第9話 亡者の宴
すっかり僕が眠り込んだ深夜2時、丑三つ時といわれる怪異が蠢く魔の時刻。
『寝たかえ?』
『ああ、寝た寝た』
『寝おったわい』
『ぐっすりじゃ』
不気味にくぐもった声の主は、部屋に飾られていたお面たち。元この家の当主や、重要な役割を担っていた黒石の血族の者達だ。
彼らはもちろん死んだ者たちだが、長い年月を有し付喪神となったお面に依代し、視界と言葉を得ているのだ。
『此奴が新たな黒石の当主候補かえ?』
『前の当主候補は脆かったからの』
『ほんにな、僅か5年しかもたなんだ……』
『この者はどうじゃ、黒石の力を封じられているようじゃが』
『奴等が仕込んだ霊力が邪魔をしておるのじゃ』
『うむ、忌々しい惟神の愚物共め…… 見事に先手を打たれたわい』
この部屋は降魔の儀を取り行うための部屋だ。
降魔の儀とは、いわば新たな当主候補の先祖へのお披露目会みたいなものだ。
そのため黒石の当主候補は必ず、一度はこの部屋で一晩を明かさねばならない。
そして、この醜悪な先祖の亡霊へのお披露目会は、あるおぞましい儀式のための品定めの場でもある。
『掌制転生の為の依代にはいささか力が低過ぎる気はするが……』
『霊力と黒石の力が鬩ぎ合っておるのじゃよ』
『不愉快極まりないわ……』
『案ずるな、その点はボーゲルに任せてある』
『彼奴に任せておけば間違いは無いじゃろ』
『ああ、あの小鼠供の始末も彼奴に任せておけば万全じゃ』
『さて、この者はどの様に踠き足掻いてくれるかのう』
『ああ、楽しみじゃ』
『キヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒヒッ……』
夜の闇に溶け込んでいくかの様に彼らの声が消えていく。そんな事は知る由もなく僕は眠り続けていた……
ーーー
「優畄様、顔見合わせの時間が迫っています。お起きください」
8月2日朝6時、
僕はボーゲルさんに起こされた。見下ろされながら起こされたのは初めての経験だった。
今日は昨晩お開きになった黒石家親族との顔合わせが有るという。
ご飯もたべずじまい。それにお風呂にも入らなかったため、先にそちらを済ませてから大広間に行くという事になった。
昨晩の出来事が尾を引き、朝起きても正直僕の気分は優れない。
まだ布団にくるまって寝むっていたい……
だが有無も言わさないボーゲルの圧力に、僕は仕方なく起きる事にした。
起きた時に薄らと見えた部屋の中の様子、我ながらよくあの中で寝ていられたと関心する。
(夜中は気づかなかったが、この部屋かなりヤバい仕様になっていたんだな……)
そして部屋を出るとボーゲルに案内されお風呂場へ。
僕の前を歩くボーゲルを見ていてフッと思ったが、純和風のこの屋敷にボーゲルさんは絶望的なほどに似合わない……
(なんで外国人でもあるボーゲルさんはこの屋敷で働いているのだろう? 機会があれば今度聞いてみようかな……)
冗談みたいに長い廊下をグニグニと曲がり、案内されたお風呂場は驚愕のものだった。
この屋敷のお風呂場はまるで銭湯とみ見まごう程に広く、湯船の数も掛け流しの温泉から柚子湯、酒風呂、サウナなど数多くの種類がある。
まさにスーパー銭湯そのものだ。
そのスーパー銭湯を使うのは僕1人だけ。貸切状態のお風呂でチラチラと周りを伺いながら僕は体を洗う……
(うう……なんか落ち着かないな……)
広い洗い場で1人寂しくささっと体を洗い、お湯を沸かしただけの普通のお風呂に浸かると、フウ〜と息が漏れ出る。
「日本人の喜びだね〜」
もっと他のお風呂も試してみたいがそんな暇は無いようだ。
「優畄様お急ぎください」
そう、お風呂の脱衣所からガラスの扉越しにボーゲルが僕を急かすのだ。
(ハア……ゆっくりと湯船に浸かっている間も無いのか……)
風呂から上がり脱衣所に行く僕。
脱衣所にボーゲルの姿は無かった。だが風呂の外、扉越しに急げ急げとボーゲルの圧力が伝わってくる……
「……」
次に案内されたのはそこそこの広さの座敷で、畳の上に直に置かれたお膳の上に朝ごはんが配膳されている。
それが僕の朝食のようだ。
この部屋にも僕以外には誰も人はおらず、床の間に飾られたお菊人形を見ながらの食事は寂しいものだ。
「なんだろう、この家に来てからボッチ率が異様に高いな……」
くだらない事を考えながらさっそく食べる事に。
朝ごはんのメニューは、ご飯に生卵、焼き魚に味噌汁、糠漬けと、THE朝ごはんといった定番の旅館メニューだ。
「美味っ!」
そのシンプルな朝ごはんはどれもこれも信じられない程に美味しく、満足のいくものだった。
そして朝ごはんを食べ終えた僕はボーゲルに急かされながら、魑魅魍魎が曰う石黒家の人々が集まる大広間にむかうのだ。
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