第60話 万華 新たなる敵と遭遇
——— 古代中国 涿鹿 ———
「各部族長殿、今こそ軒轅を討ち取る時だ。この機を逃がせば、我ら部族は軒轅の軍門に降り、部族は消えて無くなる。ここで奴の野望を打ち砕き各部族を守るのだ。さあ風を吹かせ、雨を降らせ、霧を立ちこめよ」
蚩尤は部族長たちに檄を飛ばした。檄を飛ばしたとは言ったものの、各部族長とは対等の関係である。
それぞれの部族は独立を保ち、小さいながらも穏やかな暮らし、『小国寡民』を蚩尤は守ろうとした。この点が、帝を頂点とした中央集権を目指す軒轅と決定的な違いである。
闘いは、長きに及んだが、組織的に攻めてくる軒轅の軍に、蚩尤の軍は終始押され劣勢を強いられていた。そこで今朝、風、雨、霧の神の力を借りて戦場一帯を霧で包み込み、中軍にいる軒轅を直接攻める策をとったのである。
軒轅の軍は統制が取れているが、それぞれの連絡が途絶えると機能不全を起こす。蚩尤は、霧が晴れるまでに軒轅を仕留めることにかけ、各部族から選りすぐられた戦士を連れて中軍に近づいた。
「あれだ。見た目、強うそうな戦士に守られている。行くぞ!」
蚩尤は合図を出して攻め始めた。狙いは的中し中軍中央で闘いが始まっているのに、周りの兵は右往左往するだけで乱闘に入ってこない。敵は身辺警護の数人に絞られた。
「蚩尤! 小癪な」
軒轅は側近を連れて後軍に逃げようとする。本来なら濃霧のために進めないはずだったが、軒轅は仙人から預かった指南車を持っていた。
「追え! 後軍に入られては仕留めることができない」
蚩尤自身、鬼神の形相になり軒轅を追う。しかし行く手に龍が現れた。
「応龍、軒轅に加担するつもりか? 我らの争いに首を突っ込むな」
龍は、本来、自然を守るために存在するものであり、星を司る天上界以外の指示に従わないはずであった。
「”天命は下った。蚩尤、引け”」
「天命? 勝手に決めて何が天命だ。各部族の独立を保ち、ささやかな生活を守るのに天命はないというのか? そんな天命には従えない。構わない。応龍もろとも攻め立てろ」
しかし、半神の蚩尤ならともかく、戦士の中には龍を相手にして、戦意を失う者が出始める。
それでも蚩尤は戦士達を励まし、激闘を繰り広げたが、突然、霧が晴れた。
軒轅は日照りの神を味方に付け、霧を払ってしまったのである。そして、高らかに告げた。
「お前達の風、雨、霧の神の方術を破り、応龍が余の味方についた。これは余に天下を治めよとの天命あってのこと。天命に逆らえば子々孫々、逆賊のそしりを受けるであろう」
この一言で、蚩尤以外の兵や戦士、部族の長までも、武器を投げ出し地にひれ伏した。それでも一人蚩尤は鬼神になって闘い、軒轅の軍の半分以上を葬った。しかし応龍他、仙人、神が軒轅に味方し、蚩尤は、ついには捕らえられた。
「”お前は半神の身であるが故に、この地で没しようと神格は残る。神格のみになったお前は、神に準ずる力を発揮するゆえ、別の世界に封じ込めようぞ”」
上空から、心の中に直接、声が響き、蚩尤はこの第三平行世界を去った。
かくして、軒轅は黄帝となり、蚩尤は怪物、魔物の大逆の徒として歴史に記される。
◇ ◇ ◇
「オノレ、誰や」
万華は、瞬時に身を引き間合いを取った。万華自身、槍が戦斧に止められるまで、この目の前の男の気配を全く感じていなかった。
「俺か? 蚩尤って者だ。こいつの飼い主に頼まれて助けに来たのさ」
「蚩尤やと? 冥府界に閉じ込められたはずや。さては、そこから脱走して、一連の事件を引き起こしたのは、お前やな」
「いやいや、お嬢さんの言う事件を引き起こしたのは俺じゃねぇぜ。それに、天上神からしたら事件かもしれんが、俺らからいえば、新しい秩序の構築だ。それより、此奴を連れ帰れと飼い主が言ってきてね」
「
「またまた、挑発するね。でもそんな手に乗るほど、俺は若くはないぜ。そうだなぁ、現代風にはパートナーって奴だ。そいつ面白いことを言ってきたから、ちょっと力を貸すことにした …… 話しは終わり。じゃあな」
蚩尤は、へたばっている九尾の狐の首根っこをつかんで、飛び立とうとする。
それを止めるために万華は、
「まてや、オノレ、なめとんのか? 」
と言うや、蚩尤の顔に拳を叩き込んだ。
しかし、蚩尤は手の平で軽く受けて、
「おお、中々やるね」
と答えたかと思うと、万華を投げ飛ばした。
かなりの距離を転がる万華。受け身を取るだけで精一杯だった。
「ウチを、こんな形で投げ飛ばしたんは、孫師匠以来や」
万華は立ち上がり声を上げた。
「孫? 知らんな。ところでお嬢さん、本気を出さないと俺には勝てねぇぜ。まあ、今日は此奴を連れ帰るのが目的だ。また後日の楽しみにしよう」
蚩尤は、残像を残して上空に飛び去った。
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