第54話 探偵 頼られる(2)

「この世界の人間ではない?」

「はい。その人達は、私達に似ていますが、耳が ……」

「長い?」

「そう言う人も居ますが、獣耳の人も居たのです。中にはモフモフで尻尾がある人も。その …… ファンタジー世界の人達なのです」


 今となっては驚く事ではないが、問題は何のために連れてこられたかだ。魔王ガガットへの生け贄、あの時は余りに酷い状態だったので区別が付かない状態だったが、異世界人だったかも知れない。


「それを何処で知った?」

「横浜港で停泊していた例の貨物船でです」


「忍び込んだのか」

「はい …… 」


   ◇ ◇ ◇


 加芽崎は、横浜港に停泊していたアルタ貿易の貨物船に忍び込んだ。まず、本部に自分の居場所を知らせるための発信器を作動させた。そして、コンテナを注意深く調べる。特に怪しい感じはしない。


 船室から漏れる微かな光に、デッキに出てきた船員の影が映し出される。赤い光りが、ポツリと灯った。タバコを吸っていると思った。一服したその影が、船内に引き上げたのを見届けて、入り口近くに移動した。

 船内は隠れるところが殆ど無い。入るべきか少し躊躇したが、船倉に続く階段から鈍いエンジン音に混じって、うめき声が聞こえた。一人、二人、いや、もっと大勢の人間のうめき声が重なり、増幅されて聞こえてくる。そして、船員2人が上がってきた。


「「なあ、彼奴ら結構良い女も混じっているぜ。今度一発やってみるかな」」

「「止めとけ、お前のそれ、食いちぎられるぞ」」

「「そうか。でもよ、もったいねぇよな」」


 男達は、そんな卑猥な話しをしながら、操舵室に上がっていった。


 意を決して船倉に降りる加芽崎。年期が入った船内は所々錆が浮き、長年潮風に晒された独特の臭いがする。


 降りた先は、だだ広い空間。


 そこで見た物は、様々な人種の異世界人だった。鎖で繋がれ、虚ろな目を加芽崎に向ける。


 加芽崎は驚き余り、少しの間、呆然と眺めた。最初は作り物ではないかと思ったが、犬や猫のように耳を動かし、尻尾が揺れている。彼らの目は悲しみに満ちては居るが加芽崎に対しての敵意はない様に思った。


「あなた達は、一体、何処から来たの? 」


 加芽崎は、敵意がないことを示すために両手を胸の前辺りまで上げて、ユックリと近づいた。すると耳の長い、アニメに出てくるエルフのような人物が、彼女と同じように手を上げて、加芽崎の手と合わせた。


 すると突然、加芽崎の脳裏に風景が現れる。


 湖の畔の美しい風景。地球とは少し様子が違う花々や木々が生い茂っている。中世ヨーロッパ風の服装で楽しそうに踊る人々。


 加芽崎は、以前にもこの風景を見たような錯覚に陥った。何か懐かしい感じ、ほろ苦く、暖かい感じがする記憶。子供の頃過ごした田舎のような親近感。


 そんな長閑な風景が、突然打ち破られる。


 近代的な戦闘服にレーザー光線銃で武装した兵士達。現地人と思われる兵士は剣と弓、魔法で応戦するが、文明の圧倒的な力で瞬時に制圧されていく。そして、森から狩り出された多くの異世界人達は集められた。


 そこでまた場面が変わる。


 手枷、足枷、牢獄、密林、東南アジア系人間、芥子の花畑。


 脳裏に映し出される風景を見ているとき、階段を降りてくる足音で、加芽崎は現実に引き戻された。


 カツカツカツ


 その足音は、ここに下りてくる。隠れる場所がない。銃を持ち、撃ち合いを覚悟した。


 すると、異世界人の一人が、

「あああああ」

と声をかけてきた。


 異世界人 二人が隙間を空けて、間に隠れろと体で示した。エルフと熊のような男だ。言葉が分からないが、顔を見つめると頷き返してくる。


 加芽崎は躊躇無く、その二人のところへ行き、異世界人の間にうずくまった。


「おい、ちょっと調べろ。何か嫌な予感がする」


 降りてきた兵士は、黒い戦闘服を着込み軽機関銃を持った2人組。マスクを外し、加芽崎が隠れた方を見つめる。言葉を発したのは人間だったが、それに答えたもう一人は、肌が緑で二本の角が生えてた2m以上の巨人だった。


 その緑鬼は、臭いを嗅ぎながら、捕虜の異世界人の間を歩く。


 加芽崎を匿った異世界人は、一層体を寄せて、彼女を見えないように隠した。


 緑鬼は、臭いを嗅ぎながら次第に近づいてくる。そして、加芽崎の前で止まった。


 その緑鬼は、加芽崎には理解できない言葉を発した。それに答えたのは熊のような異世界人である。二,三言、二人は言葉を交わしたが、最後に熊の異世界人の語尾が強くなった時、緑鬼は彼を撃った。血を浴びる加芽崎。そして加芽崎の銃は緑鬼の眉間を打ち抜いた。


「けっ。誰だか知らないが出てこい」


 入り口近くのもう一人の男が声を上げると、捕虜の異世界人たちがざわめいた。


 加芽崎は、庇ってくれた熊のような異世界人の腕を取って額にあててお礼を言った。


「有り難う」


 その仕草と言葉が彼らに伝わったかは分からない。しかし、彼女が、今、出来る精一杯の礼だった。


「お前、人間だな 」

と叫んでいた人間の男が銃を向ける。

 

 続けて、

「出てこい。それとも、ここの異世界人と一緒に殺してやろうか」

と言いながら銃を撃ち、無抵抗の異世界人を、また、一人殺した。


「分かりました。それ以上犠牲者を出さないで」

と言いながら加芽崎は両手を上げて、投降の意思を見せた。


 その男は、緑鬼の眉間を打ち抜いたのが女と知り驚きの声を上げ、銃を振って出てこいと仕草で命じた。

 加芽崎は銃を床に置きユックリと前に進む。男の顔がハッキリと分かる近さまで進んだとき、後ろから強く殴られ気絶した。


   ◇ ◇ ◇


「起きろ! 姉ちゃん」


 目を覚ました加芽崎は、下着姿で後ろ手に縛られて椅子に座っていた。


「お前は何処の所属だ?」

「 …… 」

「まあ、そう聞いて答える訳はないわな。大方内調だろう? 嗅ぎ回っているのは知っていたぜ。ところで、女が一人捕まって縛られれば、どうなるか想像つくよな」

「 …… 」

「おっ、ちょっと顔が引きつったね。良いね、その顔。そそるな」


 その男は、加芽崎の乳房を掴み、いやらしく笑った。縄が腕に食い込むのも構わずに拒否の反応をする。


「いいね。下着だけ残したのは正解だな」


 トゥルルルル 


 男の携帯がけたたましく鳴った。


「ちっ。良いところなのによ」

と面倒くさそうに携帯を取り出し話し始めた。


「もしもし、ハイ。私です。ハイ、ここに居ます。 …… 今、すぐですか …… 」


 男は、加芽崎の前で右に左にと歩きながら話している。


「分かりました。ご命令通りに」

と携帯を切ると、

「けっ、お楽しみはなしだ。船を沈めろって命令だ。溺れ死ぬか、怪獣の餌になるか、健闘を祈るよ。ハハハハ」

と言いながら外に出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る