第55話 探偵 頼られる(3)
「怪獣の餌? 」
加芽崎は、出て行った男の言葉の意味が分からなかった。しかし、何らかの方法で船を沈めることは疑いようのない事実と悟り、先ずは自分が縛られている状況を確認する。
捕虜が、女だと油断したのか、それとも、お楽しみの行為の邪魔になると思ったのか、幸いにも椅子その物には括り付けられていなかった。勢いを付け椅子ごと倒れて、背もたれから腕を外し立ち上がった。そして柔らかい体を生かして腕を前に持ってくる。縄目を歯を使って解き、外をうかがった。
「「武装集団の奴ら、小舟に乗って出て行ったぜ。清々するな」」
「「ほんと、船倉の奴ら同様に、怪しい奴らだった」」
「「でもよ、この船室にいるのは、正真正銘の人間の女らしいぜ」」
「「ちょっと、拝んでみるか」」
「「血まみれの船室だった嫌だな」」
「「だとしても、掃除はどうせ俺達だぜ」」
ガチャガチャと扉が開く。
よそ見をしながら、入ってきた男の鳩尾に蹴りを入れて吹き飛ばす。後ろの男は、先に部屋に入ったはずの同僚に押されて後頭部を打ち気絶した。
鳩尾を蹴られた男は、呻きながら転がっている。加芽崎は、その男の腕をねじ上げて
「下の捕虜達の鍵はどこ?」
と耳元で囁いた。
「ここ、ここ、ここ」
とその男は、加芽崎に抑えられていない左手の指で必死に腰の鍵束をさした。
「ありがとう」
と言った後、後頭部を殴りつけて気絶させた。
◇ ◇ ◇
流石、内調の捜査官だな。ちょっとおっとりな言動からは、信じられない凄腕だ。
「近くに、行きつけのバーがある。そこの主人とは長い付き合いだ。一見さんお断りじゃねぇが、常連以外が入ってくれば教えてくれる」
「そう。有り難うございます。では、千野さんとデートってことで」
俺は、最初、加芽崎の言葉が耳に入ってこなかった。聞き返す意味を込めて、見つめると、
「冗談ですよ。探偵さんと依頼人です」
と言って、加芽崎は前を歩き出した。
俺が答えに窮していると、
「どっちに行けば良いのかしら、探偵さん」
と子供っぽい顔で聞いてきた。
◇ ◇ ◇
加芽崎は、船員から取り上げた鍵を使って異世界人達の手枷、足枷を外した。皆を連れて甲板に上がろうとすると、船長が降りてきて誰何してきた。
「私は内閣情報局の者です。この非人道的な処遇は看過できません。先ずは保護するので日本へ戻ってください」
「いや、それは出来ない。此奴らは見ての通り、この地球の者ではない。あんた一人なら、ボートで逃がしてやるが、此奴らは駄目だ」
「この世界の人ではないにしても、無抵抗な者に虐待を加えることは許されません。それにすでにこの船に私が乗り込んでいることは、通信機で本部に伝えられています。逃げても海上保安庁に拿捕されるでしょう。あなた達は、運んでいるだけであれば、素直に従うべきです」
何度か押し問答をしていたその時、船は大きく揺れた。
「船長、怪獣だ。この船沈められる」
と階上から声がした。
「なんだって、本社は俺達も見捨てたのか」
船長は、加芽崎のことなど、どうでも良くなり操舵室に戻っていった。
「取りあえず上へ」
と加芽崎は異世界人達に、身振りで階段を示し声を上げた。
ガガガガ
二度目の衝撃。
船が九十度かたむき、加芽崎は側面に向かって体が持って行かれる。あわや激突と言うところで、大柄の異世界人に助けられた。
「有り難う、早く外へ」
何がどうなるか分からないが、兎に角、外へ出ないと船ごと沈むと加芽崎は思った。
異世界人達と供に階段を登る。その間も激しく揺れ、右に左にと体が容赦なく叩きつけられる。
そして、何とか登った甲板から見た物は …… 巨大な口に飲まれる船員たちだった。
髭の生えた巨大な蛇が貨物船に巻き付き、海に落ちた船員を喰っていた。
つぎの瞬間大きく傾き、船ごと海に引き込まれた。
◇ ◇ ◇
『BAR桃源郷 横浜店』
カウンターの後ろには、高級そうな洋酒がずらりと並び、落ち着いた雰囲気の店だ。実はこの店は、東京にもあり兄弟で経営している。俺の安月給では到底足を踏み入れることの出来ない店だが、ある事件が切っ掛けで、庶民でも手が届くウィスキーを、俺のためだけに置いてくれている。
俺達はカウンターに座り、話しを続けた。俺は奮発して、加芽崎には何とかと言うカクテルをおごってやった。財布が痛い。
「船が転覆して沈んでいくとき見たんです。海の中に浮かぶ、帆船のような潜水艦を」
と加芽崎は、記憶をたぐり寄せるように話しをした。
「帆船のような潜水艦? それは例の『常世の国の乙女』の船か?」
「千野さん、よく分かりましたね。内調の情報網より凄いです」
「いや、それ程でも …… 実は、万華が教えてくれた」
「ああ、万華ちゃんですか」
加芽崎が言うには、船首に龍を遇った潜水艦が何かの武器を使って、怪獣を追っ払った。そして海に投げ出された異世界人を救助したようだ。その時、加芽崎も救助されたらしい。
◇ ◇ ◇
二角帽にネルソンコートを着込んだ若い女性が、紙のように真っ平らの船員たちに
「ええか、レヴィアタンを見つけたら砲撃するさかい、荷電粒子砲の発射準備もしときや。多少の犠牲はかまへん。今度こそ光球をぶち込んでやるさかい。ええな!」
と指示を出した。
船員達はあたふたと動き回り、様々な装置を操作し始める。
「助けてくれて、有り難うございます」
加芽崎は、指示を終え船長席に座った若い女性に、頭を下げて礼を述べた。
すると、その若い女性は、昔話に出てくる天女のような姿に変わり、
「気にすることあらへん。あんたさんも異世界人を助けたやろ。皆からそう聞いているさかい。ウチは『常世の国の乙女』どす。どうぞ、よろしゅう」
と加芽崎の顔を見て答えた。
「私は、加芽崎 優香と言います。えーっと、日本人です」
「そうどすか。日本人なんや。島子以来や、懐かしぃいな。それにしても、この第三平行世界の現地人をここにお連れしたんは、何百年ぶりやろ。日本人の太郎の次は、えーっと…… ホレーショ以来やろか」
『常世の国の乙女』と名乗った女性は、遠い記憶を懐かしむように船外に目を向けた。加芽崎もその目線に合わせて見上げると、一面ガラス張りの天井から、魚たちがよく見えた。タイやヒラメの踊りではないが、魚が泳ぎ回っているのをこうしてみるのは新鮮に感じた。
そしてしばらく、海の中の景色を見ながら過ごしていると、
「余り長居すると、玉手箱を渡すことになるさかい、そろそろ地上に戻っとぉくれやす。若いのに、老婆になるんは嫌やろ?」
◇ ◇ ◇
そこからの記憶は、八丈島の海岸まで切れているそうだ。
「私の話しはここまでです。千野さんにお頼みしたいのは、ゴールデントライアングル。ここに私と一緒に調査に行って欲しいのです。たぶん、万華ちゃんにも関係するではないかと」
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