第20話 ボーゲルと権左郎1、始まり




黒石家の屋敷、その元当主の権左郎の部屋にボーゲルはいた。


僕らを磯外村に捨ててとんぼ帰りしてきた彼はそのまま当主の権左郎に報告に来たようだ。



「優畄様をあの村に置いてきましたが、本当によろしかったのですか?」


「うむ、あの村での実験は失敗に終わった。もう残しておく必要もないじゃろう」


「あの地に住み着いた者達の後始末は、優畄様ではいささか力不足かと」


「確か将毅が失敗した案件じゃったな」


「はい。現地に送ったその日に救助信号が出されました」


「……」


2人とも苦虫を噛み潰した顔になる。



「彼奴には深く深く墜ちてもらわねばこまる。その為に子付きの女に母親役をやらせておったんじゃからな。彼奴の絶望が良きスパイスになるのじゃよ」


「それで死んでしまっては元も子もないのでは?」


ボーゲルの指摘に高笑いで返す権左郎。



「彼奴も黒石の者じゃ、あの程度で死んでしまうならその程度の者。ならば新しい候補を見繕えば良いだけの話し、変わりなぞ幾らでも居るでな」



なんとも邪悪な顔でそう言い放つ権左郎。彼に孫への愛情など皆無なのだ。



「陣斗に伝えよ、あの実験は他の地で行えと。それと惟神共の巣はまだ見つからんのか?」


「今しばらくかかるかと」


「見つけ次第総動員で滅ぼせ」


「はい。かしこまりました」


ボーゲルが去ったあと辺りに人が居ないのを確かめて、布団の下に隠していたゲーム機で遊び出す老人。



「アッハ〜! モナちゃん、今日もお爺ちゃんと冒険しましょうね〜!」



権左郎が遊ぶのは今巷で流行っている[モナと一緒]というゲームで、モナと言う女の子を赤ん坊の頃から育てて冒険者にするという育成ゲームだ。


いま権左郎のモナちゃんはLv100、最高レベルである。


狂った様にゲーム機の画面に見入っている老人に黒石家の当主たる威厳は皆無だ。




ーーー




辺りが完全に闇に覆われ虫の鳴き声一つも無い磯外村で、僕たちは今カップラーメンを食べている。


僕が赤○キツネでヒナが緑○のタヌキだ。


この村の現状から、ガスや水道などのライフラインは止まっているだろうと心配していたが、どちらもまだ生きていたのだ。



「ラーメン、ラーメン!カップラーメン〜!」


ヒナが初めてのカップラーメンに興味津々で、お湯が沸くまでの間、クルクルと容器を回していた。



「お湯を入れてから3分待つんだよ」


「3分もぉ?」


お腹が空いていていて早く食べたいのか、ヒナが不満そうにこぼす。


その間に僕は鯖の味噌煮の缶詰を開けようと缶切りを探す。この缶詰は古いタイプの物で、缶切りが無ければとても開けられそうもない。


自分の能力で爪を伸ばして使う手も考えたが、まだ能力を使い慣れていない僕では末端の操作が難しいのだ。



キッチンでは護身用に包丁もお借りしておいた。

備えあれば憂いなしということだ。


これはヒナに渡して彼女用の護身用の武器にする。


缶切りを探して缶詰を開けると丁度3分経った様だ。僕は天ぷらは後乗せサクサク派だが、ヒナには硬いものはまだ早いと思い、天ぷらに汁を吸わせてあげる。



「せ〜の、「「いただきます!!」」



ヒナと2人でたいただきますを言うとカップラーメンを食べる。


未だに箸の使い方がぎこちないけど、フウフウとさましながら食べる様はとても可愛いらしい。



「ヒナ、カップラーメンは美味しい?」


「うん!とても美味しい」


どうやらヒナはカップラーメンが気に入ったようだ。



2人して携帯の明かりの中カップラーメンを啜る。

家に電気は来ていたが、明かりを灯すのを躊躇したのだ。


周りが暗い中、一件だけ明かりが灯っていれば悪目立ちするのは必然だ。少しでもリスクは回避しなければならないだろう。


ついでに携帯の充電もここでさせてもらった。

携帯は繋がらないけど光源や時間を調べたりと、使い用途はあるからな。


ああもちろんカップアイスも食べたぞ。冷たいアイスを美味しそうに食べるヒナに萌えたのは言うまでもない。



時計を見れば夜の7時を回ったところ、一応窓から外の様子を伺って見るが、今のところ異常は見られない。


それでも用事に越した事はない。


僕の目は能力のおかげか夜目が効く。辺りが真っ暗でも月や星明かりでそこそこ見えるものだ。



そして寝るにはまだ早すぎるのでヒナと2人、持参していたトランプで遊ぶ事にした。


2人しか居ないのでトランプの数をスペードとハートの半分だけにして遊ぶ。種類はババ抜きや大貧民などだ。



そして始まってから数分、



「あっ、また僕の負けだ……」


「フフフ、だって優畄はすぐに目に出るんだもん」


覚えの良いヒナはあっという間にコツを掴み、僕の弱点を見抜く程に成長したのだ。


生まれて2日なのに喋り方も痞える事なく話せる様になって来た。彼女の成長の速さには驚かせられる。



「参ったな、トランプじゃあもうヒナに勝てそうにないぞ……」


「フフフもう優畄には勝たせてあげないぞ!」


ワイワイキャッキャと盛り上がっていた僕たちだったが、僕の能力で研ぎ澄まされた聴覚が何かの音を拾った。


ペキッという何かを踏んづけた様な音。

距離はここから10m程西側、海が有る方だ。


僕はヒナに、口に指を当てて静かにしていてのジェスチャーをすると、先程確かめた窓から外の闇を眺めた。



そこにはこの家を取り囲む様に闇夜を進む、化け物たちの姿があったのだ。






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