第70話 夏祭り
ヒナはりんご飴を舐めながら、立ち並ぶ屋台をキョロキョロと見ている。
「次はどの屋台にいく?」
「あれ、あれがやりたい!」
ヒナが指差したのは射的の屋台だ。俺はおっちゃんに300円を渡すと、弾を5発分貰う。
この射的は景品の代わりに名前の書かれた板が置かれているタイプだ。
「これはね、この銃に弾を込めて、こうやって……」
俺が最初の1発を撃って手本を見せる。俺の弾は外れてしまったが、覚えのいいヒナはあっという間にコツを掴んでしまう。
ヒナは最初の1発こそ外したが、続けた2発を的に当て景品をとっていく。
「おっ、お嬢ちゃん上手いじゃないか。はいこれ景品だよ」
そして最後の1発で狙うのは1番上にある大きな''ぬんだ''のぬいぐるみだ。ゲーセンで取ってから''ぬんだ''を余程気に入ったらしい。
「あれを狙うのかい? 無理だと思うがなぁ、ああお嬢ちゃん、その線から出たらダメだよ」
屋台のおっちゃんもヒナにいろいろ話しかけて注意を逸らそうとする。
「えい!」
ヒナの放った弾は綺麗に飛んで行き、倒れる事はなかったが的には当たった。
「やった! 優畄、当たったよ!」
「はい残念。的に当たっても倒れなきゃダメだよ」
そしておっちゃんは小さくいろいろ書かれている貼り紙を棒で叩いた。
お祭り屋台のあるあるだ。あの的も揺れはするが倒れない様に調整されているに違いない。
「う〜……」
「仕方ないよヒナ、他の屋台に行こう」
「うん!」
こうゆうのも含めてお祭りの醍醐味だ、引きずっていてもしょうがない。楽しまなくては。
次に向かったのはボンボン釣り。水ヨーヨーを落とさずに吊り上げるあれ。これは一回100円だ。
「よ〜し、この水玉模様のを釣るぞ!」
気合いと共にゆっくり吊り上げる。このボンボン釣りは、余程の事がない限り失敗はない。
「やった〜! 上手く釣れたよ」
見事吊り上げた水ヨーヨーを指に掛けて次の屋台に向かう。
そんな楽しい中でも俺は、俺達の後をつけて来る輩がいる事に気付いていた。
俺が変化出来る魔獣のスキルに、俺に敵意を持つ者の居場所を知らせてくれる【敵対心感知】がその輩の居場所を教えてくれるのだ。
俺達から離れず近づかずで着いて来ている。
まあだからといって構うほどの脅威でも無い。
(磯外村のグールの3分の1程度の強さか…… なんらかの接触があった時に対処すればいいか。今は無視で問題ないな)
今の優畄達にとって普通の人間なら何人集まった所で脅威では無い。
それに相手もお祭りの最中に行動を起こす気は無さそうなので、此方は無視してお祭りを楽しんでいる。
ヒナとのこの大切な一時さえ邪魔しないのであればどうでもいいのだ。
ヒナも水ヨーヨーをボインボインさせながら屋台を周り、初めてのお祭りを満喫している。
「優畄、今度はあの屋台に行こう!」
次に向かったのは焼きイカや焼きそばの屋台、お祭りの屋台で食べる食べ物は何故にこんなに美味しいのか、少し早い夕食を食べながら思う。
右手にイカ焼き、左手に綿飴とお祭りならではの組み合わせに頬を緩めるヒナさん。
定番の金魚掬いはやらなかった。10日しかこの地に居ない俺達に金魚の面倒は見れないからだ。
以前、地元のお祭りで綺麗なお姉さんが、金魚入のビニール袋をゴミ箱に捨てているのを見た事があるが、千年の恋も冷める所業だ。
夜の7時。
まあとにかく、お祭りを満喫した俺達は精神会館へ帰る事にした。
精神会館は町の中央、このお祭り会場からだと寂れた公園を通らなければならない。
(さあて、そろそろかな)
俺の予想通り、公園の入り口からでも俺達が来るのを待っていると思われる集団が、公園の中央に集まっているのが分かる。
「ヒナ、敵対者が15〜20人。まだ他に潜んでいる奴もいるね」
「優畄、手加減だけは忘れ無い様にね」
ヒナも気付いていた様で、その顔付きが険しくなる。公園を避けて行くという考えも頭を過ったが、あえて行く事にする。
俺とヒナの大切な時間を邪魔した報いは受けてもらう。
ここは法治国家だ。先の磯外村や黒雨島とは違う、殺したら殺人だ。それは流石に避けたい、手加減は必要不可欠だ。
それでも2度と手を出そうなんて思わない様に、手足の2、3本は覚悟していただく。
そして俺達が公園の中程に差し掛かった時、見覚えのある顔が集団の中央に居るのが見えた。
彼の足元には何が入っているのか、長めのバックが置かれている。
強引に乗り込んだのか、黒塗りのハイエースまで止まっているのはご苦労様だ。
「アレは確か、加奈さんの半グレお兄ちゃん。名前は…… 」
「たしか良樹て名前だよ」
流石はヒナさん、どうでもいい事までしっかりと覚えている。
「そう、そんなだったな。で、あれが首謀者で間違いなさそうだな」
「テメェら、なにグチグチ言ってやがる! これからテメェ等には地獄を見せてやる、覚悟しろよ!」
俺達の会話が聞こえていたのか良樹が激昂してガナリあげる。
その良樹の合図で影に潜んでいた数人がフヘヘへと笑いながら、俺達の逃げ場を塞ぐ様に背後に現れた。
「お前は殺す、そして女は俺達が飽きるまで肉便器にでもなってもらうさ」
奴等は一様に下卑た笑みを顔に見せている。日頃から、こうゆうクズの所業に慣れ親しんでいる者の顔。
この後訪れる甘い時を想像しているのだろうか、これから彼等に地獄が訪れるとも知らずに。
「…… お祭りの後でお前達はついていた」
「あっ?」
大人数に囲まれているにも関わらず、焦った様子もなく淡々と話し出した俺に不快感をあらわにする良樹。
彼の予想では怯えた子犬の様にブルブル震え出す俺を想像していたのだろう。
だが、彼の予想通りにはならなかった。
「もし、もしお前達がお祭りの前に俺達の邪魔をしていたら、俺はお前達を殺していた」
俺はそう言い切ると同時に、凄まじいまでの殺気を放ったのだ。
猛獣に山で会えば動けなくなる事と同じ。動物としての本能が伝える、これはヤバイ相手だと。人がどうにか出来る相手では無いと。
俺の殺気を受けてガタガタ震え出す者や、小便を漏らす者、中には大の方を漏らした奴もいた様だが、一様に恐れ慄き戦意をなくす。
それまでの下卑た笑みから、この世の終わりの様な顔に変わって行く輩達。
その中でも良樹は父の省吾とよく熊のハンティングに行っていた。そのため猛獣には慣れがあった。
だがこの殺気は別格、今まで感じた事のない恐怖が足の先から這い上がってくる。
「……こ、こっちは30人もいるんだ、か、数で当たればそんな奴……」
そこで俺はダメ押しとばかりに体長3mの狼男の姿に変化する。
「ガルルルル…… さあてお仕置きの時間だ。手足の2、3本は覚悟しておけよ」
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