第二打席 始まりの4人
なにがそんなに可笑しいのか。
その場所はとにかく何処からか常に笑い声が聴こえてくる。
自分がその舞台に立っていた当時はそんな事に気付く事も無かったのに、現在ならそれが解るのは、自分がその舞台の部外者だと理解しているからだろうか。
「どうだ? 朝陽。
お前はつい最近まで通ってただろうが、俺はもううん十年前の事だから懐かしい。と思う事すらないが」
朝陽と呼ばれた彼は無表情のまま。
「俺も高校生だったのはもう7年も前の話だよ」
と返すとスマホで時間を確認した。
その様子を見て。
「もうすぐ放課後だ。運動場の方へ行けば目当ての部活も始まるだろう。
さてさて……女生徒達は俺に気付いてくれるかな」
朝陽の前へと出るとその初老の男性はそんな気持ちの悪い事を言う。
「おっちゃん……現役時代一体何年前だよ。
父ちゃんが代打になった時にはもう引退してなかった?
今の高校生が知る訳もないだろ」
そう言われた男は振り返ると。
「あ~ん? 例え現役時代を知らんでも日本野球の頂点に立った男は、オーラが違うんじゃい‼ オーラがぁ」
そんな子どもの様な事を言いながら背広姿の男二人は運動場へと歩を進める。
キャッキャと響く様な高い声で笑う子どもらしさを残した生徒達がそこに集まりだし賑やかになったのは間もなくの事だった。
「ファイオー。ファイオー」
桃の香りがしそうな甘い声が至る所から発せられている。
「元々が商業高校で女子が多いのと、近年の少子化が引き金になったか」
勝丸はそう言いながらむふーと鼻の下を伸ばしだらしない表情を浮かべた。
「……はぁ、勝丸おっちゃん。いいかげんにしねぇとマジで通報されるよ。
俺らとか、ハッキリ言って学校関係者が傍に居ないと不審者なんだから」
そう。本来なら彼等はそこに居るべきではない。そこはその青春と言う人生の一瞬の煌めきを体現する権利を持った者達の言わば聖域。その期間を明らかに過ぎた彼らは似つかわしくない。
現に、彼等に気付いた女生徒から不審の眼差しが伝播し始めている。
「……おっちゃん。マズくないか? なんか雰囲気」
丁度、その時グラウンドの奥の方から彼らが待っていたその少年達が見えた。
「あっ、おっちゃん。あれ。アレそうだろ? ほら! 行こう」
余計な行動をしてしまいそうな、その初老男性の手を引いて朝陽は足早に彼等に近付く。
会話が成立す程の距離に近付いた時。
彼等もどうやらその男性2名が自分達に向かっている事に気付いたらしい。
ぴたり。と両者の足が止まった後。
次は、どちら側が言葉を発するのか。お互いにタイミングを測る様に視線が何度も交差した。
年上の自分達が説明すべきだろう。朝陽がそう思い口を開こうとした時。
「や~や~や~。お待たせしました~」
と、間を割ってマヌケな声が入る。
「どうもどうもどうも~、いや~遅くなって申し訳ありませんな~」
続けておっそい足でどたどたと汗を拭きながら肥満体の壮年男性がやってくる。
「校長だ……」
向こうの彼等の内、一番体格がいい男子がそう呟いた。
校長と呼ばれたその肥満体の男性はふーふーと息を切らして額の汗をハンカチで必死に拭っている。
「や~~、もうすっかり夏ですな~……ははは。
あ、あ~と」
キョロキョロと校長は二組を見比べた後、咳払いを1つ打つ。
「あ~~、君達。こちらの方はこの度、君達の野球部の顧問として来てくれた前町さんだ。
ほれっ、挨拶なさい」
校長がそう言うと彼等は互いに顔を見合わせた。
「顧問」
「……前町? 」
彼等はまじまじと目の前の青年と初老男性を見比べる。
「ひょっとして、そちらの方は元ウィードの前町選手ですか? 」
そう言って彼らの中で1番大人しそうな男子が勝丸を見た。
「あん? 」
どうやら、誤解が生じている。
朝陽はそれが広がらない内に彼等の前に一歩踏み出した。
「申し訳ない。この人は私を紹介してくれただけで関係ないんだ。
君達の……野球部の顧問兼監督となる。前町朝陽だ。宜しく頼む」
そして、そう言うと彼等の視線が一気に集まった。
目の前の男子生徒は4人。
そう。ここで矛盾が生じる。
野球の1チームとは最低9名。
なれば、互いの自己紹介はその人数が揃ってからが筋だというもの。
が――その矛盾を矛盾で無くす真実が
「
最初に前に出て鼓膜を破かんばかりにそう言ったのは、4人の中で1番身長がある男子だった。
残った3人の男子の内、最も体格がいい男子を2人が見るとその彼が面倒そうに帽子を取る。
「2年。
と言うと直ぐに下がる。
残った2人が互いに顔を合わせ、一言二言会話を交わすと。
「い、1年。あ、
先にそう言ったのは一見、女子生徒かと見間違う様な清廉な顔つきの少年の方だった。
「同じく1年。
これでこの場に居る者達の自己紹介は全て済んだ。
そうして、先の疑問のヒント、いや解答がそこに在る。
「とりあえず、自己紹介も済んだから。
先に私がここに来た目的を君達に伝えておく」
朝陽の目には、もうこの4人しか映っていない。
今一度。その4人の顔を順々に眺める。
「君達野球部は夏までに最低9名の部員を集め。秋に実戦経験を積む。
そして来年の夏の県大会。
青山、野比。君達2人にとっては最初で最後のチャンスの地区予選公式大会。
そこで。
この、チームを」
高らかな宣言は余りにも浮世離れした戯れ言と言われるのだろう。
現に、今ここに居た者。発言した朝陽自身を除いて。誰一人それを本気だなどと思っていない。
「優勝させ、甲子園へと導く事だ」
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