第8話 偽りの家族


「優畄、お前をずうっと待っておったぞ。我が後継者よ」


お爺ちゃんのローボイスが大広間に響いた途端、一斉に僕を見る黒石家の血族たち。



(はっ? えっ、えっ〜!? 待て、待て、待て! 僕がお爺ちゃんの後継者て、ええ!? どうゆう事なの?!)



突然の事態にパニックになる僕。そして助けを求める様に母親の姿を探す、だが何故か黒石家の人々の中に僕の母の姿が無いのだ……


いつも仕事仕事で、家で会ったことはほとんどなかった母さんだけど心配は心配なのだ。



(ど、どうゆう事だよ、僕より1日先に出たはずなのにまだこの屋敷に来ていないのか?! それともま、まさかあの駅で僕が会った怪物に……)


僕がよからぬ方向へ考えを巡らせていると、そんな僕の状況に気付いたのかお爺ちゃんが口を開いた。



「優畄よ、お前が混乱するのも無理はない。だが今日からこの屋敷で暮らすのだ、ここに慣れでばその混乱もすぐ晴れることだろう」


お爺ちゃんがまた何かとんでもない事を言っている。



「ちょ、ちょっと待ってください! 僕がここで暮らすて、ど、どうゆう事なんですか?! それに、僕の母さんが見当たらないのですが……」


僕がこの屋敷で暮らすとか、どうゆう展開なんだ?洒落にならな過ぎる……



「お前の母親? ああ、あの者の事か。あれはお前の本当の親ではない」


「えっ!? そ、それはどうゆう……」


またまたお爺ちゃんからとんでもない話が飛び出す。そのカオスな状況に僕の頭の回転はまるで追いつかない。



「本人に確かめた方が早いじゃろ。おい!」


「はい。」


なんと返事が上がったのはこの屋敷の召使いたちの列からだった。


そして召使いの列から出て来たのは間違いなく、僕が長年母親だと思っていた人物その人だったのだ。



「えっ、か、母さん!?」


美乃と呼ばれた人はスルスルと僕の前にやってくると、真っ直ぐに僕を見つめてくる。



「か、母さん、先にここに来ていたんだね。心配しちゃったよ……」


「違います優畄様、私は貴方様の御母様ではございません」


「か、母さん?……」


僕の母親だった人は、なんともあっけらかんと僕にそう言った。



「な、なにを言っているんだよ母さん、僕だよ優畄だよ?……」


最初、母さんにそっくりな人か本人が、悪ふざけでもしているのではないかと、タチの悪いイタズラではないかと思っていた。



「優畄様、私は大旦那様から貴方様の世話を言い使り、それを行っていたただの召使いでございます。この屋敷で働き御給金をいただいているただの召使いでござます。優畄様の御母様などとは恐れ多い……」


まるで表情を動かす事なく淡々と僕に告げる母親だった人。その目からはなんの感情も伺えない。


この人は今までの僕との生活は、お給金を貰うための仕事と割り切っていると言っているのだ。



彼女と過ごしたこれまでの日々が思い出される。


日々の生活の些細なことで苛立ち喧嘩したりもした、それでも楽しかった母さんとの生活。


あれが全て嘘だったていうのか……



「……か、母さん……」


「もうよろしいでしょうか優畄様?」


「………」


「よろしければ私は控えさせていただきます……」



きっとこの人にとって僕との生活は、命令に従っていた仕事の一つでしかなかったんだろう……


僕がもはや一言も言えないでいると、彼女は僕に深々と一例だけし、元の召使いたちの列に戻っていった。



これで何年間かの彼女との親子ごっこは、幕を閉じたようだ。



もはや本当の親が誰かとか、この家で暮らす事にどうのとか、そんな諸々がどうでも良くなった。


もはや僕は何も考えたく無いのだ……



「優畄も今日は疲れたじゃろう。親族の紹介は明日にし、今宵はゆっくりと休むがいい」


目の光が消え反応の無くなった僕を気遣ってくれたのか、お爺ちゃんがこの集会を開きにしてくれた。


大広間にはボ〜ンボ〜ンという深夜の12時を告げる大時計の音だけが響いていた。


寝室へはボーゲルが案内してくれるだしい。



あの大広間からどれほど歩いてただろうか、幾重にも曲がりくねる廊下の先にその部屋はあった。


寝室として案内された部屋は1人で寝るにはいささか度が過ぎるほど広い部屋だった。



「今宵はこちらでお休みください。それでは」



部屋には僅かな明かりを灯す蝋燭が一つあるだけで、部屋の全景を伺い知ることは出来ない。


薄らと暗い部屋の壁上には、歴代の黒石家当主の肖像画なり写真入りの額縁が掛けられており、その下に等間隔で様々な種類のお面が飾られている。


一見すると不気味極まりない部屋だが、今の僕の精神状態ではそれに気付く事はないだろう。


もしそれに気付いたとしても、今の僕では何も感じることはない。


部屋の中央の蛍光灯の下にはすでに布団が引いてあり、僕が直ぐにでも寝れる様にとの心遣いをかんじた。


僕は相棒のリュックを直ぐ脇に置くと、布団の中に入り込む。僕が布団に潜り込むと疲れていたのか自然と瞼が閉じた。


「………」



今日は疲れた。明日以降がどうなるかは分からないが、眠りたい。


とにかく僕は眠りたいのだ。



そして僕はすんなりと夢の中へ……

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