ノンセンス・ベースボール
ジョセフ武園
第一打席 表紙
――聴こえる。
電気も落とし、体臭が滲みついた学生時代から使用してる掛布団を頭から掛けているが。容赦なく日光はその存在をこちらに伝えてきている。
そして、戻った意識は。
離れた場所のそれを、聞くまいとしている耳にも無理やりに届けてくる。
観念した彼は、布団を捲り上げるとベッドを軋ませて身体を起こす。ぺきぺきと背骨が伸びる音を発音させた後、役目を必死で果たそうとしている色落ちしたカーテンを開いた。
シャッと軽快な布の擦れる音を鳴らし、一気に部屋の中に陽の光が中を照らす。
そして彼は恨めしそうに目下を睨むのだ。
その部屋は自宅の3階にありそこからは住宅街の景色が一望出来る。
彼の耳に入るのはそんな景色に映る公園から聴こえる声だ。
笑い声。
叫び声。
声援。
そして。
ボールとバットがぶつかる音。
「ちっ」
思わず漏れる舌打ちと共に開いたばかりのカーテンを再度シャッと閉めると、そのまま部屋を出て階段を降りた。
「……おはよう」
小さく声を掛けると、リビングで掃除をしていた母親が「おはよう」とハキハキ元気に返事する。
そっちを見ない様にテーブルへ腰掛けると子どもの頃から決まっている様に置かれていた新聞を手に取って一面を捲る。
「パンとご飯どっちにする? 」
そこで母親がこっちに向かい尋ねる。
「……おかずは? 」
「ウインナーと卵」
「じゃあ、パン。バターを付けといて」
母親とは目を合わさないままそう言うと新聞を少しずらして台所に向かうその背中を見て、もう一度新聞の見出しを見た。
今日は――よかった。
『あの二人』の記事は無さそうだ。
ホッとした様に胸を撫で下ろす。
毎朝、目が覚めると億劫になるのはそれが原因だ。
「今日は、お姉ちゃんもお父さんの事も載ってなかった? 」
母親が盆に朝食を載せてテーブルの前に来てそれを並べていく。
彼は再び顔を新聞で隠して無言でそれに答える。
暫らく食器のカチャカチャという音だけがその場に響く。
「あさくん。
今日って用事ある? 」
丁度、食後に出されたココアを飲んでいた時。そう訊かれた。
「はぁ? 」
いかん。思わず口からココアが垂れた。
この母親は、解っていてこう言ったのならとても性悪だが確実に無自覚で言っているので余計に性質が悪い。それに対して怒れないからだ。
「……俺に用事があると思う? 」
ムスッとした感情がその言葉に乗っかる。
だが、母親はそんな事を気にしないまま明るい表情を浮かべて両手を合わせた。
「よかったぁ。あのね?
俺は顔を明らかに嫌気で歪ませた。
「勝丸さんが? なんで?
母さんだけじゃダメなの? 」
俺がそう言うが、母親は笑顔のまま。
「うん。あさくんに直接話したいんだって」
少し、違和感がある感じだったのもあって渋々承諾した。
正直面倒だが、そろそろ頭と体が痒くていけなかったから風呂に入るいいキッカケになるとも思った。いや、それが受けた方の大きな要因だろう
――この時。
もし彼がこの母親の誘いを突っぱねていたら。
きっとこの物語は表紙すら開かれないまま本棚の奥深くにひっそりと消えていったのだろうと――
それは『野球』と言う。
彼にとっては。
家族との絆と。
『才能』なんて言葉は微塵たりとも存在しない。そんな呪いを示す言葉で紡がれ繋がった12いや13人の100年に匹敵する1年半の活動力と生命力に満ちた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます