14. 汚れた肉欲と救世主とラウンド3
逃げ出そうとするモモに一発、至近距離から銃撃する。ユニットの針はモモの肩に深く刺さり、白いTシャツの内側から赤い染みが広がった。電撃の痛みと衝撃で身体が言う事を聞かず、助けを求めるように伸ばす手も空を切った。
「……痛い、助け……て」
硬直する筋肉を引き千切るかのように、這ったままの姿勢で逃げ道を探す。
その背中に、二発目が撃ち込まれた。
視界が白で埋め尽くされ、頭蓋が割れそうなほどのショックで口の端から泡を吹き出した。
三発目。聞いたこともないような喘ぎと共に、背筋が逆方向に反る。瞳孔が限界まで開き、細かく震える眼球からは止めどなく涙が溢れていた。もはや正常に機能する五感は無いに等しい。
そして四発目。一度だけ全身が大きく痙攣して、それからモモは動かなくなった。背中に浮かぶ四つの血のシミは、もう乾き始めていた。
トリガーを引き絞るが、残弾を撃ち尽くしたらしい。隊員は舌打ちと共に電気銃を投げ捨てた。
拘束用の衣装を拾い上げ、金具を外す。うつ伏せになっているモモの長い黒髪を掴んで膝から上を立たせた。涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔には、もう抵抗の意志は残っていない。
「ア……ガ……」
何か言おうとするも、舌が思うように動かない。「早く拘束しろ」、隊長格の人物がそう指示する。
「ソフィ……ア……ぢゃ……リ……ン」
身体の損壊を伴わない制圧であれば、腕力を持たない魔法少女の無力化は容易に行える。理解できない言語で、モモは何かを吐き捨てられた。「お前の負けだ」。そう言われた気がした。
「リン……わだ……が……は」
まだ痙攣が続く足首を掴み、拘束具に引きずり込む。
その時、隊員の目に映ったのは、緩い短パンから覗く太ももと、汗ばんだ足の付け根。
黒く生臭い感情が、心の奥から沸き上がった。全身の血流が加速するような興奮と、沸点を越えて滾る肉欲。サディストな衝動が増幅されるよう意図的に仕組まれた脳内では、理性による制御もまともに働かない。
声も出せない少女を前に、征服欲という本能のタガは完全に吹き飛んだ。非力な抵抗も意に介さず、薄っぺらい服を乱暴に掴むと、それを引き剥がした。
まだ誰にも汚されていないような真白の肌が露わになる。雪原に最初の足跡を残す行為にも似た、幼稚な支配欲求に全身が満たされていく。体温を持たない鋭利な指先が、モモの柔肌に食い込んだ。
「嫌……!」
その時、連続する銃声が数発、鈍い聴覚に刺さった。モモの腕を掴む指が離れ、視界の外で空気を震わす音と一緒に倒れる。
聞き慣れない言語で怒声が飛び交うが、言い終わる前にその声は短い呻き声に変わり、途切れた。
「あ……」
仰向けのモモの目には、無表情で小銃を乱射するリンの姿が映っていた。
銃声が鳴り止み、もう誰の声も聞こえなくなって、やっとリンはこちらを見下ろす。
何か暖かい物に包まれる感触を覚えたと同時に、モモの目の前は暗くなった。
間一髪。いや、ギリギリアウトか。
最後の一人が崩れ落ちるのを見届け、リンはモモの容態を確認する。床に伏す隊員の手には白い布の切れ端が握られ、モモの肌にはもう消えかかったアザが見て取れた。これだけの説明があれば、何をやろうとしていたかは想像に難くない。
「……思い出した。『主の寵愛社』、第二類脅威認定済みの国際テロ組織だな。こんな島国にまで押し掛けるとは、その熱心さを信仰に使ってもらえればこちらも楽なんだがな」
本来、彼らの宗教における唯一神は実体としての存在を超越し、感覚や概念の世界で捉えることしか許されていない。しかし彼らは、その神が人の姿で姿を現した形象を崇拝するという異端の教義を持つ派閥だ。その「現人神」たる存在こそ、人智を超えた法力を行使する魔法少女。『主の寵愛社』は数ある異端派の中でも、特に危険視されている団体だった。
リンはジャケットを脱いで、丸裸同然のモモに被せてやる。まだ痺れが抜けていないのか、その身体は不自然な震えを繰り返していた。
「さて、と」
リンはポケットに手を入れ、そこで端末を置いて来たことに気付いた。思い出したようにモモの傍らに跪くと、耳からそっとインカムを引っこ抜く。
「おい、聞こえるか」
『倫太郎さん! モモちゃんは!』
「……モモは大丈夫だ。ひとまず全部隊の制圧は完了した。本土からの応援は来れそうか?」
『すでにテロ行為に関する被害は報告済み、警察庁と
ヒナの声は尻すぼみに小さくなる。
「そうか、そっちの少年は?」
『は、はい。ヒロトくんも特に心配ありません。せめて
「菓子類とマンガ本なら大量にあるぞ。あとで持って行ってやる」
『え、それ彼女の私物なんじゃ……』
「まぁ、今は問題無いさ。それよりも、このサイボーグもどきを早くなんとかしたいんだが……」
そう言って倒したばかりのサイボーグを見下ろす。
ところが、その目の前では予想もし得ない光景が始まっていた。
無力化したはずのサイボーグたちが、次々に再起動を始めたのだ。脊椎を損傷して右半身が不随になった者、銃弾を数十発喰らい顔面から血と電解液の混合物を撒き散らす者、そのどれもが明らかな敵意と殺意を以て二人を取り囲む。
「こいつら……まだ動けるのか。電源部を無力化したつもりなんだがな」
リンは再び小銃を構える。だが、もう満足な弾数は残っていない。
「……逃げて」
ジャケットの下から頭を微かに上げ、モモが言葉を絞り出した。
「じっとしてろ。お前の能力で渡り合える相手じゃない」
「リン……!」
「よく見とけ、これが、人間様の戦い方だ」
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