第62話 過去の記憶
——— 第四平行世界 ———
「ばっかやろぅ、公豹! お前、子供に何やっているんだ! 」
公牙は、弟弟子である公豹の卑劣な手段に怒りを覚え、殴りかかった。しかし、仙術では何倍も上の公豹はそれを難なく躱した。
「何を言っているのですか。これは、妖魔の子供ですよ。これを使ってアシュを八卦真陣におびき出せば、さっさと片付くではないですか」
公豹の前には、殆ど動かなくなった子供がうずくまっている。公牙は、その子に対する公豹の仕打ちを見て益々頭に血が上った。そして公豹に掴みかからん勢いで怒声を浴びせる。
「アシュと違い、ティー妃は人を庇っていた。それは転生者から聞いただろう。その王妃の子供を掠い、ましてや、虐待を加えるなど、俺は断じて許さん」
ティー妃は、元人間であった。アシュ妖魔王に拐かされ妖気に晒され変容してしまったが、心の何処かに人の優しさが残っていた。
「
妖魔一族は、数千世代にわたって妖力を取り込み、征服した他の種属を次々と妖魔にして行った。それに対して天上界は転生者を送り、蓬莱の仙人を補佐につけて事態の打開を試みるも好転せずにいた。そしてアシュが王についたとき、ため込んだ妖力を持って、天上界をも伺うまでに強大化した。宇宙のバランスが大きく毀損されることを恐れた天上神は、本来、『常世』所属だった公牙と公豹を臨時に『蓬莱』に転籍させ、転生者を補佐につけてアシュ妖魔王を阻止しようと試みたのである。
公牙は転生者の言葉をよく聞き、助言して、この世界の英雄とするべく助けた。公豹も初めのうちは兄弟子である公牙を立てて転生者に寄り添っていた。しかし、元々、転生者を養育することなど自分の仕事ではないと考えていた公豹は、その成長を待ちながら進めていくことに嫌気が差した。
ついには、
「結果が出たら、お前を英雄に仕立ててやる。義兄上と一緒に茶でも飲んでいろ」
と転生者を遠ざけた。
そんな公豹は独断専行して、妖魔族諸将の目の前でアシュ妖魔王を騙し、娘を奪った。しかしその娘はと言うと、邪気を吐き、子供とは思えぬ力で、天仙の公豹を困らせた。そのため殺さぬように痛めつけ八卦真陣の中心に落として罠の餌とした。
一方で、公牙はティー妃とその娘に過去に会ったことがあった。転生者が妖魔王の手下に捕らえられ、助けに行ったときのことである。公牙は転生者を牢から救い出し、妖魔の城から脱出しようとしたとき、たまたま居合わせたティー妃とその娘に鉢合わせしてしまったのである。最初は攻撃の様相を示したティー妃だが、その娘は何故か、公牙を面白がり、なついた。ファーと言う名前のその娘は、人と違い、額にもう一つ目が有ったが、どれもつぶらな瞳だったのを公牙は覚えている。そして、結果的にティー妃は転生者と公牙を逃がしてくれたのである。
公牙と公豹が娘を巡って言い争っている時、空に黒い雲が立ちこめ、灰のようなものが降り始めた。そして一塊の煙とともにアシュ妖魔王が姿を現した。諸将が見ている目の前で娘を掠われ、面子を潰された怒りに寄る行動であった。数千万とも数億とも言われる軍団を引き連れず、日頃愛用している妖槍ゲルンガンも持たずに単騎でやって来たのである。公豹は、数千世代に渡る妖力は魔槍に宿っていると見極めていた。そこで舌先三寸を奮い、言葉巧みに奇っ怪な問答を吹っかけて、単身、丸腰で来るよう約束させたのである。そのアシュ自身も、一介の仙人に負けるはずが無いと考えていた。
そして、公豹の仙術とアシュ妖魔王の妖術の応酬が始まった。しかし、決着する様子がない。公豹は、八卦真陣にアシュ妖魔王を嵌めようと逃げ回る。アシュ妖魔王は巧みに八卦真陣を避けて攻撃を仕掛ける。業を煮やした公豹はその娘を攻撃した。無抵抗の子供をいたぶったのである。
「逃げ回ってばかりで卑怯な奴! それに娘に対するその仕打ち、それが天上神のやり方か! 」
とアシュ妖魔王は罵った。
すると公豹は、
「私の陣が怖くて、娘一人、救えない匹夫のくせに、天界を伺うなど身の程知らずにも程がある。お前の様な小者は跪き許しを請え」
と挑発した。
一方で公牙は、二人の争いよりも、公豹が子供に手を出したことに怒った。
「公豹、やり過ぎだ! お前は天上神の名を貶めている」
と声を上げ、娘を助けるために八卦真陣に飛んで入った。
「
公豹は公牙の行動を制止しようとしたが、アシュの動きを見て止めた。アシュが八卦真陣に入ろうとしているからである。そのアシュ妖魔王は、仙人の一人が陣に入ったことで、発動するはずがないと踏んだ。陣に入った仙人を膂力で打ちのめして娘を取り戻せば、汚名が挽回できると考えた。
しかし、公豹は違った。
「一石二鳥」
と呟いた公豹は陣を発動させたのである。
アシュは、自分の仲間をアッサリと切り捨てた公豹に驚いたが、なんとか妖気で結界を張った。しかし、八卦真陣は妖気、魔気を中和分解する能力がずば抜けて高い。魔槍ゲルンガンを持っていれば、天仙ごときの陣など簡単に破れたはずだが、丸腰の妖魔王の一人の力では限界があった。
「おのれ、天上神の下っ端のくせに …… 」
と悔やんでは見たものの、妖気の結界は見る見る内に消え失せる。
アシュの消滅を確信した公豹は、隣で呆然と事の成り行きを見ている転生者の首根っこを掴み陣へ投げ入れてしまった。
八卦真陣は、霊魂までも消滅させる。そのため、転生者であっても転生できず、仙人であっても来世はない。つまり証拠は全く残らない。
「義兄上殿、おさらばだ」
公豹は、兄弟子である公牙が嫌いだった。ただ単に数年早く老君に弟子入りしたにすぎず、仙術においては自分の足下にも及ばないくせに兄貴面する。しかも老君、王母は公牙を贔屓し、何かにつけて公牙を引き立てる。弟子入りして数千年、単なる嫌いは、石のように固まり深い憎しみに変わっていったのである。勿論これは、公豹の高すぎる自尊心と深い嫉妬心ゆえの歪んだ感情であった。
「おや、義兄上、自分が消滅するかも知れないのに、結界を張ってその妖魔の娘を庇っているのですか。見上げた大馬鹿者、お人好しにも程がありますね。しかし仙術の結界であっても時間の問題ですよ。無駄な抵抗でしょうね。さて、九天には何と報告するか」
公豹は三人が消滅するのを待つ間、蓬莱統括の九天仙女への釈明を考えていた。
そして公牙の仙力が限界を迎え、結界が崩壊する直前、八卦真陣の外で悲鳴にも似た声が上がった。
「ファー、ファー、今、お母さんが助けに行くから …… 」
一足遅れてやって来たティー妃は、夫と娘が仙人の作った陣に閉じ込められ、消滅しかかっている所を見たのである。そして、公豹もその声を聞いたが、王妃ごときの妖力では何も出来ないと高をくくった。
「ファー、今行くから …… 」
「一石二鳥どころか、三鳥だ。これで妖魔王妃も消えて無くなる。義兄上、如何ですか私の策は。素晴らしいでしょう」
ティー王妃は、娘を助けたい一心で念じ、自身の妖力を解放した。身体は爆発し、残った妖力だけが、娘めがけて飛んで行く。八卦真陣に触れて削られていく妖力は、ついには絹糸よりも細くなっていた。しかし公牙が張った結界が崩壊するその時、ティー妃の妖力は公牙と夫、そしてファーに届いた。一瞬、八卦真陣内の一点に暗闇が現れると、ファーは八卦真陣からはじき出された。
「なに、何が起きた? 」
公豹は焦った。
妖魔の娘だけが八卦真陣から出てきたように見えたが …… と思った次の瞬間、公豹は何か巨大な力によって、跪かされ額が地面に吸い付いた。吸い付いた額はどうやっても地面から離すことが出来ず、仙術を唱えてもビクともしない。目だけを回して周りを見ると、地面も周りの木々もなくなり、全てが白く輝く部屋なっていた。
「公豹! 」
耳をつんざくような大音声が部屋に響く。その声は、蓬莱統括の九天仙女だった。
「公豹! 今し方転生した公牙から、あんたの所業を聞いた。同門をだまし討ちし、転生者の魂までも消し去るとは、許しがたき行為。本来なら無間獄に送り、霊魂がすり減るまで閉じ込めるところや。そやけど、アシュを討てと命じたのは天界であり、あんたはアシュを滅ぼした。それにや、公牙からの助命願いもあることから、仙力を削った上で第三平行世界の片隅へ流罪を申し渡す。ええか、公牙に感謝し、心を入れ替えて、ようよう、修行せや」
「くく、畜生め …… この私を助命だと 出来損ないの仙人のくせに私を助命だと …… 」
公豹は、減刑に安堵したり、自分の行いを悔い改めたりすることなく、ただただ、九天仙女に不意を突かれた事に悔しがり、公牙を憎んだ。
トルルルル・トルルルル
——— 呼び出しを告げるインターフォンの電子音 ———
◇ ◇ ◇
瞑想し、過去へ回帰していたら、最も思い出したくない記憶を掘り起こしてしまった。私は、ゆっくりと目を開けて、蓮華座を解き、インターフォンに近づいた。
「なんだ」
「“会長、蚩尤様と妲己様がお戻りになりました”」
「分かった、通せ」
私は、宇宙空間になっていた部屋を普通のオフィスに戻し、仙人の衣装からスーツに変化させて、会長席に座った。
「おや、会長さんよ、邪魔したか? 」
と蚩尤は、大狐を抱えて入ってきた。
「考え事をしていた所だ。別に構わない。所で妲己は生きているのか? 」
「ああ、虫の息だが、死んじゃいねぇぜ」
蚩尤は、大狐をユックリと床に置き、片膝をついて狐の頭を撫でた。
「そうか。これを口に入れてやってくれ」
私は、仙薬を蚩尤の掌に飛ばした。
「狐じゃなく、お姫さんの格好なら口移ししたのによ。流石に狐に口づけは出来ねぇよな」
蚩尤は狐の口をちょっと開いて、仙薬を放り込んだ。
「横浜の件は既に分かっている。蓬莱と常世が出てきたようだ」
「流石だね、お空から覗いていたのかな? まあ、どうでも良いや。しかしよ、闘った綺麗な姉ちゃん、あれは強いぞ」
蚩尤は、洋酒棚から、勝手にウィスキーを持ち出し、ソファーに座った。
「万華 …… だ。妲己ではとても敵わないだろう。蚩尤さんに来てもらった理由の一つだ」
「会長は、あの娘のことを知っているのか? …… うーん、効くね。この世界の酒は美味いな」
「浅からぬ縁がある …… あれはまだ本当の正体を出していない」
「ああ、それは俺も直感で分かった。あれは飛んでもねぇ物を隠してそうだ」
蚩尤は空になったグラスにウィスキーをさらに注いだ。私も蚩尤に合わせて、グラスを取った。
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