第69話 ラーメン


そして着いたラーメン屋には長蛇の行列が……


「…… どうするヒナ、他に行く?」


「ここでいいよ」


初めてのラーメンが食べられるとあって、待つのも苦にならない様子のヒナ。


行列にはちらほら女性の姿も見える。女性が食べに来るラーメン屋は威張っておらずいい店と聞いた事がある。


勘違いした輩の作るラーメンなんぞ、たとえ美味しかったとしても食べたいとは思わない。即席のラーメンを食べている方がまだマシだ。


「早くラーメン食べたいな〜」


「あと3組だからもう少しの辛抱だぞ」


そして待つ事40分、やっと俺達は店に入ることが出来た。この店は待つ店の前も日陰になる様工夫してあるため、真夏でも涼しく待っている事が出来た。


このお店は食券タイプではなく、ちゃんと注文を取りに来るお店だ。俺達は塩ラーメントッピング全乗せを注文する。


他の席を見ても、客を急かしたり私語厳禁などという事はなく、自分のペースで食べられるお店の様だ。


ラーメンも頼んでから15分程で出てきた。その時の店員さんの「ごゆっくり」の一言で、より一層気分良くラーメンを楽しめる。


「ヒナ、先ずはスープから飲んでみて、後は好きな様に食べればいいから」


「うん!」


ヒナは俺に習ってレンゲを持つとスープを一口啜る。そしてなんとも幸せそうな顔を見せてくれた。


「う〜ん、美味しい!」


このお店は贅沢にも厳選した貝類と干したホタテの貝柱、地鶏から取ったスープに、地鶏を低温でじっくりと調理した鳥チャーシューに、その地鶏の味付け卵が乗っている。


麺は小麦の味が感じられる手打ち細麺でスープが絡み、絶妙な味わいを醸し出している。


「このチャーシューてお肉美味しいね、そしてこの煮卵も半熟で美味し過ぎる!」


ヒナさんも大絶賛で、スープも残さずに平らげて見せた。


「いいお店だね、また来ようか」


「うん! 絶対に来たい」


いつになるかは分からないけど、ヒナと2人でまたこの店に来ようとそう思い店を出た。



そんな俺達を町の麻雀店から出て来た黒石良樹が偶然見つける。


「あの野郎!」


「どうしたんだ良樹?」


「おい人数を集めろ! あいつらを今夜のパーティーに招待してやる」


良樹は地元の不良グループに一目置かれる半グレ集団のトップだ。精神会館での立場は悪くなったが、こちらでは恐れ慄かれている存在だ。


よからぬ事を考えているのか、良樹の顔に下卑た笑みが浮かぶ。


そんな事はつゆ知らず、俺とヒナは町へと歩いて行く。




8月12日、午後1時。


ラーメンを堪能した俺達は、町を見ながら歩いていた。


「ヒナ、暑かったら言うんだよ」


「うん、早く行こう!」


町ではこのあと夏祭りがある様で、至る所でその準備が行われている。


赤い提灯が連なってぶら下がり、すでに営業している屋台も何件かある様だ。


「ちょうど夏祭りの日だったんだね」


(康之助さん、だから今日遊びに行けって言ったのか。ありがとうございます…… )


「ねえ優畄、夏祭りて何をするの?」


初めての夏祭りにキョロキョロと辺りを見回すヒナ。


「夏祭りはね屋台でイカ焼きを食べたり、金魚掬ったり、りんご飴舐めたり踊ったり、とても楽しいんだ」


なんともざっくりな説明だが、ヒナぬは伝わった様で、その顔がパッと笑顔にな変わる。


「よし、お祭り見て行こうか」


「うん! お祭り見て行こう!」


近くで準備をしているおじさんにいつからお祭りが始まるのか聞いてみると、午後の4時からだと教えてくれた。


「お祭りまでまだあるね、それまでどこか涼しい所で休もうか」

「うん!」


途中でコンビニに寄ってジュースとアイスを2つ買って来た。


アイスはもちろんガリガリ君だ。


コンビニの近くにあった神社の日陰のベンチに腰掛けると、ヒナと2人でアイスを食べる。


「何これ〜、氷のアイス?」


「頭がキ〜ンて成るから、あまり急いで食べちゃダメだよ」


と俺が注意するも一足遅かった様で、ヒナは頭がキ〜ンとなったのか、目頭を押さえて唸っている。


「う〜ん、これがキ〜ンか……」


「大丈夫か? これは皆んなが通る通過儀礼の様なものなんだ」


「でもこの暑さにこのアイスは最高だね」


アイスを食べ終わり神社のベンチでまったりしていると、この神社でのお祭りの準備が急がしくなる。


「なんかワイワイしていて楽しそう」


「まだ時間があるね、確かコンビニの反対側にゲームセンターがあったはず、そこに行って時間を潰そう」


ゲームセンター内は夏休みの影響か、中高生の子供達で溢れている。そしてほとんどのゲーム機がうまっている様子……。


「う〜ん、空いていないな……」


「ねえ優畄、あれはなあに?」


ヒナが興味を示したのは中にぬいぐるみが積まれたクレーンゲームだ。


「ヒナはどれか欲しいぬいぐるみある?」


「あれ、あの白と黒のぬいぐるみ」


ヒナが指差したのは''ぬんだ''。今話題のパンダの様なカラーリングの珍獣だ。


なんでもどこかの山奥で見つかった狸の変種という話だが、可愛いとぬいぐるみ化されたのだ。


「よし、この''ぬんだ''なら取れそうだぞ」


「本当?」


そして取れた''ぬんだ''のぬいぐるみをヒナにあげる。


「わ〜可愛い! 大切にするね」


''ぬんだ''のぬいぐるみを抱きながら嬉しそうにしているヒナ。こんなクレーンゲームの景品一つでここまで喜んでくれるヒナさんは最高です。


周りの同年代の男子達も、俺達がイチャイチャしているのをチラチラと見てくる。


(まあ、ヒナさんは可愛いからね)


ちょっとした優越感に浸りながらヒナとゲームを楽しんでいると、時間の経つのはあっという間。


時計を見るとちょうと4時前だ。


「ヒナそろそろお祭りが始まるよ、行こうか」


「うん行こう! 遊んでくれてありがと、じゃあね〜!」


ヒナは前に座る3人組の男子高校生と、対戦格闘ゲームで盛り上がっていたのだ。


ヒナにそう言われた3人組は、顔を赤らめてぎこちなく手をふり返してくれた。


(誰とでもすぐ仲良くなれるヒナさんは、少し心配です……)


そして俺はヤキモチにも似た気分と共にお祭りに行く事に。


お祭りの舞台の神社は等間隔に屋台が並び、所狭しと人が行き交っている。


「わあ〜、なんか凄い楽しそう!」


「よし行くかヒナ!」


「うん!」


りんご飴の屋台に向かうヒナを追っていると、昔にもこんなシーンがあったと、フッと記憶が蘇る。


黒石に来てから忘れていた幼馴染の桜子との思い出だ。


(そういえばなんで忘れていたんだろう…… いつの間にか霊力も使えなくなって、それを考える事すら無くなっていた……)


「優畄〜! 早く〜」


「あ、ああ……」


何故かそれで納得してしまう。思考のパターンを誰かに操作されている様なそんな違和感。


今はヒナとのこの時を楽しむんだ。今は考えるのはよそう、桜子や他の事は後でいい。今はお祭りを楽しもう。












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