第59話 万華 怒り心頭
権蔵は無意識のうちに手足をバタつかせるが、無情にも空気は指の間をすり抜け、身体は九尾の狐の口に向かって落ちていく。
まさにその時、円盤のような物が、口を開けた九尾の狐と権蔵の間に突如現れた。権蔵の身体は円盤の上でワンバウンドして地面に落ち、九尾の狐はその円盤に驚きバックステップを踏んで後ろに転がった。
痛みのあまり立ち上がれなかった権蔵だが、首を回して辺りを見回す。すると赤レンガパーク方面上空から、青い光りの輪が発生し、そこに巨大な戦艦が現れたのを見た。
◇ ◇ ◇
「レヴィアタン! やっと捕まえた。もう逃がさへん」
戦艦ドラゴンズパレスの甲板に立った乙姫はレヴィアタンを指差す。すると、周辺を飛行している無数のドローンは銛を発射し、レヴィアタンの周りをグルグルと旋回し始める。蜘蛛の糸に絡まった虫のようになりつつあるレヴィアタンだが、痛みに暴れ、銛に繋がった金色のロープが大桟橋をなめて破壊した。
「ちょい、不味いな。
と乙姫が命じると、ドローンはレヴィアタンを宙づりにして空中に飛び上がった。
「ああ、それから、どなたか知りまへんけど、ここに張っていた異世界の結界は無力化したさかい、多分来るやろな。烈火のごとく怒ったお姉様が」
乙姫は誰かに聞かせるでもなく呟き、空中に上がっていくレヴィアタンを追ってドラゴンズパレスを出港させた。
◇ ◇ ◇
ドローンとともに空に向かって飛行するドラゴンズパレスの横を、流れ星のように輝きながら大桟橋に向かって落下して行く物体があった。あわや地上に激突するかと思えた瞬間、速度を落とし、その物体はトンと軽い音を立てて、地上に足を着けた。
「遅れて、堪忍や、権さん。万華やで」
万華は、気絶している加芽崎をユックリと抱きかかえて、権蔵の近くにおろし、仙薬を渡した。
加芽崎の腕を取って脈を診た万華は、
「優香姉ちゃんは大丈夫や。権さん、ちょい休んどいてな」
と優しく声をかけた。
緩慢とも思える万華の動作、波と風の音しかしない静かな時間。これまでの目まぐるしい展開の中に居た権蔵には時間が止まっているように感じた。
その間、九尾の狐は、万華の圧倒的な怒気に全く動くことが出来なかった。
一通り、権蔵と加芽崎の容態を診た万華は、ユックリと立ち上がって、九尾の狐に振り返り、
「やぁ、蘇妲己はん、そこにおったんや。余りに静かやったから、気づきまへんでした。これはこれは、えろうすんまへんでしたなぁ」
と笑みをたたえて話しかけた。
「それで、今日はどんなご用件でいらしたやろか?」
「脳筋 …… 」
九尾の狐は、やっとの思いで声を絞り出した。
「はあ? ウチも四千年生きとるけん、ちょい耳が遠なったかな。よお聞き取れまへんでした」
万華は耳に手を当てて、聞く仕草をした。
「脳筋、あの方は準備を整えた。もう、お前でも、蓬莱でも止めることはできない」
と九尾の狐は自分の恐怖を打ち消すように声を上げた。
「そんなことは、聞いてまへんけどな。この間も如何やって来たんやとお聞きしたけど、答えてくれまへんでしたし。もうええかなと」
何を言っても動じそうにない万華を見て、九尾の狐は、
「くっ。脳筋、妾もただでやられる訳には行かぬ」
と言った後、口から炎を出して、万華に吹きかけた。
しかし、万華は避けることもせずに、涼しい顔で、
「相変わらず分かってへんな。ウチには、そんな生ぬるい狐火は効かんのよ。そや、ウチの炎も見せたる」
万華が胸の前で両手の親指と人差し指で三角形をつくると、九尾の狐の尾っぽの一つが炭になった。
ギャー
「どや? ウチの三昧真火は、結構いけるやろ」
悲鳴を上げた九尾の狐だが、また以前のようにクルクルと渦を巻いて逃げようとする。しかし、万華は瞬時に動き、渦に手を突っ込んで、尾っぽを捕まえ投げ飛ばした。
先ほどまでの作り笑いが一転して怒りの形相に変わる。
「逃がさへんで。悪さばかりする悪戯狐には、お仕置きが必要やけん。覚悟しや」
叩きつけられた九尾の狐は、転がって体制を立て直し、万華に爪を向け牙を剝いた。しかし万華は長い槍を取り回し難なく避けて、狐の鼻先をつかむと、また地面に叩きつけた。
九尾の狐は、悶絶する。
「引導を渡す」
万華が、九尾の狐 妲己を槍突き刺そうとしたとき、
ガチ
と音がして、戦斧がそれを止めた。
「お嬢さん、なかなかやるね」
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