第59話 孤独


8月9日、朝の8時。


昨晩俺達は代官屋敷に泊まった。あれから美優子は何故か俺達を避けている様で、結局朝まで話しをする事はなかった。


ヒナは余程疲れていたのか、5時頃まで眠り続けていた。そうゆう俺も美優子ちゃんと分かれた後、ヒナの横で寝落ちてしまった様だ。


起きたのが今なのだからそういことだ。


それでも眠る俺達に毛布が掛けてあったのは、美優子ちゃんの優しさの現れだろう。


そんな美優子が目の下に隈を作り、優畄達の前に現れた。


きっと泣いて眠れずにいたのか、今後の事をいろいろ考えていたのだろう。



「あっ、美優子ちゃんおはよう!」


そんな美優子を気遣い、逆に明るく振る舞うヒナ。


「2人共おはよう。しかし朝から暑いわね」


美優子が鬱陶しそうに夏の日差しが強い外を見る。


「幽鬼を封印したせいかな。常時漂っていた霧が晴れて日差しが暑いね…… 」



幽鬼達を封印した影響か、黒雨島に夏の暑さが戻って来たのだ。それまで霧などの影響でしっとりと過ごしやすかった環境から180度変わったように暑い。


午前の8時だというのに暑い、とにかく暑いのだ……


「この暑さはキツイわね…… ウォーターバイクがある崖下の基地迄10km近く有るから水は必需ね」


一晩経っていろいろ考えをまとめたのか、美優子から前向きな意見が出る。


「でも飲める水なんてこの近くに有るのかな?」


「水? 水なら大丈夫、私が幾らでも出せるから」


そう言うとヒナは、自身の手のひらから水を沸き上がらせたのだ。


ドクドクとヒナの手から湧き出る水に度肝を抜かれた俺と美優子。


「ひ、ヒナちゃん、そんな能力いつ覚えたの?」


「昨晩に美優子ちゃんが優畄に"癒しの泉"を使ってるのを見て、真似してみたら出来る様になっていたの」


「ま、マジで……」


ヒナの【水蓮掌】は美優子の【水操術】の完全な上位交換にあたる能力で、自由に水を生み出し操る事が出来るのだ。


この能力を極めれば、ダイヤモンドをも斬り裂く超水圧のカッターや、津波などを操れる様にもなれる。


もちろん優畄を癒した能力も、極めれば一瞬で対象を癒す事が出来る様になる。攻撃も回復も万能にこなす、ヒナの進化が止まらない。


「…… ヒナちゃん凄すぎ……」


(こ、これは…… より一層ヒナさんに頭が上がらなくなりそうだぞ…… )


そう言う優畄の能力も、側から見れば破格の能力なのだが。そしてまだ気付いていないが、彼もしっかりとランクアップしている。



「……あの、2人にお願いがあるのだけど、ここから立つ前にお兄ちゃん達を埋葬したいの…… 」


「ああ、もちろん手伝うよ。あのままにしてはおけないからね」


「弓夜さん達にご苦労様しなくちゃね」


「2人共ありがとう……」


俺達は弓夜さん達の亡骸を降ろすと、穴を掘ってその亡骸を埋めた。そして簡単な墓標を立てて、せめてもの供養とした。


穴掘りも俺の規格外のパワーが有ればあっという間に終わる。


美優子としては遺骨だけでも持ち帰りたかっただろうが、呪毒で腐敗した体は骨まで溶けており、酷い有様だった。


「私の【火焔掌】の火力がもう少し高ければ……」


ヒナの【火焔掌】はいま摂氏800〜900度前後、人体は水分が多いため、1000度以上の火力でなくては時間がかかり過ぎるのだ。


優作の亡骸はどこに有るのか気になったが、彼女に聞く様な無粋な事は出来なかった。


短い間とはいえ共に行動した仲間の死は、やはり辛いものがある。だけど生き残った者として先に進まねばならないのだ。



「……これ以上暑くなる前にここを立ちましょう」


弓夜さん達に別れを告げていたのか、墓標の前で1人佇んでいた美優子が俺達の元に来てそう言う。


「うん、そうだね」


「よし、行こうか」


俺達は出来るだけ明るく美優子に接する。こうゆう時は変に気を使うよりその方が良いと思ったからだ。



時刻は10時、真夏の太陽が照り付ける中、代官屋敷から出立する。


去り際、崩れた代官屋敷の塀が大きく崩れている場所が目に入った。


美優子がその場所をジッと見つめている事から、あの場が優作の死んだ場所だと理解できた。


無言のままに、いつまでもその場所を見続ける彼女に、俺達はその気がすむまで待つ所存だ。



「…… 優ちゃ…… 優作はね、最後に私に好きだって言ってくれたの…… その返事も返せてないままなのに…… 」


「美優子ちゃん……」


その場で泣いてしまった美優子を慰めるように、ヒナが抱きしめる。


俺もジッとしていられず、そんな2人を覆う様にその肩に手を回す。


その温もりに留まっていたものが崩壊するように、美優子はいつまでも泣き続けていた……。


どれほど経っただろうか、泣き止んだ美優子が顔を上げる。



「…… 2人共ありがとう、最後に優作にお別れだけしてくる」


そんな彼女は少しだけ前向きのいつもの美優子に見えた。


そう言って優作の死んだ場所に向かう美優子だったが、屋根を伝い猿の様な何かが迫って来るのに気付かない。


「危ない!」


その猿の様な何かは手の力を使い勢いよく飛び上がると、突然に彼女の首筋に噛み付いたのだ。



「美優子ちゃん!」


美優子の首筋から凄まじい勢いで血が吹き上がる。


その猿の様な怪物は子供用の着物を着ており、見え出る身体中に火傷を負っている。そして頭が縦に割れ、おぞましい口の様な裂け目から血を滴らせこちらを睨む。


『ギガアアアアァァ〜〜!!』


「なっ、子供?!」


ギリギリその化け物が子供に見えたのは気のせいだろうか。化け物は次に俺を標的に定め、首筋目掛けて飛び掛かってきた。


俺はすかさず''怒りの鉄拳''をその化け物に合わせて放つ。俺のパンチを脇腹にもろに食らった化け物は、ギャンとばかりに吹き飛ばされ地面を転がった。


そして敵わないと悟ったのか、殴られた場所を気にしながら、一目散に逃げ出したのだ。


化け物が逃げて居なくなったのを確認してから、俺は奴に噛まれた美優子の元に向かう。



「美優子ちゃん大丈夫、大丈夫だからね! 私が必ず助けるからね!」


ヒナが両手で傷口を塞ぎ、【水蓮掌】の能力で癒し続けているが、美優子は首の半分を食い千切られているため、傷口から血が噴水の様に次から次へと溢れ出てくる。


全身血塗れに成りながらも、必死に能力を使うヒナ。


だが、尋常じゃない出血の量に、目覚めたばかりの拙いヒナの能力では、美優子をほんの僅かの間繋ぎ止めるので精一杯だったのだ。


そして徐々に、美優子の目から光が失われていく……。


「美優子ちゃん! 諦めないで!」


「……ゆ、優作…… み、皆………」


「美優子ちゃん!」


一言そう呟いた後、ヒナの努力も虚しく美優子の目から光が消える。


最後に何かを求めるかのように、震える手を伸ばしたところで美優子は息絶えたのだ……。



「美優子ちゃん!? 美優子ちゃん!!」


それでも''治癒の手"を使う事をやめないヒナ。


「……ヒナ、もういいんだ」


「だって!」


死んだ美智子の傷口に未だに手を当てて、能力を使い続けるヒナ。そんなヒナを俺は強く抱きしめる。


「もういいんだヒナ……」


すると俺の胸でヒナが大声を出して泣き出した。


「うあああああああーー!!」


初めて出来た同性の友達の死に、今までの心労が重なったのだだろう。


「……」


俺はヒナが泣き止むまでそのまま抱きしめていた。

そして2人で美優子の亡骸を優作が死んだ場所と同じ所に埋葬した。



ーーー



その頃優畄達から一目散に逃げ出した彼は閉じ込められていた土蔵の中に逃げ込んでいた。


外を歩く事に慣れていなかった彼は、代官屋敷へ行くのに一晩も費やしてしまった。


その間、突然の真夏の暑さと紫外線が彼を焼き続けたが、両親の敵を取るという決意のもと、代官屋敷まで辿り着いたのだ。


そして美優子に襲いかかった。そこまでは良かったのだが、両親を消滅させた憎むべき奴等は、彼では争う事の出来ない恐ろしい相手だった。


彼は優畄に殴られた痛みと恐怖で完全に怯えきってしまったのだ。それに何故か身体中がヒリヒリと痛む。


(痛い! 痛いよ! 父様、母様…… オイラ頑張ったのになんで……うううっ……痛い、痛い……)


彼が土蔵に辿り着くのにおよそ5時間。その間彼の体は、限界を超えて焼かれ続けた。焼け爛れた体がなんとも痛ましい。


優畄に殴られた衝撃で肋骨は折れ、紫外線で焼かれた彼の体は皮膚呼吸が出来ず、治療も出来ないためそのうち腐りだすだろう。


それ以前に自身で食料を取る術を知らない彼に、どのみち生き残る未来は無かったのだ。


(……う、うう…… 父様、母様…… )


彼の命は長くない。だが彼は愛おしい両親を思いながら土蔵の奥で蹲り静かに震えている事しか出来ない。


そして誰知らず1人で死んでいくのだ。









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