第61話 精神会館
優畄達が飛ばされたのは康之助氏が館長を務める精神会館という、総合格闘技の道場だ。
ここでは個人の素質を見抜き、空手、ボクシング、柔道、合気道、剣道、中国拳法、総合格闘技などの訓練が主だが、熟練者に限って銃火器の訓練や能力の鍛錬が許されている。
それぞれの分野の格闘技には師範代がおり、常時実力で勝る者と入れ替わる仕組みだ。
これは身内贔屓で腐敗していた前館長を負かし、一週間前に館長になった康之助が決めた事だ。
それまで自分探しの旅で世界中を回っていた康之助は、本家の命により精神会館の改善と立て直しを言い渡された。
渋々向かった精神会館の腐敗プリに怒り、前館長の黒石省吾との一騎打ちを申し出たのだ。
黒石の掟で強者は絶対というものがある。
この掟は力で奪い取られたものは、力で奪い返さねばならないという厳しい掟だ。
そして一対一の申し出を断る事は出来ないその掟を康之助は利用したのだ。
黒石省吾はかつて、オリンピックの柔道無差別級で金メダルを3期連続で取った猛者だ。
それに彼は【絶姿眼】の使い手だ。この能力は目を見た相手の時間を一瞬止めるという破格の能力。
この能力で彼はオリンピック柔道無差別級3連覇という偉業を達成したのだ。
だが、一度使った相手には2度目は効かないなどの制約もある。しかし刹那の時間に勝負をかける格闘者にとっては誰しも欲しがる能力だろう。
試合の前、誰もが省吾の勝ちを疑わなかった。
だが康之助は省吾と館長の座を掛けて戦う際に、省吾を一瞬で倒し、その左目を抉り取っている。
省吾は【絶姿眼】を使っていた。にも関わらず康之助にはなにも関係なかったのだ。
康之助にとって一瞬程度時を止められたとしても、それは普通の人と大差はない。
因みに目をくり抜かれた事によって省吾は、【絶姿眼】の能力を失っている。
そして康之助は、負けて蹲る省吾に土下座を強要すると、その時の写真を精神会館の本堂中央の柱に、額縁入りで飾ったのだ。
この時の出来事でそれまでの身内贔屓や恐喝、金銭の強要などは無くなり、精神会館で革命が起きた時として、代々語り継がれる事になるのだ。
この衝撃的な館長の交代劇で、減り続けていた練習生が徐々にではあるが、全盛期の水準に戻ってきている。
館内もそれまでの館長の顔色一つで人事が決まる様な事はなくなり、真の実力者が正当な立場に着ける一騎打ちシステムが同入されたのだ。
だがそんな現状が面白くない者も居る。それは康之助に片目を奪われた省吾を中心とした一派である。
彼等は康之助を追い落とそうと闇討ちを仕掛けたり、女の色香を使ったり、時には殺し屋まで雇ったりと、なりふり構わず康之助を陥れようとしたが、悉く退けられてしまう。
暴力では康之助をどうにか出来ないと悟った省吾達は、黒石の本家へ訴え出るという暴挙に出るのだが、それは悪手だった。
精神会館の立て直しを果たした本家筋の康之助と、かたや精神会館を自分達の利益のために利用して、閉館の危機を招いた愚か者。
どちらが本家から支持されるかは明白だった。
黒石省吾は黒石の分家でも名門だったが、御家取り潰しの上、三回級降格で師範代見習いまで落とされたのだ。
それゆえ今この道場はいろいろと混沌としているのだ。
そんな事は知るはずもない優畄とヒナの2人は、精神会館の表玄関前に飛ばされていた。
中からは練習生のものと思われる掛け声が聞こえてくる。
「……」
突然目の前にワープして来た俺達を見た掃除のお姉さんが、目をこれでもかと見開き俺達を凝視する。
「…… ど、どうもです」
一先ず精神会館の玄関で掃除をしているお姉さんに話を聞いてみる事にした。
「…… あ、あなた達、今ビューンて……」
俺達は誤魔化す様に話を続ける。
「じ、実は今日からこちらでお世話になる黒石優畄と言います。こっちの子はヒナていいます」
「黒石ヒナですよろしくです」
胸に刀を抱く少女に少し驚愕気味なお姉さん。
「あ、はあ、よろしくお願いします……」
ヒナがペコリと頭を下げると、掃除のお姉さんも釣られて頭を下げる。
「そ、それであの、館長の康之助さんは居ますか?」
「か、館長…… あっ、居ますよ! 今読んできますね」
そしてお姉さんは逃げるように館長室へ走っていってしまった。
「結構大きいね」
ポツリとヒナが言う。黒雨島の惨劇からいくばくも経っていないが、その顔からは心情は伺い知れない。
「うん、ここで何百人かの練習生が日々鍛錬してるんだね」
(俺達もここで修行するのか、なるべくヒナには負担をかけない様にしないと……)
時刻は午後の5時、夏の日差しも弱まり過ごしやすく
なってきた。
そんな中食べ物に寄り付く虫の如く、ヒナに惹きつけられた者達が……
「あれ、なになに新入生?! 可愛い! よかったら俺達がこの中案内するよ」
「おっ!マジ可愛い」
「ついでにいろいろ教えてあげるよ!」
突然の掛け声と共に絡んで来た5人組のチャラ男集団。皆ここの練習生なのか、背も高く良いガタイをしている。
どうやら俺そっちのけでヒナを口説くつもりだしい。
「ねっ、なんなら俺等とこれから遊びに行かない? 楽しい所案内すっからさ」
馴れ馴れしく俺達に近くと囲う様に立ち塞がる。
(コイツら慣れてるな)
「あの、そうゆうの辞めてもらえます?」
ため息を一つ吐くと、俺はヒナを守る様にその前に立つ。
「あっ! クソガキがお前には用はねえんだよ、引っこんでいろ!」
チャラ男の1人が恫喝の教科書通りに、俺の襟首を掴んでくる。
恐ろしく鈍い動きだ。まるでスローモーションの様なスピード。俺自身の身体能力が上がった事で、集中時の動体視力も跳ね上がっているのだ。
俺はもう一つため息を吐くと、あえて襟首を掴ませた。正当防衛を主張するには先に相手に手を出させるのが得策だ。
条件は揃った。俺が襟首を掴んできた男を軽くいなそうとした時、俺より先にヒナさんがブチ切れたのだ。
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