第58話 探偵 再び対峙(2)
「権さん、何処、行ったんや。ウチの千里眼でも見つからへん」
万華は、焦っていた。同級生を安全な場所に誘導して、戻ってみれば、権蔵の気配が全く感じなくなった。そしてラッキーからの知らせもない。
「ラッキーに、第三世界で権さんの居場所がつかめへんことは無いはずや。まさか、別の平行世界に飛ばされたちゃうやろな …… そうだとしてもラッキーならその兆候を掴めるはずや」
万華は、一旦、高高度まで上がり、探査範囲を関東全域に広げた。
「海の中は、千里眼でも見えにくいけん、ラッキーを待つしかあらへん」
◇ ◇ ◇
「さーってと。レヴィアタンも、もうじき来るわ。それまでの間、ちょっと遊びましょう」
妲己が、人差し指を立てると、その先に火が灯った。そして、それを権蔵と加芽崎に投げつける。
加芽崎と権蔵は、その火球を避けるために左右に分かれて飛んだ。受け身を取ったが、コンクリートは体に優しくはない。
「ほらほら、逃げるのよ。火傷するわよ。ホホホホ」
「妲己、俺と勝負しろ」
「あら、何故? アクション映画の主人公気取りかしら。主人公の申し出を受けて、妾が馬鹿を見るとか? いえいえ、あり得ませんね。だって妾は絶対的な優位にあるのよ。このまま遊んであげるわ。狐たち、もっと遊んであげなさい」
妲己の命令を受けて大狐の一匹が加芽崎に飛びかかった。権蔵は咄嗟に加芽崎に飛びつき庇う。
「おや、探偵さん、そんな感じでサイン会で妾を守ってくれたわね。貴方って自分から貧乏くじを引くのが好きなのかしら」
権蔵の背中には大狐の爪の一撃が入り、死なないまでも皮膚が切れ血が噴き出すはずだった。しかし、背中を強く叩かれた権蔵は、多少息苦しさは感じたが、切られた感覚は無かった。
そんな権蔵を見て、
「貴方、何を身につけているの? 」
と背中から血が噴き出すのを予想していた妲己は、少し、苛立って声を上げた。
権蔵は息を整え、
「織り姫が編んでくれた下着を着ている。弾丸を弾き消臭効果抜群。加齢臭対策もバッチリだ」
とわざと戯けて見せた。
「ふん。ちっとも面白くないわね。なら手足を重点的にいたぶってあげましょう」
◇ ◇ ◇
「やっと見つけたどすえ。レヴィアタン。今度こそ荷電粒子砲をぶち込んで消滅させたるさかい」
ネルソンコートを着込み、2角帽を被った乙姫は、艦橋中央に映し出されている三次元ホログラムを見つめて言った。
天界の『常世』司令部から、この第三世界に召喚されたレヴィアタンを駆除する指令を受けた乙姫は七つの海を駆け巡り探し続けていたのである。そして八丈島沖で発見したが、犠牲者の異世界人を救助し、元の世界に戻す手続きをしている間に見失った。
乙姫は艦長席から立ち上がり、
「総員、全速潜行や。目標はレヴィアタン」
と三次元ホログラムに映し出されたレヴィアタンの小さなピクトグラムを示した。それは横浜港に向かって高速に移動している。
しかし、レヴィアタンのピクトグラムが、突然、消えた。
「なんでや? この距離で見逃すことはあらへんはずや」
乙姫は艦長席に深く座り、しばし考えた。
「ドローンで探索しい」
乙姫は近くに居た、顔に当たる部分に『鯛』と書いてある紙のように薄い船員に命じた。
するとドラゴンズパレスから、無数の円盤のような形のドローンが水中に放たれホログラムには、そのピクトグラムが映った。そしてレヴィアタンが消えた辺りに向かって進んでいくが、横浜ベイブリッジを境に、次々と消えていった。
「ふっ。レヴィアタンをこの地に召喚した不届き者が居るやもしらへんな。総員、直ちに浮上。光学迷彩を発動し、ステルスモードに移行しや。赤レンガパークに向かって高速飛行」
ドラゴンズパレスは水飛沫一つ上げることなく、水滴の一滴も落とすことなく、水中から空へ飛び出し、横浜港に向かった。
◇ ◇ ◇
権蔵は手足に傷を負った。
「探偵さん、その小娘を庇ってばかりいるから、手足が血だらけじゃない」
妲己は、権蔵をいたぶって、ニヤニヤしながら声をかけた。
「権蔵さん、もう、そんなに私を庇わなくても ……」
「いや、大丈夫だ。織り姫の肌着のお陰で致命傷にはならない。それより俺が合図したら、これを持って、水上警察方面に走れ」
妲己と大狐から加芽崎を守り何とか立っている権蔵。しかし、この劇の終了を知らせる水飛沫が二人の後ろで上がった。権蔵が海の方に顔を向けると、そこにはレヴィアタンが顔を出し、冷たい蛇の目で見つめ返してきた
「さあ、レヴィアタンに喰われるか、妾に喰われるか選びなさい。そうね、妾なら余り痛くないようにする特典つきよ。ホホホホ」
「加芽崎、騙されるな。彼奴が約束を守る訳はない」
「あら、よく分かっているじゃない。でもレヴィアタンにはどっちか一人と命じたから、一人は妾のものよ」
「前門の狐に後門の蛇かよ。しゃれにならねぇ」
こうした中でも権蔵は加芽崎を逃がすチャンスを探っていた。
「妲己。俺を喰え。那須高原でも喰うつもりだったのだろ?」
「そうね。もう旬は過ぎたけど、まあ良いわ」
権蔵は妲己に一歩近づく。すると辺りに居た大狐は妲己に吸収され、妲己自身が人の三倍はあろうかと思われる九尾の狐に変わった。
「お前、尾っぽが七本しかねぇな」
「脳筋の所為よ。でもお前を喰えば、一本は元に戻るわ。それにしても貴方のその度胸、見上げた物ね。小煩かった箕子・比干を思い出すわ」
「俺は聖人じゃねぇから、心臓に七つの穴はねぇ」
権蔵はまた一歩踏み出す。九尾の狐は片方の頬を上げて笑った。
そして権蔵は
「加芽崎、走れ」
と叫び九尾の狐の頭に飛びつき、押さえ込んだ。
加芽崎はそれを合図に神奈川県水上警察方面に走った。そして妲己を追い抜いた辺りで、軽く飛び上がり体を回転させて、権蔵から預かったS&Wの弾丸を九尾の狐の背中に撃ち込んだ。
銃声が響く。
「ぐぐぐ、貴様ら」
妲己は撃たれた痛さに苦悶したが、致命傷を与えることは出来なかった。それどころか抑えられた頭を勢いよく振り上げ権蔵を空中に飛ばした。
一方、レヴィアタンは口から水鉄砲のように水を噴射して加芽崎を押し倒した。そして、長い髭を巧みに使い、倒された加芽崎の胴に絡ませ引き寄せる。
権蔵の下で口を開けて待つ九尾の狐、髭で捕らえた獲物をたぐり寄せるレヴィアタン。絶体絶命の危機を迎えた権蔵と加芽崎の運命や如何に。
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