第5話 おぞましき者達、さよならボブ……



ある古くて広い屋敷の一室、頭のない雛人形が飾られた不気味な部屋で鏡を覗く幼女がいた。


その鏡に映る光景はバスの車内。ドレッドヘアーの外国人に絡まれた純日本人の男の子。


映るはずのないその光景にボソボソと何かを呟いている。



腰まである長い金髪に青い瞳、人形と間違われる程に整った顔に、透き通る様な白い肌。


服装は黒いワンピース、その胸には彼女と見た目が全く同じなゴシックドールを抱いている。


古風な日本家屋に不釣り合いな彼女の見た目は異質そのものだ。



「ドゥドゥーマヌニカちゃん、あの人が私たちの新しいお兄様ですよ」


『……ギギ………』


「そお、ドゥドゥーマヌニカちゃんも嬉しいの」


不気味に蠢く人形相手にお喋りを続ける幼女。


「お兄様、さっきは危なかったわね。あの後も私が操り誘導してあげたからよかったけど……」


『………ギギ……ギ………』


「うふふ、そうかも知れないわね。ところでドゥドゥーマヌニカちゃん、何を食べたの?白状しなさい」


『ギギ……ギ………』


幼女に怒られドゥドゥーマヌニカちゃんは、その小さな口から人間の物と思われる所々に噛み跡がある腕を吐き出したのだ。


「あら、また召使いの娘を食べちゃったのね。あれほど許可なく食べちゃダメて言ったのに……

でも仕方ないわね、ドゥドゥーマヌニカちゃんは育ち盛りですもの」


『……ギギ、ギ……ギギギ………』


「そうね、大きくなってお兄様を驚かせてあげましょう。ああ、早く会いたいわ、私の愛しのお兄様……」



幼女は歳には見合わぬ笑みを口元に湛え、いつまでも愛おしそうに鏡の中の人物に見入っていた。



ーーー



そんな幼女の存在など知る由もない僕のバス旅行はいたって順調に進んでいる。


僕の1人旅にもボブという仲間?が加わり、寂しかった旅もうるさく明るいものへと変わっていた。



「そうなので〜ス! 私のマーカス流呪術はァ、ブゥドゥーとカポエイラを組み合わせた特別なものなので〜ス。最強で〜ス!」


「そ、そうなんだ凄いね…… あれ、でもカポエイラてブラジルが発祥じゃなかったけ?」


「発祥ゥ? 細かい事はァ気にしてはいけませ〜ン。様はカッコ良ければそれでいいので〜ス!」


人差し指をチッチッチッと横に振り否定するボブ。



「そ、そうなんだ、それは凄いね……」


「そうなので〜ス。凄いので〜ス! 後ほど優畄にもォ伝授してあげましょう」


「ハハハッ、そ、それは楽しみだな……」



ボブの与太話を軽く流しながら時計を見ると、時刻は夜の8時を回っている。


そうボブの奴、よほど1人が寂しかったのか1時間も喋り続けていたのだ……



(ハア、なんか疲れてきたな……)



辺りもすっかり暗くなり、ボブが乗車して以来一度も停車せずにバスは走り続けていた。


訪問者といえば、たまにバスの窓ガラスにぶつかってくる巨大な蛾くらいのものか。


もうバスが止まらない事に驚く事はないが、ため息だけは出る。



(フウ…… しかしバスに乗って2時間ちょいか、どれだけ山の奥にあるんだ親父の故郷は……)



それから更に30分ほど走ったところで、ハザードランプを灯しながらやっとバスは停車した。


そこには停留所すらもなく、あるのは虫が飛び回る街灯と、


【これより黒石家の領地ゆえ立ち入る事なかれ】


と書かれた大きな石碑のみだ。


石碑はバスが止まった場所から10m程前方に離れているが、この暗闇でもバスのライトが当たることで石碑の文字はしっかりと読み取る事が出来た。



「ん、ここが終点なのかな?」



僕たちが外の暗闇に降りるのを躊躇していると、バスの運転手が早く降りろとばかりに、


"こちら終点につきお降りください"との車内アナウンスを何度も何度もかけてくる。


「……」


仕方なくボブと共にバスを降りると、バスはその先の少し開けた場所でUターンし、元来た道をさっさと走り去って行ってしまった……


「……」


残された僕はボブと2人、街灯の灯の元立ち尽くしていた。



「……さて、どうしたものか……」



ボブのヤツは呑気にも、レゲエのリズムに体を揺らしている。ドレッドヘアーに虫が絡まり付いてもお構いなしだ。


巨大な石碑の向こう側は鬱蒼とした森に囲まれた道と夜の闇だけ。


僕が仕方なく石碑の向こうへ行こうと歩み出したその時だった。僕が行こうとしていた前方から車のライトが近づいてきたのだ。



ライトはロービームにしてあり、僕らが眩しくない様にとの考慮がうかがえる。


そしてその車は僕たちの5mほど手前で停車した。



車の車種は黒いリムジン。そして運転席から運転手と思わしき男が降りて来る。



「お待ちしておりました優畄様。私は黒石家、当家の執事を務めるボーゲルという者です。どうぞお見知りおきを」



(ボ、ボーゲル!? また外国人か……)


こんな山奥なのに異様な外国人率の高さに驚くも、ボーゲルの圧倒的な存在感がそんな考えを吹き飛ばす。


身の丈230cmの驚異の長身に痩せ型体型、異様に長い腕が異様だ。漆黒の髪の毛は、ストレートパーマをかけてあるのか肩口まで綺麗に伸び、黒いクラッシックな燕尾服は埃の一つも付いていない。


顔は、う〜ん外国人の顔はたとえ様がない…… トッティだったけか、サッカー選手にいた様ないない様なそんな顔だ。



「さあ大旦那様がお待ちです。車にお乗りください」


「は、はい……」



ガチャリとばかりにボーゲルさんが後部座席の扉を開けくれている。このまま開けてもらっているのも失礼なので、遠慮なく車に乗せてもらうことにする。


(うわ〜コレがリムジンのリアシートか、なんか座席が凄く柔らかいぞ!)


相棒のリュックを抱きリムジンへ乗り込む。

生まれて初めてのリムジンになんかワクワクする。


「オホ! この様な所でリムジンとは驚きで〜ス!さっそく乗り込むで〜ス!」



僕がリムジンに乗り込むと、あたかも当然といった態度でリムジンに乗り込もうとするボブ。


シャンパン、シャンパンとシャンパンを飲む気満々だ。


だが、彼は頭のドレッドを引っ張られたのか、頭を仰け反り途中で止まってしまう。



「ミミズ頭、貴様はダメだ」


「アウチッ!」


ボブはそのままボーゲルに髪を引っ張られ、投げ捨てられてしまったのだ。



「ボ、ボブ!」



僕が止めに行こうかどうしようか迷っている間に、ボブが行動に出た。


「な、なにをするでスカ!! ウヌヌヌ…… 暴力には暴力を、これマーカス家の家訓で〜〜ス!!」


そんな激昂するボブに、ボーゲルが人差し指をクイクイと動かし、かかって来いと挑発する。



野蛮なマーカス家の家訓もきになるが、ボーゲルさんもヤル気満々のようだ。


「私ァしに喧嘩を売った事を後悔させるで〜〜〜ス!!」



挑発に乗ったボブが手を地面につけ、それを重心に駒の様に足を回し出した。


ボブのカポエイラは様になっており、彼が熟練の使い手だとわからせる。



(凄い! ボブの奴、本当にカポエイラを使えたんだな……)



「……」


ボブが戦闘態勢に入った。だが相対するボーゲルは至って冷静に見える。直立不動の綺麗な姿勢のままボブの攻撃を待ち構えている。


僕は固唾を飲んでこの状況を、リムジンのリアシートから車窓越しに伺う。


特等席だ。



レゲエのリズムに乗って、まるでダンスの様に舞うボブのカポエイラ。


ヘヴェルサオンという技で遠心力を得て、勢いをつけたままボブは、エスドブラードという技でボーゲルの頭を狙っていく。



「この技でチリと消えるで〜〜ス!!」



ボブの放った技は彼の言う通り、当たったならば洒落にならない威力がありそうな可憐な蹴り技だったが、


悲しいかなボブは、ボーゲルにあっさりと蹴り足を掴み取られると、そのまま夜の暗闇に投げ飛ばされてしまったのだ。



「アアアアァァァァァァァ…………」



かなり遠くへ投げ飛ばされたのか、夜の闇にボブの断末魔の叫びが遠ざかっていく……


短い付き合いだったけど彼の事がとても心配だ。


だけど、何故かボブなら生きていそうな気がする。そんな気がする。


うん、きっと大丈夫だろう。



縁が有ればまた会えるさ、じゃあなボブ。

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