第57話 探偵 再び対峙(1)

「加芽崎、ユックリ歩くぞ」

「分かりました」


 俺達は、店を離れて海に向かって歩き始めた。


 男二人は、付いてきている。もう、俺達に気づかれていることを承知の上だな。

 そして、女の子達だが、いつの間にか消えている。万華はこう言った状況は、俺以上に慣れているから、察して同級生達を違う所に連れて行ったのだろう。


 シルクセンター前を通って、日本大通りに抜けようとしたが、そちらからも男達が迫ってきた。合計四人か。


「大桟橋に向かうぞ」


 大桟橋のウッドデッキを歩き、先端の方へ。不味いな、どうも追い込まれた感じがする。しかし相手が四人なら何とか逃げ切れるかもしれない。


「加芽崎、どうだ、彼奴ら」

「拳銃は持っていそうです。マーシャルアーツくらいは心得ているかなと。傭兵でしょう」


 加芽崎の目利き。俺も同感だ。これなら何とかなる。


 そう思いながら、大桟橋の突端に向かって歩いていると、

「あら、転生者の探偵さん。久しぶりだわ」

と後ろから聞き覚えのある声がした。


 俺は嫌な予感がして、振り返ると、黒い半袖のブラウスに真っ赤なタイトスカート、髪の毛をアップに上げ、眼鏡をかけた女がいた。


「妲己、何故ここに居るんだ? 」

「あら、妾達を嗅ぎ回っているその女と貴方が一緒にいたんじゃない。丁度いいわ両方とも、ランチに頂くことにするわね」


 妲己は眼鏡をクイッと上げて答えた。 


「千野さん、あの年増の女は誰ですか? 」

「おい小娘、誰が年増ですって? 」

「私を小娘呼ばわりするなら、やはり貴方は年増でしょう」


 加芽崎って以外と言うだな。妲己の頬が引きつったぞ。でも、確かに、妲己は上坂京子の時より歳を取ったように見える。


「なあ、妲己、お前、ちょっと見ねぇうちに老け込んでねぇか」

「五月蠅いわね。あの脳筋のせいよ」


 ああ、なるほど。万華にやられて、妖力かなにかが減ったのか。それで歳を取ったように見えるのかもしれない。


「加芽崎、彼奴は蘇妲己、大昔の中国で紂王を誑かし悪事を働いた妖怪だ」

「蘇妲己ですか? うーん、私、中国史は余り得意じゃなくて ……」

と加芽崎は答えた。


「九尾の狐と言えばわかるか?」

「それなら知ってます。でも、もっと可愛いかと思ってました」


 『可愛い』か。九本尾っぽがある子狐の想像していたのだろうか。俺は那須高原で涎を垂らして今にも噛みついてくる、獣の妖怪としか認識がない。


「さっきから何を言っているのかしら。あなた達を頂けば、少しは私の力が蘇るわ。さあ覚悟おし。ほほほほほ」

と妲己は、口に手の甲を当てて高笑いした。


 妖怪が相手では分が悪い。万華が気付いてくれるのを待つためにも時間稼ぎが必要だろう。


「お前、性懲りも無くやって来て、万華が来れば …… そのうちお婆さんになっちまうぞ」


 さらに挑発してみたが、妲己は余裕の顔を見せる。こいつ万華対策をしてきたな。


「あら、脳筋を当てにしているの? ほほほほっ、残念だけど、脳筋にはここが分からないのよ。今ここに張っている結界は、そんじょそこらの結界とは比べものなら無いのよね。異世界の法具を『あのお方』から借りてきたのだから」


 妲己は、金平糖を大きくしたような物を手のひらにのせて見せた。


「これはね。蓬莱や天界の仙人にも感知されない結界を張ることができるのよ。だから、脳筋に気付かれることはないわ」


 妲己は、笑みをたたえて答えた。


 その笑い顔にはぞっとしたが、妲己が言う『あのお方』が気になる。蓬莱の転送ルート崩壊事件以前から暗躍していたらしい人物。そして、転送ルートを破壊し、これから何かを起こそうと野望を持っている人物。


「おい、妲己、『あのお方』とは、お前の飼い主か? 」

「貴様、妾をそこらのペットと同じにするんじゃないわよ。妾は『あの方』とは旧知の仲。そして代理人よ」


 妲己と『あの方』は旧知の仲か。


「さっきから『あのお方』『あのお方』って、ちゃんとした名前があるだろう? それとも恥ずかしい名前で口に出せないのか? 」


 妲己が少し目をそらした。考えているのだろう。


「五月蠅いわね。私に鎌をかけて聞きだそうとしても無駄よ。どうせここで死ぬのだから、あなた達には関係のない話しだわ」


   ◇ ◇ ◇


 妲己は舌なめずりしたあと、

「さあ、二人を捕まえなさい」

と左右の男達に命じた。


 男達は権蔵と加芽崎に、捕まえようと飛びかかる。しかし、権蔵はボクシングの要領で躱し、顔面に拳を打ち込んだ。


「痛っ。久しぶりだと、拳が痛いぜ」


 右手をぶらぶらしながら、次に殴りかかってきた男の拳を、鼻先3cmで避け、左ボディーブローで落とした。

 一方加芽崎は、合気道のような動きで、さらりとかわし、腕を押さえて投げ飛ばしていく。


「全く使えないわね。後ろに下がりなさい」

と妲己が舌打ちして指示をだした。


 妲己が権蔵と加芽崎を一睨みして両腕を広げると、体から七個の塊が飛び出し、大型犬より二回り大きい狐に変化した。


「加芽崎、海の方に逃げろ」

と権蔵は加芽崎を押す。


 権蔵はS&Wを腰から抜き、襲いかかる大型の狐の眉間に銃弾を撃ち込んだ。


「お前、その銃は、人の物ではないね」

「悪いね。蓬莱からの贈り物だ」


 銃ではなく、その薬莢と弾が蓬莱製だった。リボルバーであるS&W M500の装弾数は5発だが、この薬莢と銃弾は尽きることがない。そして飛距離、正確性、威力において人間のそれより性能が数段上である。特に異世界の魔法・法術による物理障壁に対して絶大な破壊力を持っていた。この点は、使っている権蔵も知らない。


 一方、残った狐たちに追い立てられた加芽崎は乗船用のタラップを伝って、下に降りようと試みる。そして、権蔵は間に入り、牽制する。


「妾の分身も普通の狐じゃないのよ」


 妲己は自慢げに答えると、大狐たちは空へ駆け上がり、下の階に降りようとする加芽崎を攻撃し始めた。


 殺さぬように、痛めつける。いたぶり傷を負わせて楽しんでいる。


 加芽崎も銃を取り出し応戦するが、彼女の銃弾では一時的に動きを止めることしかできない。それでも、大狐たちの攻撃を掻い潜り、権蔵の銃でさらに一匹の狐を仕留めて、下の階に落下するように降りた。その後は、大狐も避けるのが上手くなり、銃弾は当たらなくなった。S&Wの銃弾が威力が有るとは言え、大狐たちはその巨体に反して動きが素早い。薬莢と弾丸に仙術がかかっていても撃つのは普通の人間である。


 権蔵と加芽崎は満身創痍であった。


「加芽崎、大丈夫か?」

「平気です」


 妲己はいつの間にか空を飛び、下の階に降り、

「あら、海に逃げられると厄介だわね。私、濡れるなんて嫌だわ」


 海に逃げようとする加芽崎と権蔵。しかし妲己は何処か余裕だった。


 権蔵はS&Wを妲己に向けて撃つが、その弾は難なく避けられた。


「ちっ、動きが速えぇ」

と権蔵が舌打ちする。


 妲己は勝ち誇ったかのように、腕を組んで

「そうね、レヴィアタンにどっちか一人あげても良いわね」

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