第51話 探偵 聴取する

 荒波は収まり、海は静かになった。

 万華が制圧した賊は縛り上げて転がしている。間もなく海上保安庁の巡視船がやって来て逮捕するだろう。和美はパニック状態が収まった後、眠っているが外傷はないようだ。


「万華、あのレヴィアタンって、例の事故で地球にやってきたのか?」

「いや、違うと思うんや。あれは、誰かが、呼び寄せたんやと思うで。詳しいことはラッキーが調べているけん」

「ふーん分かった」


 俺は周りを見回したがラッキーは例によって何処かに消えてしまったようだ。そんな事を思っていると、万華が横にやって来て、肘で突っついてきた。


「ところで、権さんも角におかれへんな。出張やて、久保田が言うとったけど、あんな綺麗なお姉さんと一緒やなんて、むふふふ」

と万華は口に手を当てて、垂れ目になって聞いてきた。


「違うぞ。彼女は、襲われそうだった所を俺が助けたのだ。そんな変な目で見るんじゃねぇ」

「でへへへ、いい年して照れることないやん。一夜を明かしたんやろ? 男と女はすることは一緒やで。しかし権さん、ちょい歳いっとるけん、息子さん大丈夫かいな。なんなら、朝までギンギンになる仙薬あるで。でへへへ」

「ギンギンか。最近ちょっとな …… あっ。違うぞ万華。お前。その美少女の風体で、その顔は止めろ。大人をからかうな」


 万華は顔だけ、微妙に変な形に変化へんげしているのだ。


 そんな漫才をしていると、

「んーん」

と和美が声を上げて、起き上がった。


「気がついたか、和美」

「? 和美って …… 誰ですが? 私は加芽崎と申します」


 和美は、レヴィアタンを見たショックで記憶を取り戻したようだ。最初は混乱していたが、俺のこと、俺が八丈島で助けたことは分かったようだ。

 和美の本名は、『加芽崎かめさき 優香』。俺が『君は内調の関係者か』と聞いても最初は口が重かったが、賊の言動を説明すると観念した。


「千野さんの仰るとおり、私は内閣情報局の捜査官です」


 優香は、目を伏せて答えた。


「君は、あのレヴィアタン、いや、怪獣のことを知っているね?」

「ええ、でも。捜査上の話しですので ……」


 優香は困った顔をして答えた。しかし、キッパリと断った訳ではない。恐らくは心の中で揺れているのだろう。


「警戒するのも無理はない。しかしだ、実は俺も、さるところからの依頼で、あの怪獣を調べていた。俺以外に、怪獣について話しができる者は、そうはいないと思うぜ」


 優香は、少し目が泳いだ。手を僅かに握る。言うか言わないか迷っているのだろう。普通の人間なら見落とす所だが、『落としの権蔵』の目はごまかせないぜ。


 俺は、もう一押しで落ちると思い、

「なあ、君、ここは、ひとつ ……」

と最後の決め台詞で自白を引き出そうとしたとき、

「なあ、あんたさん、ウチ見たいな、天女に会うてへんか」

と万華が割り込んできた。


 ああ、余計な事を。それに単刀直入過ぎるだろう。さっきの戦闘でお前の素姓を知られたかも知れないが、まだ、彼女はそれを受け入れているとは限らない。


「万華、そんな風に聞いたら、加芽崎さんも困るだろう。それにお前、自分が天女って告白して良いのか? 」


「かまへん。スーパーヒーローが素姓を隠すのは昔の話しやで、権さん。それに何時かは記憶から消えるけん。そや、自己紹介してへんかったな。ウチは蓬莱の天女 万華やで。あんたさんの名前は、加芽崎 優香やな。優香姉さんって読んでええ?」


 見た目は確かに加芽崎が年上だが、本当は四千歳だよな、万華さん。と思いながら万華を見ると、ニヤッと笑っていた。


「あっ、はい。よろしくお願いします。実は、私、万華ちゃんの言うとおり、会ったことがあります」


 優香はお辞儀をして、アッサリと答えた。


「せやろ。何処で、誰と会うたん? 名前はなんと言ってたん?」


「場所はちょっと。ただ、そのお方は『常世の国の乙女』と名乗りました」

「常世! …… 」

と万華は声を上げた後、黙った。


 その時、俺は万華が身構えたのを見逃さなかった。湘賢へのライバル心むき出しの態度とは違う、何かこう、万華が酷く困惑したようにみえた。


「万華、『常世の国の乙女』って、知り合いか? 」

「砲撃娘や。何でもかんでもぶっ放す危険な奴やで」


 砲撃娘って何という過激な二つ名なのだ。何でもかんでも武力で解決しようとする万華をここまで困惑させるとは、どんな奴だろう。


 ドン

——— 船内に響く鈍い音 ———


 海上保安庁だな。予想より早いご到着だ。優香からアルタ貿易について聞きたかったが、万華が横やりを入れてきた所為で聞けなかった。


「加芽崎さん、君は記憶が戻ったから海上保安庁に申し出るといい。ただ、万華のことは黙っておいて欲しい。それから、これが俺の事務所だ。何かあれば訪ねてきてくれ」


 俺は名刺を渡した。


「はい、分かりました。万華さんのことは誰にも言いません。多分、誰も信じてくれないでしょうし」


 俺は、有り難うの意味を込めて頷いた


 一方で万華は船外を確認し、

「権さん、ウチは先に帰ってるで。優香姉さん以外、ウチの名前を知らん乗客や船員からは、ウチのことは記憶から消えてると思うんや。後はよろしゅう。ほな、さいなら」


 万華はデッキに出て飛んで行った。

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