第六打席 落ちていた原石

「さ、んじゃ最後は言ってた通りサッカー部だ」

 先程の、またその前の修羅場も何とも思っていないのか。

 余りにもサバサバと朝陽は言ってのける。


「……監督。

 本気で……氷狼さんを……いえ、黒風くんも含めて

 野球部に誘うつもりなのですか? 」

 青山が疲れた様に言うその言葉に。


「もう、誘ったろ。青山、お前も見ていただろう?

 奴らが入部したらお前が主将として試合中は奴らをまとめるんだぞ? 」

 青山は首を横に振ってそれに返答する。


「2人とも……無理だと思いますよ。

 運動部の主将会議の時も、餅山が黒風くんを凄く褒めてましたし。中学の頃からの目を掛けていた後輩だって。

 それと……氷狼さんは……」


 朝陽はただジッとそれを聞いている。

 その様子がいたたまれなかったのか、青山は続く言葉を言い出せない。


「じゃあな、青山」

 それを見かねて朝陽は明るい声で会話を切り出した。


「賭けをしよう」


 予想もしていない言葉だったので、青山は思わず「賭けぇ? 」とマヌケな声を出した。


「ああ、あの2人が入部したら――お前にも1つ俺から命令を下す。

 そして、それに対し一切の抗議もせずそれを受け入れろ」


 ――脅迫か? しかも賭け? 生徒と顧問が??

 青山が戸惑っていると、朝陽はサッカー部が活動しているグラウンドへ向かって行ってしまう。

 今日一番大きな溜息を吐き、青山は首を横に振ってその後を追った。




「おらーーーーー、センタリング‼ ディフェンスも気合入れろ‼ 」

 サッカー部はグラウンドで一番大きく練習エリアを取っている。

 それもそのはず、この青之道商業サッカー部は学校内運動部で唯一全国区に名を知らしめている強豪である。


 先程から大声で選手達に叫んで指示を出している、熱血英語教師の岡野おかのがこのサッカー部の顧問監督だ。


「どうもどうも」

 背後から間の抜けた挨拶を入れながら朝陽が近付いたが。


「どらぁあああああああーーー‼ 1年‼ なぁにサボっとるんなーーー‼ わしゃあ見とるぞーーーー‼ 」

 全く気付かれてない。

 朝陽は青山と顔を見合わせる。

 青山は首を横に振った。


「あのー。岡野センセー……」

 朝陽が岡野の肩に手を当てて言うと、今度は振り返った。

「おあっ、びっくりした。どちらさんですか? 」

 先程までの険しい顔が一気に解ける。


「あ、やーやー、失礼しました。

 私、前町と言いまして、この度野球部の顧問に就かせて頂きました」


 それを聞いて明らかに岡野は表情を緩めた。

「ああ……校長から聞いてます。

 困ったときは、いつでも何でも訊いて下さい。

 助っ人も、レギュラー以外の子なら考慮しますので」


 それだけ言うと、直ぐにまた選手達へ目線を動かす。


「やー、助かるねぇ。とっても協力的だ~」

 そう言うと、さぞかし嬉しそうに朝陽は笑顔を浮かべた。

 その笑顔には良い予感がしない事を青山は、この数時間で学んだ。


「監督……岡野先生も助っ人と……」

 青山が釘を打とうとしたが、残念ながらその声は届いていないだろう。


「うっほ~、直に練習風景を見せてもらえるなんて得したな~」


 ふと、グラウンド端に数名のサッカー部員がいる事に朝陽は気付く。

「センセ。あの子らは練習に参加しないんですか? 」


 もう岡野は朝陽の方を向かずに。

「ああ、彼等はまだ身体が出来上がってない1年ですから基礎練習のみをさせています」

 と、少々面倒そうに答えた。


「ほう……」

 丁度、そこを見るとどうやら2人一組となって腹筋を始めている様だ。


「まさか、先生。また1年生を? 」

 ぼそぼそと青山が話し掛ける。

「いや、サッカー部からの本命は、キーパーで次期主将候補の瀬武せぶかな。もう一人、エースストライカーの野々宮やのみやも欲しい」

 無茶苦茶すぎる。これを又岡野含めサッカー部の前で言うつもりなのかと思うと青山は背筋に戦慄を覚えた。


「監督、その2人こそレギュラーもレギュラー。てか、サッカー部の2大巨頭ですよ。2年生でレギュラーはその2人だけじゃないですか‼ 3年は夏で引退だから実質サッカー部の核ですよ! 」


 朝陽は、そんな青山ににやにやと微笑んだ。

 時だった。


「おーーーーあーーーーーー」

 グラウンドから奇妙な叫び声が聴こえた。


 どうやら、ボールが明後日の方向。丁度、先程基礎練習をしていた新人達の方へ飛んでいった様で、その警戒の叫びだったらしい。


 問題なく避難してボールは彼等の間をてんてんと転がる。


 やがて、1人の新人がそれを掬う。


 朝陽がそれを見届けたのは本当に偶然だった。

 偶然――ボールを1つだけで練習していたから。

 それで、練習が一時的に止まってしまった。

 だから――。

 なんとなく。


 本当に、何となくそのボールの行く末を眺めていた。


「ゴウッ」っと本当に音が聴こえたわけではない。

 それでも、朝陽はその遥か遠くの少年が投げたサッカーボールの風圧を確かに頬に感じた。


 同時に背中に駆けめぐる電撃。


「センセ‼

 センセ‼ 」

 突如、狂った様に興奮して叫んでくる朝陽に岡野はギョッと身体を強張らせた。


「あの子‼

 あの、新人の子‼

 野球部に勧誘しますね⁉ 」


 朝陽が指さしたのは、先程ボールを投げて戻した少年。


 ひょろりと、細長いその身体は新人達の中で頭一つ飛びぬけていた。


「……清家せーけですか……」

 岡野の言葉に朝陽はその方向を見る。


「そうか、清家太子たいし

 データが少なかったから、完全にノーマークだった。

 まさか、あれ程の逸材がこんなとこに落ちていたなんて」


 嬉しそうにそう言う朝陽に、岡野は少し鼻で笑う。


「清家は……確かに身長もあってそこそこ肩が良いですが。

 いかんせん足がねぇ」

 岡野のその言葉に、朝陽は振り向いて返答する。


「いえ、それはサッカーの瞬発力の話です。

 あの強肩で、ぶれない足腰。

 奴は野球で全国に名を残す選手になりますよ‼

 いえ‼

 そうしてみせます‼ 」


 さすがに、その言葉には岡野も部の練習を忘れ、開いた口を塞ぐ事も無く朝陽の顔を眺めるだけだった。


 そして、この後更に驚く事になった。



「野球ですか?

 ……はぁ、いいですよ。

 中学も3年間サッカー、一回も試合に出れた事も無いんで

 練習もつまんないし。ちょうど、嫌気がさしてたとこです」


 彼が、この日。

 朝陽がスカウトした3人で唯一野球部の新戦力としてあっさりと加わってくれたのだ。

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