11. 舞い降りる死と大いなる決別と隣り合わせの仕事


 タワーの中央を縦に走るエレベーターは乗用車並みの速度で運行しているはずだが、内部はほとんど振動を感じない。これが『東の砂金』と呼ばれる日本の技術力なのか。余計なことを考えている間に、階数表示は九○○階に差し掛かろうとしていた。

 リーダーの男が突入作戦の確認を行う。『左右交差する形でフロアの両端に展開、特殊閃光音響弾による制圧を第一段階とする』。指示を聞きながら動きをイメージすると、自然と小銃を握る手に力が入る。

 『魔法少女の身柄確保』。いくら人外の存在とはいえ、見かけは非力な少女なのだろう。そんな相手にここまでの装備なんて、本当に必要なのだろうか。

 エレベーターが減速に入る。デジタルの階数表示も低速になり、目的の九一八階を表示すると同時に、身体に感じる加速度も消えた。

 気圧制御装置の稼働音が停止し、控えめな到着チャイムが鳴った。どこを切り取っても、ストレスを一切排除した完璧な構造だ。

 乗降ドアが滑らかに開き、飾り気のない空間が現れる。

 作戦開始だ。前の隊員に続いて、開け放たれたフロアに足を踏み入れる。蛍光灯も設置されていない暗いエレベーターホールから、即座に正面の扉の前に身を寄せた。

 ドアを挟んだ向かいからのハンドサイン。破扉槌ブリーチングハンマーを構えた隊員が全員に目配せする。

 槌が振り上げられた。同じタイミングで踏み切り足に力を込める。一発でドアノブが打ち落とされ、その瞬間に前列の一人が肩で扉を破った。

 純白の光が前方から流れ込む。その光を掻き分けるようにして、前の隊員に続き中に押し入る。


 その瞬間、上から人が落ちてきた。

 コンマ一秒にも満たない時間、その様子に目を奪われる。なびく長い黒髪は真っ白な空間で一際映え、折れそうなほど細い手足が頭上に放り出される。

 部屋の中央で少女が着地する。それと同時に、やっと我に返った。

 垂れたTシャツの袖口から、真っ白な肌が露わになっている。見た目は小学生ぐらいの少女の後ろ姿。だがまるで、人のそれとは思えない神秘的な雰囲気に、何故か不思議な悪寒と目眩を覚えた。

 少女は曲げた膝を伸ばし、ゆっくり振り返る。

 その時、前にいた隊員が視界から消えた。

 いや、違う。そいつは意識を失って崩れるように床に倒れた。そう認識した瞬間、自分の意識も急激に遠のいて行くのを感じた。

 人を人と認識していないような目でこっちを見る少女は、目の前で次々と人が倒れる様にまるで関心を抱いていない。勇んで左端に駆けたリーダーも、壁に背中を預けるようにして沈黙している。

 崩れる意識の端で思う。『魔法少女』なんて愉快な名前を付けた奴の気が知れない。お前はそんな生易しい存在じゃないだろ。

「お前は……『  』だ」

 その声が少女に届いていたのかは分からない。

 『  』がその薄い唇を開いた瞬間、俺の意識は、闇に落ちた。



 ヒナは写真に視線を落として、淡々とした口調で話し始める。

 『魔法少女を特徴付ける形質である『膣と子宮を持たない身体構造』は、当初はただの発育障害の症例と考えられていた。でもその身体を隈なく調べる内に、少しずつ異変が明らかになり始めたの。

 彼女たちのDNA配列には生殖細胞系列の記述がない。つまり、最初から子孫を残さないようにプログラムされた存在だったということよ』

 独り言のように話し続けるヒナを前にして、ヒロトはどんな反応をすればいいか分からない。これまで学校で習った魔法少女に関する歴史は、全てその悪しき側面に基づいた批判的教育で占められている。膣とか子宮とか、いきなりそんな話をされたって意味など理解できない。

『生殖は全ての生物が共通して持つ根源的な本能。これが無ければ、種を存続させることが出来ずに滅んでしまう。でも、後に魔法少女と呼ばれる少女たちにはその本能が備わっていなかった。これが何を意味するか、分かる?』

「いや……」

『結論から言うとね、彼女たちに生殖機能が無いのは必然的な結果だったの。魔法少女に、子孫を残すための手段は必要なかった。

 それは彼女たち自身が種の全体として永遠に繁栄し続けるから。分かりやすく言うとね、。この事実によって、人類と魔法少女は決定的に別種として分けられることになった』

 不老不死。その概念の存在ぐらいは聞いたことがある。ただし、空想上の世界での話だ。

「そんなの……あり得ないよ。だって不老不死って、細胞のヘイフリック限界とかテロメアの短縮とか、医学的にも絶対不可能なのに!」

『医学とか科学とか、この世界は理論で説明できる物ばかりじゃないの。私だって未だに信じられないけど、現に目の前にある事実を目の当りにしたら……どうしようもないもんね』

 ヒナの口調からは諦めのような思いも感じ取れる。

『でもそれだけじゃない。魔法少女たちがもつ能力にはさらに上がある。地球に生きる人類には説明の及びもつかないような、そんな力がね』

「力……?」

 ヒロトはヒナの言葉をただ復唱する。それは、この話を理解するには、彼の頭ではキャパシティが足りないためであった。

『彼女たちが『世界を滅ぼす魔法少女』と呼ばれている本当の所以、それは、その能力の異質さに依るものよ。

 。自身の不死性の代償として、他者の命を無意識に掌握してしまう力こそが、彼女たちを魔法少女たらしめる最大の特性よ』

「生命を奪い取るって、まさか……」

 思わず端末を取り落とす。その目は焦点が定まらず、まるで助けを求めるように揺れている。

『倫太郎さんから聞きました。あなたも最初、モモちゃんに近づきすぎたことで気を失ったそうね。でも短時間なら深刻な問題にはならないから、安心して』

 ヒロトは自分の胸に手を当てる。それだけじゃない、僕は自分から彼女に接近し、数分間とはいえ同じ空間を共有していた。

 あの瞬間も、僕の生命は……。

『魔法少女の周囲に近づくだけで、人は無条件に死へ向かって足を進めてしまう。だから、モモちゃんは普通の人間と同じようには生きられない。立ち入り禁止の第十二階層を牢獄にして、このタワーの中に死を撒き散らさないようにしているのね。あの高さなら勝手に脱走されることもまずないし、もしバカ正直にタワーの中を突っ切ったとしても、住人たちが生命力を奪われた痕跡で足取りを辿ることが出来る。魔法少女の中にもある『人を死なせてはいけない』という倫理観を利用した、とても効果的な牢獄よ』

 魔法少女を塔の上に封じ込めたのは、その下の人間の存在を倫理的障壁コンシェンス・バリアにするため。万が一逃げられたとしても、その「魔法」を人体への影響で追跡できるようにするため──。

「ま、待ってよ。でもそれなら、あの人は……」

 ヒナの話が本当なら、一人だけ、辻褄が合わない人間がいる。

『ああ、倫太郎さんはね……あの人はそれが仕事だから。まあ、色々大変みたいだけど』

「仕事……?」

 魔法少女の隣に立ち、命を危険に晒し続けることが仕事……か。ヒナの突拍子も無さすぎる発言が続いて、ヒロトの常識感もだんだんと麻痺してくる。


『そう、あの人は、魔法少女のことを、モモちゃんのことを、ずっと見てるの。それが仕事』

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