第6話 ボーゲルとドライブ、千姫の夢



ボブをあっさりと片付けたボーゲルの燕尾服には、シワの一つどころか埃さえ付いていない。


その圧倒的な強さに僕は言葉を失う。



(し、信じられない…… 素人目にもボブの動きはかなりのものだったと思う。だけどまるでボーゲルさんの相手にはならなかった…… )


ボーゲルは一仕事終えた後の様に、たいして乱れてもいない燕尾服のえり首を直す。


そして何事もなかったかの様にリムジンの運転席に着いた。


ズズイとばかりに、2mオーバーの巨体を運転席に滑り込ませる様はとても驚異的だ。



「お待たせいたしました。それでは参りましょうか」


バックミラー越しに見える彼の顔に何ら変化はない。


きっとボブとの事も彼にとっては、うるさく纏わりつくカトンボを追い払う程度のことだったのだろう。



(…… あまりこの人を怒らせない様にしよう)


僕はそう心に誓った。



リムジンが止まっているのは石碑の手前だ。


少しずつ動き出したリムジンが石碑を超えた途端、なんとも言えない違和感に僕は包まれた。


例えるならば何かを遮る様な薄い膜が、辺り一面に張り巡らされた様な、僕と外の世界を隔離するような奇妙な感覚。


助けを求める様に運転席のボーゲルさんを見るが、ボーゲルさんはなにも感じなかったのか、その反応は無い。



しばらくするとその奇妙な感じも薄れ、僕は強引に気のせいだと思うことにした。


(きっと今日はいろいろあり過ぎて疲れているんだ……)



そしてリムジンは暗闇の山道を走り出りだす。


夜の闇で前方は分からないが、鬱蒼とした森が続いているのは分かる。


そしてライトに照らされた反射板越しになんとか見える道筋。まるで蛇の様にグネグネと曲がりくねっており、どこまでも続いていそうだ。



(この様子だと親父の実家にはとうぶん着きそうにないな……)


山奥の道のため舗装はガタガタだが、リムジンのリアシートではあまり振動も感じない。


ボーゲルさんの運転が上手いという事もその一因だろうか。


しかしよくあんな前傾姿勢でこんなに上手く車の運転が出来るものだ。


ボーゲルの運転技術に関心するも、シ〜ンとばかりに車内は静まりかえっている。



「……」


「……」



(しかし会話がないな…… 僕から何か話しかけた方がいいのだろうか?)


歳上の人に話しかけるのは苦手な僕は、沈黙と共に場を過ごす事に決めた。


(歳上相手は無駄に疲れるからやなんだよな……)



時計を見ればもう午後の9時を回っている。


(このままだとお爺ちゃん?との顔合わせも明日になるだろうな…… 今日はいろいろあり過ぎた、布団に入って早く眠りたい……)


そんな事を考えていたせいか、僕はいつの間にやら眠りの中に。



夢を見ていた……


僕が小さい頃の夢だ。


僕は誰かに手を引かれて神社への階段を登っていた。僕の手を引いているのは狐のお面を被った和服を着た少女。


さいしょその女の子が幼馴染の桜子かと思ったが、どうやら違う様だ。


場所もまるで記憶にない。森に隠れ、周りの木までも苔に覆われた古びた神社だ。


僕を引いていた手を離すと少女は、灯籠の上に飛び乗った。


そして女の子は、階段横の等間隔に置かれた石灯籠の上を、ピョンピョンと華麗に飛び跳ねて上に登って行く。


僕も負けじと女の子の後を追って階段を駆け上がっていく。


だが階段は100段近くあり、最初は僕も勢いよく上がれていたが、4〜5歳くらいの体では限界も早い。


息を切らしながらなんとか、階段を鳥居がある最上段まて登りきるとそこには、驚きの光景が広がっていた。


神社の境内は苔に覆われていたそれまでの景観とは違い、輝くばかりに美しく整っている。


その光景を見た途端、僕の疲れは吹き飛んだ。


そして神社の本殿に至る参道脇には、数知れぬ名も無き神々が立並び、僕の方を一心に見つめているのだ。


先程の女の子といえば本殿の賽銭箱の上に座り、待ちくたびれたかの様に足をプラプラとしている。


だが階段を上がって来た僕の姿をその目に捉えると、途端に満面の笑顔を作り、僕を誘う様にその手を差し出したのだ。




次の瞬間、僕はボーゲルさんに揺り起こされ現実の世界へと戻らされてしまった。



「優畄様お起きください。黒石の屋敷に到着いたしました」



夢から覚める際に「油断をしていれば、小虫共め……」という誰かの呟き声が聞こえた気がしたが、僕の気のせいだろうか?




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