第60話 新世界へようこそ


あれから俺達はウォーターバイクがある崖下の基地に来ていた。その間会話は無く、2人とも真夏の暑さの元、もくもくと歩き続けたのだ。


行きでは4人の仲間がいたが、帰りは俺とヒナの2人だけ。


ヒナに至っては初めて出来た同性の友達が死んだのだ。それもあんな悲惨な最後なんて、ヒナの思いを考えると心が苦しくなる。


そのヒナは片手に美優子が携えていた刀''虎牙丸''を握っている。せめて形見にと持って来たのだ。


そうゆう俺も仲間を失った事は辛い……


(でも、それでもヒナには明るく笑っていて欲しい。それが俺のわがままだとしても…… )


時刻は午後の1時。今から立てば炎天下の元大海原を渡る事になる。熱中症などの危険もあるため、涼しくなるまで待つのが得策かもしれない。


そう思っていた俺だったが、かつて感じた事のある浮遊感が全身を包み込む。


「ヒナ!」


これは間違いなくマリアによる強制転移だ。離れ離れに成りたくない一心でヒナに手を伸ばす。


「優畄……」


ヒナも同じ様に手を伸ばしてくる。そして俺達は抱き合ったままに、マリアの元に転移させられたのだ。


次に俺が目を開けると、そこにはニコニコと微笑んでいるマリアの姿があった。


「素晴らしい! 素晴らしいですわお兄様。まさかあの黒雨島の幽鬼を封印してしまうとは」


「……」


「当初の見通しでは、お兄様を含めた部隊の全滅も予想していただけに、見事な成果ですわ」


『ギギ……ギ……』


「そうねドゥドゥーマヌニカちゃん、流石はお兄様ね」


「……」


やはりコイツらは幽鬼が封印されずに置かれ、100年の間に力を付けていた事を知ってやがった。


それ以前に幽鬼はあの島で普通に暮らしていただけだ、彼等は呪いで島から出ることができない。


なのに何故彼等と戦わなければならなかったのだ?


正直彼等と戦う理由はなかった。それに戦わなければ、美優子や優作達が死ぬ事は無かったのだから。



俺はマリアと人形の漫才を見ながら、自身の拳に力がこもるのを感じていた。


だが、俺はコイツらに逆らえない、ヒナを守る為にはどんな理不尽な要求だろうと乗り越えなければならないのだ。


マリアの強制転移は黒石の力を持つ者を自由に動かせる。もし悪意で俺とヒナが離れ離れになってしまったら、ヒナは10日しか生きられないのだ。


それは何がなんでも阻止しなくてはならない。


まあそれ以前に、戦ったとしても勝つ事は不可能だろう。見た目は少女だが、中身は全く異質な何かなのだから。



「……それで、今度はどんな仕事なんだ?」


「あらお兄様、良い心がけですけど、今回は休暇を与えようと思ていますのよ」


「休暇?」


マリアからの思わぬ言葉に少し困惑する俺。


「休暇というより修行かしら。正直、お兄様は弱過ぎますわ。あんな幽鬼程度にてこずっている様ではまだまだですわ。お兄様には康之助様のところで、しばらく戦い方の基礎を教わってもらいます」


(康之助…… ああ、確か顔見せの時にいたあの人か)


クセの強い黒石の直系にあって、唯一まともな人だった印象だ。


「康之助様は黒石の若年者の指導を行っています。期間は10日間、そこで強くなって戻って来てください」


「たった10日で強くなれるのか?」


「基礎さえ学べばあとは能力が補ってくれます。だから10日で基礎を覚えて来てください」



(まったく無茶苦茶いいやがる…… でもこれは、逆に考えればヒナを休ませられるな。連戦続きで仲間も失い、心身ともに疲れ切っているヒナには、いい休暇になるかもしれないな)


そんなヒナは、やはりマリアを前にすると一言も話せなくなる。そんなヒナの服を見ると美優子の返り血で酷い有様だ。


(修行?に行く前に、俺とヒナの血みどろの服をなんとかしたいな。あの後は、放心状態で服のことなんて考えてられなかったからな)


「ち、ちょっとマリアにお願いがあるんだが」


「お願い? なんでございましょう」


「シャワーを浴びて、服を着替える時間をくれ」


「……あらやだ、そんな言い方だと私がお兄様にパワハラの意地悪をしているみたいではないですか」


(実際にそうじゃないか……)


パワハラをしている人は自分がそうしているという自覚が無い。自覚があってしている者はただの人格破綻者だ。


「わたしは鬼ではございません。30分の時間を差し上げますからどうぞシャワーに行ってらっしゃいまし」


(それだけ? やっぱりパワハラじゃないか……)


どうやらマリアの場合は後者の様だ。


時間が無いので俺はヒナを連れてシャワールームに行く。この屋敷のシャワールームは男女に分かれており、残念ながら温泉の時の様な事はない。


「ヒナ制限時間があるから出来るだけ早く体を洗うんだ」


「うん、わかったよ。優畄もちゃんと洗うんだよ」


ヒナと俺の着替えは、屋敷内にある売店で買ってある。


この屋敷の売店は、売店というよりショッピングモールに近いかも知れない。500人以上いる従業員のため様々な物が売られており、若い子が着る様な服のショップもあるのだ。


血みどろで現れた僕達に驚いていたショップの店員も、俺達が直系の人間だと知っているため、シブい顔をしながら服を見繕ってくれた。


店員さんごめんなさい……


服を買ったため、シャワーの残り時間があと15分しか無いのだ。


俺がシャワールームで体を洗っていると、いつものように「しっかり頭も洗うんだよ〜!」とか「石鹸はある〜?」とか、心配症なヒナさんの声が聞こえてくる。


他の従業員もいるので恥ずかしいし辞めて欲しいけど、まあヒナさんの好きにさせておこう。


シャワーを浴びて脱衣所に来た時、偶然に鏡が目に入った。


そしてそこには細マッチョ、俗にいうボクサー体型になった俺の姿が映っていたのだ。


「えっ?! これ俺?!」


この屋敷に来る前は、どちらかというともやしっ子だった俺の体は、見違える程に筋肉が盛り上がり男らしい体になっていた。


これも獣器変化が及ぼす能力の一つで、生身のままに魔獣などの能力を使える様にと、体が最適化されての結果なのだ。


俺はしばし鏡の前でポージングをしていたが、従業員の白い目と、時間制限の事を思い出してそそくさと着替えを始めた。


そして制限時間ギリギリのところで、マリアに強制転移させられる。


飛ばされたのは屋敷の玄関。そこではマリアが時計を見ており、1秒の遅れも許さないという意気込みが伝わる。


俺はTシャツを着ている途中で飛ばされ、ヒナも頭を乾かしている時に飛ばされたのか、ビチョビチョの髪の毛のままだ。


まあお互いに服だけは着ていたのでよかったとしておこう。


「お2人共なんとかシャワーは浴びれた様ですね」


「……」


(まったく、どこ希も性根の曲がった化け物だよ……)


「では今から2人を康之助様の道場に飛ばします。くれぐれも怠けない様精進して下さい」


そして俺とヒナは''精神会館''という道場に飛ばされたのだ。

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