04. 温野菜と天井裏と暗がりの悪霊
「どうでした? 反抗期の子供に説教した気分は?」
モモはニヤニヤした表情で戻ってきたリンを迎えていた。
「別に。お前の扱いと大して変わらん」
「は? 酷くないそれ! 私は法律違反なんてしないよーだ! べー!」
「ああ、そうだな。お前はいい子だ。いい子だから
モモの手を引っ張り出して、そこにヒロトが持っていた記録潰しを置く。
「……え? いやいやいやさっきも言ったっすよね? 今は別の案件でスケジュール的に厳しいんで無理っす」
「温野菜だろ? 菓子を貪るだけなら作業中にも出来る」
「ぜ・ん・や・さ・い! 嫌っす! 絶対嫌っす! そふぃたんの声は脳を溶かすから十分な事前準備が必要なんです!」
「頼む。やってくれるなら何でも言うことを聞いてやる」
リンの真剣な頼みに、モモは少し困惑する。
「てかなんでそんな必死なんすか? これから警察呼ぶんでしょ? だったらそっちに全部任せちゃえばいいじゃないすか」
まぁ、それもそうなんだが、とリンは頭を掻く。
「……何か嫌な予感がするんだ。警察に押収される前に機器の流通経路を辿っておきたい。俺たちとしても、この状況は見過ごせないからな」
「いやぁ、あんなのが私たちに関係ありますか?」
「用心に越したことは無いよ。使われている基盤のモデル照合で十分だ。頼んだぞ」
言いたいことだけ言い終えると、リンは自室へ戻って行く。
モモは小さな箱を握り締めたまま、ポカーンと突っ立ったままでいる。
「う~ん……何でも言う事聞いてくれるなら、まいっか」
開催途中だった前夜祭は置いておいて、二階の角に立てかけられたハシゴにモモは足を掛ける。天井近くまで登ったところで、恐る恐る手を離して四角く切り取られた天井板をゆっくりと押し上げた。
天井裏の空間に明かりの類は一切無いが、置かれたサーバーやコンピューターに点灯する無数のLEDが妖しい雰囲気を作り上げている。
「めんどくさいけど、やるかぁ」
ビル群のように立ち並ぶ筐体の中央にモモは腰掛けた。暗がりの中、卓上ライトのアームを手探りで見つけ出し、こちらに引き寄せる。光に照らして見ると機器にネジ穴は無く、側面に薄い継ぎ目が一周していることが分かった。
「あー接着剤か……。ヒートガンも要るっすねこれ……」
モモは四つん這いになって機械たちの間を縫うように進む。こういう時、自分の体が貧相で良かったと実感できる。
LEDの鋭い光に照らされて、空中に舞う埃が視認できるほどにはこの空間は汚い。モモはくちゅんとくしゃみを連発する。
それでもなんとか奥にある工具棚からコードでぐるぐるにされたヒートガンを見つけ出し、引き返そうとした時だった。
ずっ、ずっ……。得体の知れない音がどこからか聞こえる。何か大きな物を引きずるような不規則な音は、こちらに向かってくるようにも感じる。
モモはとっさに『七不思議』を思い出した。『落下した女性は四肢がバラバラになり、下半身を失った怨霊が今でも第十二階層に残っている』──。
「まさか、まさかっすよね……」
モモはコンセントにも繋がっていないヒートガンを音の方へ向ける。そもそも熱風が出るだけの装置なので、幽霊に効くのかは不明だ。
音は次第に大きくなる。モモの薄手のTシャツは、すでに汗でぐっしょりと濡れている。
逃げ出したい衝動に刈られるが、天井の低い屋根裏ではそれすらままならない。何より、『相手』に背中を見せるのがヤバいと思ったのだ。
「こ、この世に未練残せし魑魅魍魎よ! く、来るならさっさと来い! 私は逃げないっすよ!」
虚勢を張って大声で呼び掛ける。すると、幽霊側から返事があった。
「え? ちみもーりょー……?」
「……ん?」
暗闇からにゅっと現れたのは、匍匐で進んで来たヒロトだった。男の子にしては珍しい絹糸のように細い髪には、大量の埃が纏わりついている。
「あ! インテリ少年……。何でこんな所に」
声を上げるモモを、ヒロトはしーっ、と制する。
「お前に話がある。僕の言うことを聞け」
声変わり前のソプラノボイスで凄まれても大した迫力は無い。だが、親に買って貰ったと思われる服を擦って汚してまで詰め寄る様子には、モモも気圧される。
「……わ、分かったっすよ。とにかく、一度下に降りましょう」
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