉を喰らい赤く染まっていき、しまいには装着者の脳を乗っ取ると云われる''人癌面''。


なにかが封じられていると云われている六面体の鏡のキューブ''六方歪鏡''などなど……


怪しく一体どこから集めたの? と聞きたくなる様なアイテムばかりが出てくるのだ。



「まったくいい趣味してやがるぜ…… どれもこれも持つ事すら許されない、一等級の禁断のアイテムばかりじゃねえか……」


中には斬った者を虜にする妖刀''紫電''なる常に紫色に妖しく輝く危ない刀まであった。


刀好きのヒナも、流石にこの''紫電''には興味をしめさなかった。


これらのアイテムは省吾が、黒石に相対する時の為に集めた物なのだ。だがそれらのアイテムの呪力すら及ばない黒石家の力。 その脅威は闇の世界では絶対なのだ。



そんな禍々しいアイテムの中にも''双星のペンタグラム''という、2つで1組のペンダントがあった。


このペンダントの効果は、付けた者達が10m以上離れられなくなるというシンプルなものだ。



「奴さん、コイツを誰と使うつもりだったのか……」


康之助はそのペンダントをしばし見つめていたが、俺とヒナの方に振り向くと、そのペンダントを投げてよこした。


「えっ?」


「そのペンダントはお前達にこそ相応しい。ヒナちゃんと一緒に肌身離さず付けていろ」


康之助からのまさかの贈り物に、最初戸惑って居た2人の顔に笑顔が浮かぶ。



「いいの?! ありがとう!」


「あ、ありがとうございます!」


''双星のペンタグラム''を貰って嬉しそうなヒナ。


ヒナは10日、俺と離れ離れになると体を維持出来なくなり死んでしまう……


このペンダントが有れば、一度はそれが防げるかもしれない。


「これでいつまでも一緒に居られるね」


「ああ、大切にしような」


ヒナはペンダントを、さっそく首に着けて嬉しそうにクルクルと回る。


喜び合う俺達2人を眩しそうに見つめる康之助。


康之助さんがなぜこのペンダントを俺達にくれたのか、彼と姿を見ない彼の授皇人形に、何があったのか気になるところだが……。



「気付いてみればこんな時間か…… 悪かったな、後は俺達がやるからお前達は修行に行っていいぞ」


時計を見れば9時を回っている。俺達は慌てて次の道場に向かう事にした。


俺達が去った後、2人残された康之助と加奈。



「あ〜あ、こりゃ今日も徹夜で後片付けになりそうだな……」


「父の仕出かした事です。私も手伝いますよ」


「すまねえな加奈、今度ラーメン奢るから頼むわ」


「トッピング全乗せですよ」


康之助は気付いていた、加奈が自分にそうゆう感情を抱いている事に。


だが彼はそれには応えられない。自分にはその資格はないのだから……。


(…… 眩し過ぎるんだよお前達は、アイツらを見ていると昔を思い出しちまう。忘れることの出来ないあの記憶を………)


康之助は頭を振ると片付け作業に戻って行った。

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