第49話 探偵 襲撃を受ける

「和美! 」

と権蔵は、声を上げた。


 男は左腕で和美を掴み、抱えるように後ろに立った。

 

 和美の帽子が風で飛び、海の方に流れていく。


「手間掛けさせやがって。じっとしろ」

と男は耳元で威嚇し、右手に持った拳銃を和美の頭に突きつけた。


 権蔵は、腰のS&Wに手をユックリと持って行きながら、

「お前は、誰だ。彼女を離せ」

と怒鳴った。


「爺。余計なことに首を突っ込まなければ、もう少し生きて居られたろうにな。殺れ」

と誰かに指示を出すと、権蔵は後ろから羽交い締めにされた。


 権蔵は不覚にも後ろから忍び寄ってきたのに気付かなかった。首に巻き付いた腕は力を増し、息ができず気が遠くなりつつある。


「千野さん! 」

と和美は叫ぶ。


 権蔵は意識が遠のきそうになるのを堪えて、S&Wの安全装置を外し、引き金を引いた。


 ドキューン


 S&Wが火が噴くと、羽交い締めしていた男の足に銃弾が当たり、その男は痛みに耐えかねて、しゃがみ込む。


 すると今度は和美を抱えていた男が、

「てめぇ! 」

と銃口を権蔵に向けた。


 その時 ……


 和美はその男の手首を掴み、自分の肩を支点にして男の腕を鯖折りにした。そして男が痛みに隙を見せると、今度は右肘を顔面に入れた。


 男のは鼻血をだして、後ろに仰け反る。


 和美は仰け反った男から銃を奪い、権蔵の方に銃口を向けて撃つ。権蔵は一瞬身構えたが、その銃弾は、サバイバルナイフで権蔵を刺そうとしていた男に当たっていた。


 すると、和美の肘で鼻血を出した男もサバイバルナイフを持ちだし、和美を刺そうとする。今度は権蔵が、S&Wの弾丸をそいつの肩に撃ち込んだ。


   ◇ ◇ ◇


 一瞬である。


 和美は躊躇無く、流れるようにして2人の男の攻撃を粉砕したのだ。最後に、俺が撃ったS&Wの弾丸も必要無かったかもしれない。彼女は、銃をいつの間にか左手に持ち替え、その銃口は後ろのサバイバルナイフで刺そうとした男に向いていたのだ。


「和美、君は一体何者なのだ?」

「分かりません。体が自然に動いてしまったのです」


 無意識にあの動作をする。それは明らかに訓練された、凄腕の戦闘員である。俺は、銃を両手に持ち、銃口を上に向けている和美の所作を観察していた。その姿も様になっている。


 俺が、和美の正体を考えていた時、

「静かにしろ、下にいる人質がどうなっても良いのか? 銃を捨てて手を上げろ」

と銃で撃たれた2人の男とは別の男の声がした。


 和美と俺は、3人から離れるように位置を変え、銃を床に置き、手を上げた。すると、男が、デッキに繋がる階段を上がってきた。手には、4ThWC(ワールドカンパニー)製の最新式消音機関銃を持っている。


「まったく、そこの内調の女一人を殺すのに手間取ったぜ」


 俺は、和美をチラリと見ると、その目は真っ直ぐに3人目の男を見つめていた。


 内調の捜査官なら、あの体捌きも納得がいく。


「もっと下がれ」


 軽機関銃を持った男が、言葉と供に銃口を振って海側に行けと指示してくる。


「おい、お前、人質は無事なのか? 」

「今のところはな。心配することはない、お前達はこれから死ぬのだから」


 3人目の男は、面倒くさそうに軽機関銃の銃口を向けてきた。


 その時、白い物が男と俺達の間に現れた。


   ◇ ◇ ◇


 その白い物は、悠々と歩き、権蔵達と軽機関銃を持った男の間に入ってきた。ギューッと前足を延ばして背伸びし、後ろ足で首の辺りを掻いたあと座り込んだ。


 今、命のやり取りをしている、この緊迫した状況に全くそぐわない、のどかな光景。権蔵は、その白い物の周りだけが別次元にあるかのように思った。


 そして、

「と言う事は、下はもう制圧されているな」

と権蔵は呟いた。


 軽機関銃を持った男は、白い猫を見て首を傾げるが、権蔵の呟きを聞いて睨んだ。


 男は、三宅島から乗り込んですぐ、乗客と操舵室の船員を人質に取ったばかりであった。自分自身、作戦が上手くいっていると自負していたのである。それが、音もなく制圧されているなど夢想だにしなかった。


「爺、なに訳の分からないことを言ってやがる。そうだ、冥土の土産にこの猫も連れて行け」

 

 男は軽機関銃を左手に持ち替え、拳銃を持ち銃口を猫に向けた。相変わらず猫は顔を撫でて平和に佇んでいる。


 ドキューン


 猫に向けて撃った銃声。猫の体を弾丸が貫き、血液で白い毛が赤く染まる …… はずだった。少なくもと銃を撃った男はそう思っていた。


 しかし、猫の前に人差し指と中指で、弾丸を挟んだ女性の腕があった。

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