10. 数珠繋ぎと魔法少女と暴走の災禍
二十段近くある階段を一気に跳び降りて、リンは下を目指す。
さっきヒナは「第十階層を通過した」と言っていた。中央縦貫リニアエレベーター群の営業速度はおよそ1300m/min、モモのいる九一八階に到達するまであと六十秒も残っていない。だがこちらは、下りとはいえまだ四十階近く降りる必要がある。どう早く見積もっても、先に到着するのは向こうだ。
「……このタイミングで、騒動の全体像が掴めたとはな」
恐らく、ヒロトの通う外国語教師とこの武装勢力はグルだ。タワー内部に潜伏しながらその構造を調べ尽くし、あるタイミングで内と外の両方から攻撃を仕掛ける計画だったのだろう。
ヒロトが教師に自らのIDカードを預けていたという事実。見落としていた些細な情報。掴んだ一筋の糸から、連なって思考が掘り起こされる。一連の騒動の顛末が、急速に収斂して一つの形を成し始めていた。
「タワー全体のエレベーターを攻撃したのはヒロト、そして、外国語学校の生徒全員だ。おそらく……」
教師がヒロトのカードを回収していたのなら、他の生徒たちの物も同様だろう。さらに彼のIDは北米の刑事連中が使っていた特殊コードにすり替えられていた。それも、コードの開始を意味する八桁が、だ。
そして、タワーの住人がエレベーターに乗る際は、必ず全員がカードをスキャンする必要がある。それはエレベーター内のコンピューターに、IDを読み込ませるため……。
外国語学校の生徒全員に分割したコードを託し、ヒロトの持つ開始コードを皮切りに、全員が知らず知らずのうちに介入暗号の入力に加担していた。カードが支給されたばかりの中学生なら、自分のIDに異変があることにも気付きづらい。このテロの計画は、遥か以前から始まっていたのだ。
「もっと早く気付いていれば……!」
リンの額に脂汗が浮かぶ。脳裏に浮かぶ『最悪の事態』が起きないことを祈りながら、永遠に続くかのような四角い螺旋を降り続けた。
サーバールームの狭い通路には、ヒロト一人が残された。リンが置いて行った端末はまだヒナと繋がっている。
『ヒロトくん、寒くない?』
ヒナは人当たりの良さそうな表情をこちらに向ける。しかし、目線は随時送られてくる電子レポートに頻繁に向けられているようだ。
「は、はい。なんとか……」
実を言うと、かなり寒い。最高層部の気温の低さがダイレクトに室内に伝わっている上、空調の出力も最小限に抑えられている。そのため、サーバーからの放熱で暖を取らなければ業務用冷蔵庫内と大差ない体感温度になるのだ。
『突然のことで取り乱してしまってごめんね。でも大丈夫、お姉さんはずっとここに居るから、困ったことがあったらすぐに言ってね。ヒロトくんもそこを動かないこと。念のために非常扉は閉めて、もし重い物を動かせるなら、それで入り口を塞いでおいてください。出来る限りで大丈夫だから』
「あの……ヒナさん、でしたっけ」
初めて名前を呼ばれて、ヒナは目を丸くする。
「……ヒナさんは、さっきの二人と知り合い、なんですよね?」
『そ、そうね。知り合いというか、昔の同僚のようなものです』
「教えてくれませんか」ヒロトは端末を拾い上げ、ヒナの目を正面から見る。
「あの人たちは、何者なんですか? 人が立ち入ることのない第十二階層で、どうして当たり前のように住んでいるんですか? まさかサーバーの保守点検で駐在してる、なんて言わないですよね?」
画面の向こうの表情は、柔らかな笑みを湛えたまま何も言いださない。しかしその奥に明らかな動揺が浮かんだのは、ヒロトの目にも明らかだった。
『……ヒロトくんは、どう思う?』
予想外の質問が飛んできた。ヒロトは一瞬躊躇ったのち、自分の率直な感想を口にした。
「彼女は……あのモモとかいう女の子は、魔法少女なんじゃないですか?」
流れる、静寂。スピーカーから小さくため息が聞こえた。
『倫太郎さんはもういない?』
非常階段を駆け降りる音はずっと下の方で響いている。すぐに戻って来れる距離ではないはずだ。
『じゃあ、ここだけの話。倫太郎さんには悪いけど』
ヒナは悪戯っぽく舌を出す。だが、その目はまるで笑っていないように見える。
『そう。あなたの言う通り、モモちゃんは魔法少女よ。
………三十年前のあの出来事を起こした、この世界に生まれてはいけなかった異端の生命。ヒロトくんも、当然知ってるよね?』
もちろんだ。ヒロトは無言で肯定の意を示した。
人類史上で最も多くの人的、物的損失を生み出したと言われる最悪の悲劇。全世界共通で『
「そんなの、小学校の社会科でも習うよ。魔法少女のせいで、
『それは……否定はしないわ。でもそれはモモちゃんがやったことじゃない。同じ存在でも、彼女を責めることは出来ないわ。それだけは間違えないで』
「でも、アイツだって魔法少女の一人なんでしょ? なんでそんな危険な物をこんな所に……」
ヒナは本心が読めない曖昧な表情でヒロトを見る。
『そうね……どこから話そうかしら』
そう小さく呟いて、ヒナはデスクの引き出しを開ける。詰め込まれた書類の山の一番下に手を突っ込んでいるようだ。
取り出したその手には、一枚の写真が握られていた。ブカブカのTシャツを着て屈託のない笑いを浮かべた少女が、白い壁を背にして映っている。
『一応注意しておくけど、これは私と君との秘密。他の誰にも言わないこと』
ヒロトの目に映るヒナの雰囲気が変わった。もはや一介の少年課の職員には到底見えない、あらゆる悲劇を凝縮したような光がその目に宿っている。
『教えてあげる、魔法少女のことを』
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