第71話 恐怖
「ヒ、ひいぃぁ! な、なんだコイツ!!」
「ヒャァァアアアア!!」
この狼男は黒雨島での出来事でランクが上がっており、全身から漆黒のオーラが吹き上がっている。
そのため怖さはひと塩だ。
みな俺から逃げる様に、ジリジリと後退りしていく。
「お、女だ! その女を人質にとれば……
良樹が言い終わる前に俺は、俺達を運ぶために奴等が公園内へ持ち込んであった、ハイエースの前に一瞬で移動すると、力一杯ハイエースを殴り付けたのだ。
ドゴ〜ン!!
俺に殴られたハイエースは、物凄い勢いで転がってゆき、公園の木々を倒しながら池の中へドボ〜ン!とダイブしてしまう。
「なっ……」
「ば、化け物……」
「ちょいと強く殴り過ぎたか、ありゃ廃車決定だな」
そんな中でも何人かの輩が、律儀にもヒナを人質に取ろうと動いていたが……
ある意味俺より強いヒナさん。
ヒナは自身の能力【火焔掌】の''火焔陣''という技を使う。
この能力はどちらかというと防御系の技で、高さ4mの火焔の火柱が彼女の周りを自由自在に回るという、単純だが驚異的な技なのだ。
今のヒナの火焔の温度は800〜1000度。普通の人間なら間違いなく死に至る温度だが、彼女は火焔を自由自在に操れる様になっており、燃やしたい箇所だけ燃やすという事も出来る様になっていた。
そして彼女は、彼等が2度と悪さを出来ない様にと、毛根を含めた体毛一式と、身に付けていた服を全て燃やし尽くした。
「おわっ! 熱チチッ!」
「ヒッヒャア〜!」
「や、やめてぇ〜!!」
俺とヒナを見て、やっと触れてはならない者達だと気づいた輩達が、脇目も降らず一目散に逃げ出す。
「逃がさないよ!」
そんな逃げる輩にもヒナさんは容赦がなく、毛根ごとその体毛と服を燃やし尽くしていく。
敵対者には容赦がないヒナさん、さらにコイツらは、俺との楽しかった時間を台無しにした者達だ。
どうやら俺以上にヒナさんの方がブチ切れていた様子。
まあ一生、髪の毛が生えなく成るだけなら、殺されるよりは全然マシな方だろう。
雑魚はヒナに任せて俺は主犯の良樹達を睨み付ける。
「お前等だけは許さん。2度と俺達に関わろうと思わない様に躾けてやる」
俺は器用に口元だけ人のものに変えて奴等に最終通告をする。
すると追い込まれた良樹が足元に置かれたバックから、素早く慣れた手付きで猟銃を取り出したのだ。
「ち、近くな化け物! それ以上近づいたらこ、
コイツをブチ込むぞ!!」
いざとなった時に俺達を脅すために持ってきたのだろう猟銃、その銃口を俺に向けて少しずつ下がって行く良樹。
彼の能力は【ハンター眼】、飛び道具の狙いと命中精度を補正してくれる能力だ。
だが俺は止まる事なく良樹の目を見ながら、奴等に近づいて行く。
「構わない、撃ってみろ」
「く、来るな! うああああああ〜!!」
スドーーン!!と猟銃の銃声が公園内に鳴り響く。その銃声にその場にいた皆が一斉にこちらをみる。
「優畄!」
ヒナも撃たれたのが俺だと分かると心配の声を上げる。
だがそこには、スラッグ弾を浴びたのにケロッとして立っている俺の姿があったのだ。
「大口径の銃でもなければ俺の守りは貫けないよ」
その言葉通り、鋼鉄の様な硬さの体毛と暗黒闘気でスラッグ弾をシャットアウトしている。
ランクが上がった事で暗黒の闘気を自由に操れる様になった。
この闘気は、拳に惑わせれば攻撃力を上げる事が出来、体の一点に集めれば防御力の強化も出来る。
今の狼男の防御力なら、50口径以上、それも単発ではなく連射が効く武器でなければ、闘気を一点集中させた体毛と皮膚の守りを突破する事は出来ないだろう。
そんな俺に目を見開いて驚愕する良樹。
「諦めろ、お前のいかなる攻撃でも俺に傷の一つも付ける事は出来ない」
「あっ、ひっ、ひっ! ならば女の方を撃ってやる!」
ここで追い込まれた良樹が最悪の悪手に出る。なんと猟銃の銃口を、俺が撃たれた事で駆け寄っていたヒナに向けたのだ。
その距離5m、今のヒナの能力では散らばる様に飛ぶスラッグ弾に対応する手段がない。
そして良樹はヒナに向けた猟銃の引き金を引いてしまう。
だがそれは俺にとって最大のタブーだという事を良樹は思い知る。
良樹が猟銃の引き金を引いた瞬間に俺は、バレルを掴み猟銃のバレルを折り曲げたのだ。
猟銃は途中で折れ曲がり、そして俺はそこから飛び出たスラッグ弾を散らばる前に、手で蓋をする様に掴み取ったのだ。
俺の手から煙が出ているが、その皮膚には傷は付いていない。
そのまま俺に猟銃を彼枝の様にへし折られ、口を開けて俺を見上げる良樹。
「グルルルル…… 貴様は決してやってはいけない事をした」
俺の目が怒りで瞬く。
「ヒッ……ヒェ!」
「死んで償え」
俺の本気の怒りにやっと触れてはならぬ相手だと悟った良樹は、小便を漏らすと同時にガタガタと震え出した。
「優畄! ダメぇ!!」
ヒナの止める声が聞こえたが、ブチ切れた俺はスキルの"怒りの鉄拳''を放っていた。その拳は止まる事なく良樹に迫る。
ハイエースを一撃で廃車にした破壊力だ、当たれば絶命は間違い無しの文字通り"怒りの鉄拳''だったが、それが良樹に当たる事はなかった。
俺の拳の先には康之助さんの盾の様に円形に変化させた手があったのだ。
ズゴ〜〜ン!!
まるで突貫ハンマーで分厚い鉄板を殴った様な凄まじい音が鳴り響く。
そして俺の"怒りの鉄拳"とのぶつかり合いの衝撃波で、辺り一面に突風が吹き荒れた。
康之助さんの背後にいた輩達もダンブルウィードがてら転がっていく。
「凄まじい殺気に来てみれば、またお前達の仕業か。まったく俺に力を使わせやがって……」
「こ、康之助さん!」
康之助が手を元に戻して、俺の拳を掴み動けなくする。
「まあ辞めておけ、こんなクズでも殺せば殺人罪だ。後味は悪いぞ」
あっけらかんとしているが、俺の本気のパンチを変化させているとはいえ、片腕だけで防いだこの人は、間違いなく俺以上の化け物だ。
(お、俺の本気のパンチを…… どれだけの化け物だよ)
それに彼に捕まれている俺の腕がびくともしない。そして気を抜かれた俺は変身が解けてしまう。
実際に康之助は本気を出していない。優畄のパンチを防いだ時も3割程の力しか出しておらず、彼にしてみれば子供同士の喧嘩を止めただけという認識なのだろう。
精神会館で久しぶりに会った時から、康之助に感じていた苦手意識の理由を優畄は今知った。
無意識のうちに己より強い康之助に怯えて萎縮していたのだ。
それは【獣器変化】の能力が、己より強い相手に怯えるという動物の本能に忠実に働いた結果だ。
「しかしなんだコイツらは、みんなつるっ禿げで裸じゃねえか、新手の宗教か何かか……」
ヒナに体毛と服を燃やされた輩達は、一箇所に集まってガタガタ震えている。
そしてこの公園に向かっているのか、辺りには警察と思われるパトカーのサイレンが鳴り響いている。
「これだけ騒ぎを起こせば警察も動くさ、ここは俺に任せて、お前達は先に行け」
「でも……」
俺は康之助の背後でガタガタと震えている良樹を睨み付ける。
「ヒッ……」
良樹は俺に睨まれると、まるで子供の様に怯えて丸まってしまった……
「ふ〜 、コイツの後始末も俺がしておく。いいから早く行け」
「優畄、もお行こう」
ヒナが俺を気遣い行こうと手を握ってくれる。康之助のおかげで頭を冷やす事が出来た。
最近どうも野蛮で暴力的になる俺がいる……。俺の【獣器変化】の影響だとは思うが、変化をする度にそれが強まっている。
(…… 少し変化をするのを控えた方がいいかもな……)
「じ、じゃあ俺達は行きます。で、では…… 」
「ああ、帰ったら加奈に伝えておいてくれ、今夜は遅くなると」
「り、了解しました…… 」
そして俺達は後の事を康之助に託して精神会館に帰える事にした。
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