第80話 不協和音


宙に浮かぶ刻羽童子が人間に近いて行くとその話声が聞こえてくる。


「ーーああ、花巻さん所だれも居ねえんだわ、おう、おう、じゃあ黒木さん所を先に回るか……」


1人なのに誰かと相談している様な喋り方、そして手には謎の板を持っているのだ。


「ーーなあ、ちょっといいか?」


「ん? この牧場の関係…… 」


牛乳集配の人は牧場の関係者が来たと思い振り向くが、青い肌の宙に浮く刻羽童子を見て驚き慄き、口をパクパクとさせている。


「なああんた、誰と話しをしているんだ? そしてその手に持っている板はなんなんだ?」


そして突然の質問攻めに頭の回転が追いつかない。



「吉武さ〜ん! 逃げてぇ!!」


その時、牧場の建物の方から誰かが叫ぶ声が聞こえてくる。


それは牧場主の娘の美穂の叫び声だった。これ以上犠牲者を出してはダメだと、自らの身を顧みず叫んだのだ。


そんな彼女は野蛮そうな若者の一味に、髪の毛を掴まれ持ち上げられている状態だ。


「美穂ちゃん!」


吉武は牧場主とは家族ぐるみの付き合いだ。密かに美穂を好いていた彼は、彼女を助けに行こうと走り出す。


しかしその首を刻羽童子に後ろから掴まれてしまう。吉武は体重80kgの巨漢だ、それにも関わらずまるで泥棒猫の様に片腕で軽々と持ち上げているのだ。


「あの動く箱から出て来たから警戒していたけど、お前弱いね」


刻羽童子は皆の元に吉武を連れて行くと雑に放り投げ、自らは宙に浮き吉武から奪い取った携帯電話をいじり始めた。


「ハハハハッ何これ! 面白いぞこの板」


携帯は通話中だった事もあり電源が落ちておらず、小さな画面に彩り豊かなアプリの表記が映る様は、彼の好奇心を揺さぶった。


「刻羽なにを見てるんだ?! アタイにも見せろよ!」


「嫌だ ね」


赤蛇の突進を宙で交わしながら携帯を見続ける刻羽童子。あまりにしつこいのでしまいには、赤蛇の届かない高さにまで舞い上がってしまう。



一方、鬼達の元に放り投げられた吉武は、痛そうに腰を摩ると目の前に立つ男を見上げる。


一見人に見えるが、頭に生えた角と口からせり出ている牙に吉武の考えがまとまらない。


「えっ、えっ、コスプレ?! なんなの、なんなの一体?!」


どうやら彼等をコスプレの集団だと思っている様だ。


「よいかこれからする質問に答えよ、さすればお前の命は助けてやる」



一方では吉武を助けるために声を上げた美穂に椿崩が近づいていく。


新たな情報源が入ったため用無しという事だ。


何も喋らない睨むだけの美穂より、吉武の方が扱いやすそうであり、何よりあの動く箱から出て来たのだ。その需要性は高い。



「要らぬ、要らぬ、要らぬ、お前はもう要らぬのだ」


「美穂ちゃん!」


剃刀の様に鋭利な爪を伸ばし、美穂を殺そうとその手を振り下ろしたその時、それを腐獅子が止めたのだ。


驚愕に目を見開き、椿崩がその腕を振り払おうとするが、鬼達の中で1番の力持ちの腐獅子の掴む手は解けない。


「解せぬ! 解せぬ! 解せぬ!」


「なんのつもりだ獅子ノ?」



美穂を殺すのを止めた腐獅子に対して殺気を放つ夜鶴姥童子。返答次第では戦う事も辞さないそんな気迫だ。


「こ、この娘は殺させねぇ! オラ白陵様に誓っただ、もう2度と人は殺さねぇと、この約束は絶対だ!」


(この娘子は自らを顧みず動く事の出来る勇気ある娘子、白陵様と同じだ。だからオラが守るだ!)



「自らが人を食べた事への償いか? フン、くらだない自己満足だな」


「な、なんとでも言え、オラの意思は変わらねえぞ!」


そして睨み合う両者。


同族で争い合う者。自分の興味のある者以外関心を示さない者。痴話喧嘩の様に戯れ合い2人の世界に浸る者と、まったく協調性の無い鬼達。



「おい刻羽、あっちが大変な事になってるぞ!」


空高くを舞う刻羽童子の気を引こうとする赤蛇。だが刻羽童子はスマホに夢中になっており、まるでお構い無しだ。


「なんて楽しい世界なんだ! 俺は行くぞ、こんな所で時間を潰していたってなんの価値もない!」


「い、行くって何処へさ?」


刻羽童子が何処へ行くと言い出し、焦り始める赤蛇。



「今世の世は面白いぞ赤蛇。俺はアイドルて奴になるんだ、皆によろしく伝えておいてくれ。じゃあな〜!」


携帯で偶然に開いたサイトが、アイドル関係のサイトだったのだろう。


そうとだけ言い残すと刻羽童子は、何処へ飛び去って行ってしまったのだ。


「おい刻羽! 何処へ行く気だ?! アタイを置いて行くなよ刻羽!!」


赤蛇も好きな刻羽童子の後を追って行ってしまう。


昔から刻羽童子の事になると猪突猛進な彼女。もはや彼女の頭の中には、他の鬼の事なぞまるで無いのだ。


一方、珍しい物だらけの牧場で次々と目移りしながら探索していた両面白夜、そんな彼の視界に牧場内に張り巡らされた配線がはいる。


そしてその配線が気になりそれを辿った所、外に出て来てしまった両面白夜。


「あの石の柱と柱の間に張り巡らされた線はなんぞ!? 辿ってみるが良かろう!」


兄弟だけだと彼等も言葉を交わす様だ。


両面白夜も電線に釣られて、それを辿って何処かへ行ってしまう…… 。


他の鬼達がそれぞれ自由行動を始める中、未だに言い争っている夜鶴姥童子達。



「おいお前達もこのバカになんとか言ってやってくれ」


そんな事はつゆ知らない夜鶴姥童子、他の仲間の鬼に賛同を求めるため振り向いた彼が見たのは、自分たち以外には誰もいなくなっていた牧場だった。



「………」


「……解せぬ? 解せぬ? 解せぬ? 彼奴らは何処に?」


いくら辺りを見回しても誰もいる気配は無い。



「……ぬ、ぬぐぐ……ぬぐ、ぬぐ! ぬぐあああああ〜!!」


なんとか怒りを抑えようとしたが我慢できず、怒り任せに目の前にあった牛乳入りのタンクを殴りつける。


ドゴ〜ン!とばかりにタンクが弾けて、中に入っていた牛乳が辺りに四散する。


「おのれ下郎共め! 彼奴らなぞ要らぬ、我等だけで充分ぞ!」


そして怯え固まる美穂達を睨み付ける。


「ひ、ひいぃい〜〜!!」


「だ、大丈夫だ。オラがお前達を守ってやる!」


怯える2人と夜鶴姥童子の間に入り、''腐手''の右手を同胞に向けながら腐獅子が言う。



「…… よかろう、今は生かしておいてやる。だが貴様もあまり勘違いはせぬ事だ、その旨をよく覚えておけ」


そして夜鶴姥童子はその場から歩き去って行った。


「解せぬ、解せぬ、解せぬ、真に解せぬ事ばかりじゃ……」


椿崩も呆れた様に頭を振りながら去っていく。


「み、美穂ちゃん! よかった……」


「吉武さん……」


助かった安堵感から馴れ馴れしく抱き着いて来る吉武。この時ばかりはしょうがないとそれを受け入れる美穂。


腐獅子はこんな2人を見て、改めて白陵様とのかつて交わした誓いを思い出すのだ。



『獅子よ、其方は変わったのう。もはや人を喰らう鬼ではなく、人を導く導士じゃ。これからは弱き人々を助けてやってくれ』


(…… 白陵様、オラは誓うだ、もう2度と人は殺さねぇと。そしてこの2人を守りきって見せるズラ!)








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