第19話 役場職員のレポート
磯外村、ある役場職員のレポート。
その日は5月だというのにとても暑い日だった。
河川敷近くの住民から悪臭と汚染で何度目かの通報があり、担当である私が調査に向かったのだが、現場に到着するとそこはひどい有様だった。
役場に通報した住民たちは川から流れ出た悪臭と有毒ガスにより次々と倒れ、吐き気をもよおす者や、昏睡状態に陥った者もおり、私はすぐさま救急車の要請をすることにした。
この悪臭騒動は上流にある黒石系列の研究所が垂れ流す廃棄汚水が原因だ。
たまに公害スモッグに似た霧も発生していたため、役場経由で何とかしてくれと何度も頼んではいたのだが、黒石からは梨の礫だった。
今回の異臭騒ぎも黒石の怠慢による必然だろう。
だが通報はしなかった。いや、出来なかったというのが正直なところだ。
こんな小さな村では黒石に睨まれては生活が成り立たなくなるからだ……
幸い患者達は黒石系列の病院へ搬送され皆一名を取り留めている。
黒石からも防護スーツを着た研究者と思われる者たちが村に訪れ、事態は終息に向かうと思われ
ていた。
だが、そうは成らなかった。
その後も上流の研究所が垂れ流す汚水は止まる事なく、患者の数も村民の7割近くまで増加し、それに加えて近海の汚染を懸念する声まで上がりだしたのだ。
我々の口に入る物が汚染されたとあっては話は別だ。
事態は急を要する、たとえ黒石の家と揉める事になったとしても、この問題は解決せねばならない。
それに私自身、最近体の調子がおかしい……
体の中を何かに蝕まれている様な感じがする。
あのスモッグなり汚水の影響かも知れない。
そこで私は決意を堅めた。この一連の事態を告発する事にしたのだ。
だが私の決意とは裏腹に事態は最悪の展開へ進んで行く……
6月6日、その一報が届いたのは私が告発のための書類を整理している時だった。
例の異臭騒ぎ以来寝たきりだった老人や患者達が、突如として凶暴化し家族や村人を襲い出したのだ。
私は事態の沈静化を図ろうと奔走したが、凶暴化した村人達にはこちらの言葉は届かず、犠牲になった者たちまで彼等と同じように暴れ出す始末。
凶暴化した者達は皆一様にミイラの様に痩せ細り、歯も鋭い八重歯へと変わっている。手には鋭い爪と思わしきものが生えており、常人を超えた運動能力は脅威の一言だ。
私は無事だった30人程の村人達と共に小学校の体育館に立て篭もり、来るかも分からない救助を待つ事にしたのだが、望みは極めてうすいだろう……
なぜなら、ここは携帯電話も届かず無線も黒石の奴等に妨害されるのが分かりきっているからだ。
助けを求めるため誰かを村の外に送り出そうという案もあったのだが、黒石の奴等が町を囲う様にバリケードを建て私達を隔離したのだ。
それでも諦める事なく、なんとか今日まで生き繋いでいる私達。
奴等は夜中の方が活動が活発になる様で、昼間は汚染された海の中に潜っており、浜辺から海の中へ歩き入っていく姿が確認されている。
6月10日
そして立て篭りから3日目の晩、アレは現れた。
体長10mの一つ目の巨人で、フジツボがより固まったようなおぞましい顔をした醜悪な化け物だ。
そいつは全身もフジツボに覆われており、放つ悪臭はその見た目と相まって吐き気をもよおす程だ。
化け物は全身のフジツボから黄色い煙りのようなガスを噴射させながら体育館にちかづいてくる。
そして奴は力任せに体育館裏の非常用出口を殴り付け、そこに大きな穴を穿ったのだ。
穴から住民だった化け物たちが雪崩込み、そして私達の命は無惨にも奴等に刈り取られたのだ………
それから幾日程経っただろう、なにも考えられず、何も話せぬまま時間だけが過ぎていく……
心を満たすは虚無の闇、暗い暗い闇だけの心。
そして私達は赤く濁った視界で彷徨い歩き、暗く濁った海の底で待つのだ、新たなる生贄の到来を。
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