0 まるで物語みたいだな
さてさて、特に行く当てもなく真っ直ぐ東に──店のあった王都から内陸に向かって歩き始めて今日で一週間だ。
今日も今日とて髪をいじりながら歩く。
「食料は元々ありったけコンテナに詰め込んでいるから大丈夫だけど……いい加減飽きてきたなあ。誰か人に会わないかなあ」
内陸部は草原と森と穀倉地帯が広がっている、ってのは知識として持っていたけどほんとにそれ以外に何もない。王都の外は田舎すぎるだろう……もうちょっと栄えてたりしないもんかね?
「って思ってたけど、集落があるじゃないか!」
まあ王都とは規模が全然違う、寒村って雰囲気すら漂っている。歩いて行ける距離なんだからもう少し発展しててもいいと思うんだけど、なぜなんだろう。
とはいえ俺の弟子となりうる才能がどこに眠っているかはわからない。よってこの旅の間は見かけた町に全て寄ってみようと思う。今決めた。
「ん? でもなんだか様子がおかしいような?」
村の中から立ち登る煙は煮炊きのそれかと思ってたけど、所々に黒いものが混じっている。
それも複数。
よくない雰囲気だなあ、と思いつつも体は自然とそっちに向かっていた。
「こりゃひどい」
村を守る貧弱な柵を抜けると、そこには廃墟になった家ばかりが並んでいた。
一軒として無事なものはない。全て取り壊されている上に一部は焼け焦げている。立ち登る黒い煙はこいつらのせいだな。
焼けた家屋の不快な匂いに、ハンカチで鼻を押さえつつも俺は考える。
「人がやるにはちょっとやりすぎだ。……でも獣や魔物の襲撃でもここまで徹底的にやるってのは、違和感あるけどなあ」
この世界には人間を敵とする生物、魔物ってのがいる。
なんで人間を狙うのかとかは知らないし危険だってのはわかるんだけど、俺はそういう生物がいてもいいと思う。俺らだって羽虫はうざいって理由で簡単に殺したりするしな。
それに素材も普通の獣と比べて強い分、毛皮や骨は良いものが取れる。
良いものが取れれば、良いものが作れる。
工房にいた頃、顧客に渡していた商品は大抵何かしらの魔物素材を使っていたくらいだ。
なーんて呑気に考えていると、
「きゃああああ!」
廃村の反対側から誰かの叫び声が聞こえてきた。
「今の声は!? “ダッシュ”!!」
間に合え! と俺は靴に注入された“ダッシュ”の性質を解放させる。
全力で駆け出せばあら不思議。周りの景色がものすごい勢いで流れ出す。瓦礫ばかりで建物や壁をほとんど気にしなくていいから、声のした方に最短距離で行く!
「──ぁぁあああ!?」
「あ、もう着いた? そんなに遠くなかったみたいだね」
どうやら叫び終わるまでに辿り着けたらしい。近くてよかった。
叫び声の主は、俺のそばで泣きながらへたり込む女の子。服はボロボロで、ところどころ怪我もしているみたい。手には何かを抱えているようだけど……それよりは相手の確認かな。
向かいから女の子に顔を向ける5匹の狼。今は俺の登場で威嚇モードだけど、ついさっきまではジリジリ近付いてたんじゃないかな?
「ヴォヴ!!」
うーん、あの血走った目は普通の狼じゃなくて、ウルフの方かな。
ウルフは四足の獣型の魔物。普通の犬や狼と比べて体が2回りくらい大きいし、毛皮も半端な刃物が通らないくらいには硬い。
でも目の前にいるこいつらは普通の狼くらいの大きさだ。ウルフの子供ってところかな。
大人は群れになってこんな風に狩りをすることもあるんだけど、子供だけでこんなことをするなんて聞いたことがない。大抵は大人たちに守られてひっそりと暮らしてる……らしい。
「お兄さん、旅人です……? 助けて欲しいのです……!」
「女の子に助けを求められる……まるで物語みたいだな」
「お、オオカミさんが!!」
俺が変なことを呟いていると、女の子が急に青ざめて後ずさる。その視線の先を見ると、ウルフが彼女に向かって飛びかかっていた!
「俺は今この子とお話中なの。ちょっと“ストップ”ね」
とりあえず仕込んでおいた道具を発動させる。
道具の効果通り、俺と少女以外の周りの景色が止まり、灰色に変わる。
その様子に、女の子は目を白黒させてこっちを向いた。ショートカットの似合う、ごく普通の女の子だ。
「あの……何が……??」
「とりあえず、ウルフたちには待ってもらったよ。ちょっとおちついてお話できるかな?」
「え、えええぇぇ……??」
女の子は世界がいつもと違う様子であることに驚いているみたいで、尻餅をつきながらも口を開けたまま固まってしまった。
まあ初めてこれを見たらそういう反応になるよね、知ってた。
でもその驚きが落ち着くまで待つことはできない。この世界の維持時間はそう長くないし、これから行う俺の力や道具を見せるために必要な措置は絶対だと己に決めているからだ。
「落ち着くおまじないをかけるから、じっとしててね」
そう言いながら俺は彼女の目の前にしゃがみ込んで頭を右手で優しく撫でる。
女の子はこんな状況で撫でられることにますます疑問な様子だが、拒絶はせずに俺を見つめ返してくれる。すごく素直でいい子だな。
彼女の目線が俺の顔に行っている隙に、空いた左手で腰ポーチにしまっておいた道具を1つ起動。
効果は触れた相手の強制的な精神安定。
心に作用するので使い方を誤るとヤバい系のアイテムだけど、時間がないときには便利だ。
視覚的に何かが起こったようには見えないけど、効果はてきめんで女の子の顔色と表情がみるみる普通の状態に戻っていく。
「……あ、落ち着いたの、です」
「それは良かった。まず、君の名前は?」
「ええっと、ノエル、です」
俺のルーティーン、それは
俺が作るアイテムは、さっきの精神安定のように使い方次第ではいくらでも悪用できるものがわんさかある。そうされないための予防線というわけだ。
それに目の前のノエルちゃんはすごくいい子そうだけど、操られていたりウルフを操っている可能性も全くのゼロというわけじゃないからね。過去にそういうトラブルも工房ではあったわけだし。
「じゃあ、ノエルちゃんはどうしてここにいるの?」
「あの、この子を探しに……」
彼女から差し出されたのは熊のぬいぐるみ。煤だらけで真っ黒だけど、毛の根本の方は白く見える。元々はシロクマだったのかな?
「ということはここは元々ノエルちゃんの家だったってこと?」
「そう、です」
「よくその子を見つけられたね。頑張って探した?」
「ううん、どこにしまったか覚えてたからそんなに時間はかからなかった、です。でも見つけて振り返ったらオオカミさんたちが……」
そう言うと、再び震え出すノエルちゃん。
俺の使った精神安定は、いっとき落ち着かせることはできるけど持続はしない。本人が再び恐怖を感じたら、道具を使う前の状態に戻ってしまう。
うーん……これは彼女を助けても問題なさそうかな?
「ノエルちゃんは、みんなの所に帰りたい?」
その言葉に、一も二もなく激しく頷くノエルちゃん。
あまりに素直な反応に、俺自身が疑ってかかってしまったことに少し罪悪感を抱く。
「じゃあ、まずはこいつらを倒しちゃうね」
安心させるように優しく声をかけると、立ち上がってウルフたちの方を向く。
さてどうやって倒そう?
体術はあんまり得意じゃないし、ノエルちゃんを傷つけるかもしれないから却下。
数も多いしここは道具を頼った方が確実だな。できれば街自体に影響を与えない属性攻撃で。
叫び声を聞いた段階で、周囲にこの子とウルフたち以外に大きな生物はいなかったはず。そうなると道具の効果範囲は特に決めなくてもいいはずだ。
そうなると、火系はノエルちゃんの家が燃えたトラウマを思い起こさせるかもだから却下。風系は……目の前でウルフの首が落ちるのを見たがる女の子はいないだろう。同じ理由で突き刺し押し潰しメインの大地とか岩も却下。
となれば残るは1つだな。
「よし、“戻せ”」
俺がつぶやくと、周りの景色が一瞬で色付きウルフたちは駆け出してくる。加速は終わっているようでトップスピードだ。俺でも少し恐怖を感じる。
ノエルちゃんからしたらもっとだろうし、計画通りすぐに終わらせよう。
「“冷えろ”」
俺の言葉に応えるように、左人差し指につけたリングが青く光る。
そして、俺の視界に入ったもの全てが白に染まった。
ウルフの群れはおろか、空気も何もかもだ。
指輪に注入した能力は凍結。
発動すると効果の届く限り好きな範囲を凍らせることができる。
ちなみに俺はもちろん、ノエルちゃんや周囲の家屋には霜すら付いていない。効果を俺から前の魔物に限定しているからだ。
そうじゃないとノエルちゃんにも影響が及んじゃうし。
範囲だけは少しオーバーキルだろうけど、安心感を与えるためにはこれくらいでもいいよね。
俺が瞬きをすると真っ白な世界はすぐに元通りになる。唯一そのままなのは、氷の彫刻になったウルフたちだけ。
あ、そういえば伝え忘れてたな。
ふとそんなことを思い出し、ノエルちゃんと目線を合わせるために再びしゃがみ込む。
「ノエルちゃんから名前は聞いたけど、俺の名前を言ってなかったね。俺はキリオン。旅する錬金術師だよ。短い間かもだけど、よろしくね」
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